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第38話・第3節「王都への潜入と香炉の塔」

王都の夜は、静かすぎるほどに沈んでいた。


 人々が眠る中、中央区の外れ――香炉の塔と呼ばれる高層の祈祷塔には、鈍く明かりが灯っていた。それは教会が王都全域に“神気”を巡らせる拠点であり、同時に“聖印管理機関”の中枢でもある。


 ルークスは、黒のマントを身に纏い、塔の裏手へと歩みを進めていた。その足取りは迷いなく、だが音ひとつ立てぬほどに洗練されている。


 「……侵入経路は記録通り、祭具搬入口からだ」


 耳に仕込んだ魔導通信石から、ジェイドの声が響く。


 「中の魔力感知は消去済み。ただし、内陣には“無音結界”が張られてる。音は届かないが、逆にこっちも干渉できん」


 「つまり、“入ったら最後”、ってことか」


 「そうだ。気張れよ、ヌシ様」


 通信が途切れた瞬間、ルークスの姿は闇の中へと溶けた。


 彼は塔の外壁を駆け上がり、わずかに開いた装飾窓から内部へ滑り込む。祭壇裏の回廊を抜けると、そこには荘厳な大理石の通路が広がっていた。だがその先にあるのは、神々しさではなく、魔力によって押し固められた“権威”の気配だった。


 「……やはり、聖域と呼ぶにはあまりに濁っている」


 通路の先にある部屋――そこが“刻印管理室”だった。


 そこには、金属製の台座に鎮座する“印章炉”が置かれていた。王都で生まれた子どもたちが、出生と同時に“聖印”を刻まれるとき、この炉を通して教会の“加護”が埋め込まれるのだ。


 しかし、その実態は――


 「人の魂を“管理情報”に変換し、神の名を騙ってタグ付けする機構……」


 ミュリナの聖典にあった通り、そこには個人情報、出自、魔力適正、信仰度などが魔術式で暗号化され、印章という形で人体に刻まれていた。


 「……人を“管理対象”としてしか見ていない教義。自由とは程遠いな」


 ルークスは懐から“始源の聖典”の写しを取り出し、印章炉の傍らに置く。そして、手にした封魔の短剣を炉の魔力核へと突き刺した。


 「――“原初の意志に基づき、偽りの加護を断つ”」


 詠唱と共に、炉が青白く閃光を放ち、魔力が爆ぜるように弾けた。


 直後、塔全体の結界が一瞬だけ揺らいだ。


 「緊急魔力反応を感知! 塔内に不審者の可能性あり!」


 番兵の叫びが響く。


 だがそのときにはもう、ルークスは塔の外壁を伝い、影のように姿を消していた。


 ――闇に紛れ、真実の種を塔に蒔き、その場を離れる。


 それが彼の使命だった。


 夜明け前、ルークスは王都郊外の集落に設けた一時隠れ家へと戻ってきた。そこにはミュリナとセリナが待っていた。


 「……やってきたわね」


 「塔は数時間以内に“異常魔力干渉”として封鎖されるだろう。証拠は、焼き捨てられるか……あるいは隠蔽される」


 「それでも――刻印炉が機能不全になったなら、しばらくの間、“新たな聖印”は刻めない」


 「新生児の登録と信仰統制が、止まるわね」


 ミュリナの声には、確かな手応えがあった。


 「……でも、これだけでは“神殿の偽り”が暴かれるとは限らない。私たちには、“伝える手段”が必要だわ」


 セリナが、背中の巻物を取り出した。


 それは、かつて“黒殻街”で手に入れた幻影通信陣の改良式だった。


 「この陣式を使えば、遠隔でも“映像と音声”を魔導投影できる。演説だけでなく、“真実の記録”を可視化できるわ」


 「つまり――神の名を借りて、人を管理する教会の実態を、民衆の目に晒すということだな」


 「ええ」


 ルークスは、砦に残してきた仲間たちを思い出す。


 彼らは決して“兵士”ではない。だが、それぞれの信じる“正しさ”を胸に、この瞬間を選んだ。


 王都の空に、ようやく曙光が差し始めていた。


 それは、偽りを剥がし、真実が顔を覗かせる夜明けだった。


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