第4話・第3節「二人の共同生活の発展」
戦いの夜が明けた。
森の中にある廃墟は、変わらず静かだった。だが、そこに流れる空気は確実に変わっていた。
ルークスは、いつも通り焚き火の前に座っていた。
だが、そこにはもう“独りの影”はなかった。
彼の隣には、ミュリナがいた。
昨日まで隅にうずくまっていた彼女が、今は自ら火の番をしている。時折、小枝をくべ、灰を整え、湯を注ぐ。
その姿に、ルークスは何も言わなかった。
ただ目を細めて、火と彼女の背中を見つめていた。
「……昨日、ありがとうございました」
ミュリナが小さく言った。
それは形式的な礼ではなかった。彼女の奥底から出た、真実の“感謝”だった。
「俺は……ただ、守るって決めたから動いただけだ」
ルークスの声は低く、そして穏やかだった。
沈黙。だが、それは苦しいものではなかった。
言葉がなくても、互いの間にあるものが“確かなもの”になり始めていた。
ミュリナが火の横で、なにやら手を動かしている。
「……これ、薬草。腫れを引かせるのに使えるはずです」
彼女が差し出したのは、小さな布に包まれた緑色の粉末だった。
ルークスは受け取り、軽く眉を上げた。
「どこで覚えた?」
「……捕まる前に、母と森で暮らしてたんです。体が弱かったから、よくこういうのを作ってもらって……だから、見て覚えてて」
懐かしそうに、でも少し寂しそうに微笑む彼女に、ルークスは静かに頷いた。
「役に立つ知識だ。助かる」
「……私も、なにかできたら嬉しいです。いつも助けてもらってばかりだから……」
ミュリナの声は、以前よりも確かだった。
彼女は“守られる存在”から、自ら“ここにいていい理由”を探し始めていた。
ルークスは、その変化を嬉しく思っていた。
そして、どこか自分も“人としての輪郭”を取り戻していくような感覚があった。
その日の午後、彼らは共に廃墟の外に出た。
ルークスが魔物を避けつつ地形を探り、ミュリナは薬草や食材になりそうな木の実を見つける。
ミュリナは植物を前にすると、驚くほど饒舌になる。葉の形、匂い、根の位置──彼女の知識は実に細かく、実用的だった。
「この実、煮ると甘くなるんです。でも、生で食べるとお腹こわすから……」
「じゃあ試すのはやめておこう」
そんなやりとりを交わす二人は、まるで長年連れ添った旅仲間のようだった。
夜。
拾ってきた木の実を煮詰め、簡単なスープができあがった。
「……味見、する?」
ミュリナが小さな匙を差し出す。
ルークスは笑みを浮かべ、それを受け取った。
ひとくち啜り──目を見開く。
「……これは、うまいな」
「ふふ……」
ミュリナが小さく笑う。
それは、心からの微笑だった。照れ、安心、達成感──その全てがこもった表情だった。
ルークスは火を見つめながら、ぽつりと呟く。
「人を信じるのは、怖いことだ」
ミュリナが一瞬、目を伏せる。
「でも……怖くても、誰かが信じてくれたら、信じたくなるものですね」
それは、彼女自身の言葉であり、彼への返答でもあった。
火は、二人を温かく包んでいた。
この小さな焚き火と、この静かな時間が、二人にとって何よりの癒しだった。
“守る”と“守られる”ではない。
“共に在る”という、当たり前で、けれど誰もが欲しかった形。
森の夜は深い。
だが、その闇の中で、たしかに小さな光が灯り始めていた。