第36話・第2節「聖堂突入と“神声演壇”の奪取」
真聖堂の外壁は、陽の光を受けて輝いていた。だが、その内部はまるで異なる光景だった。
「結界、歪んでる……この感じ、ただの魔術障壁じゃない」
セリナが額に汗をにじませながら呟く。
彼女が手にする巻物――《第一世代聖典》の複写に記された“聖紋逆解式”を用いて結界に干渉し続けていたのだが、聖堂そのものが何か“生きた意志”をもって抵抗しているように感じられた。
「生体魔術との併用か? いや……これは“意思の介入”……まさか、人工神格体の制御中枢か……?」
「その通りだよ、“選ばれし来訪者”」
突如、上空に響く声。
姿を現したのは、中央教会直属の特級聖騎士。
教会内では“聖印に選ばれた戦士”として、神託に従い数多の異端を処断してきた存在だ。
「ここから先は、誰も通さない。これは“神”の命令だ」
「神? それは、お前たちが作り出した“制御機構”のことだろ」
ルークスが真っ直ぐにヴァルスを睨む。
「俺は、偽りの“神の声”を止めに来た。人間が、自分の意志で未来を選ぶために――」
宣言と同時に、空間が震えた。
ルークスの右腕に展開された魔術式が、赤黒い光を放ちながら歪曲現象を打ち破る。
――それは“概念操作”による干渉解除。通常の干渉魔法ではあり得ない、物理法則そのものを変質させる異能の技。
「戦うしかないようだな……! セリナ、道を頼む!」
「わかった! “伝承再接続術式・第七層、起動――”」
聖紋結界が淡く軋む音を立てる。
同時に、ジェイド率いる義勇部隊が側面から侵入し、ヴァルスの配下を相手に激突した。
「こちらは抑える! ルークス、お前は演壇へ!」
ルークスは駆け出した。
神殿の回廊を駆け抜け、装飾の施された螺旋階段を跳躍で飛び越え、ついに辿り着く。
――《神声演壇》。
それは、聖堂の中央に位置する神託装置。
信徒たちに“神の声”を伝えるための精神干渉装置であり、同時に“選民認証”を行う統合中枢でもあった。
「見つけたぞ……!」
だが、その前に立ちはだかる人影があった。
「やはり来たな、ルークス=東雲。いや、“神の意志を背く者”よ」
そこにいたのは、教会の首席神官、ド・カリス大司教。
年老いた外見に反し、その瞳は狂信的な光をたたえていた。
「人は選ばれなければならぬ。愚者は導かれねばならぬ。だからこそ、“我々”が真理を語るのだ」
「違う。“選ぶ”のは人間自身だ。神じゃない、教会でもない。……生きる者が、皆その権利を持つべきだ!」
叫びとともに、ルークスは《神声演壇》へと手を伸ばす。
「――解除キー、認証コード“起源逆再生”……入力」
装置が激しく震えた。精神干渉ネットワークに亀裂が入り、王都全域に張り巡らされた聖印術式が一斉に脈動する。
「止めろッ! 何をするつもりだァァァ――ッ!」
ド・カリスの絶叫が響く中、ルークスは最後の指を打ち込んだ。
「起動――“真実の解放”」
瞬間、全王都の魔術端末に映像が投影される。
“始源の聖典”の写し、“選民思想の改ざん証拠”、そして“聖印による精神制御の全容”。
それは、教会が長年にわたって隠蔽してきたすべての“真実”だった。
王都が、揺れた。
民衆が息を呑み、兵たちが動きを止めた。
そして、セリナの言葉が全てを貫く。
「今こそ、“信じる力”を、自分の手に取り戻して!」
神の声は、もはや必要なかった。
人々の胸に、新たな意志が灯ったのだから――