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第35話・第4節「目覚めの刻、決戦前夜」

王都の上空を覆っていた禍々しい空は、ようやくその輪郭を薄め、青空がわずかに覗き始めていた。

 だが、それは終わりではなく、決戦の前触れにすぎなかった。


 地下神殿《影の祭壇》から帰還したルークスたちは、都市の外れにある古びた塔に身を隠していた。そこは、かつて古代魔術師が研究を行っていたとされる無人の魔塔。その結界構造と空間偽装術式により、中央教会の“千眼観測網”ですら探知できない。


 「……今のうちに、態勢を整えるべきだな」


 ルークスは淡々と言いながら、破損した防具を机の上に並べていた。その表情には疲労の色が滲んでいたが、眼差しには鋭い光が宿っている。


 「……ごめんね、私、もっと支えられたら……」


 ミュリナが、まだ微かに震える手で彼の肩に触れる。

 彼女の掌は温かかった。それは慰めでも哀れみでもない。隣に立ち、共に選んだ覚悟の温度だった。


 「十分だよ。あれが現れた時、俺も一瞬、意識が曇った。けど、お前がいたから、踏み出せた」


 静かな言葉。だがその響きに、ミュリナは少しだけ頬を赤らめた。


 塔の一角。セリナが複雑な魔導具に細工を施していた。歪んだ時空を補正し、古代の記録を投影するための儀式装置だ。


 「これがうまく動けば、“真の聖典”の記録を世界に解き放つ手段が得られるわ。中央塔の空中通信術式に干渉し、王都全域に一斉配信……だいぶリスキーだけど」


 「それが完成すれば、“偽りの教え”に縛られていた民衆も目を覚ますかもしれない」


 ジェイドが低く呟いた。

 その手には、“異端追放者リスト”の写本と、教会の権力構造を示す系譜図。

 かつて彼の故郷を滅ぼした貴族と教会の癒着が記されていた。


 「復讐じゃない。だが、あのまま黙って見ているわけにはいかない。俺はもう……見過ごせない」


 「それでいい。俺たちは――《選ぶ》ことができる」


 ルークスが言い切ったとき、塔の魔力感知術式が静かに反応した。


 ピピッ……


 「来たか」


 ミュリナが緊張の息を呑んだ。扉の向こうから現れたのは、漆黒の外套を纏った男だった。


 「……“影の眷属シャドウ・クレスト”の残党か?」


 ルークスが視線を向けると、男は無言で膝をついた。


 「“囁かれし者”より伝言。教会の聖騎士団が、“真聖堂”への道を封鎖しました。偽情報で我々の拠点が暴露され、複数の拠点が潰されたとのこと」


 空気が緊張に凍る。

 だがルークスは、ため息のように言った。


 「想定の範囲内だ。むしろ……予定より早まったな」


 その目が、静かに塔の天井を見上げた。


 「夜明けと共に動くぞ。俺たちの目的はただ一つ、“真実”を暴く。そして……選ばせる。人々自身に、誰を信じ、どう生きるかを」


 「決戦は……明日か」


 セリナが軽く呟いたその声は、どこか凛としていた。


 「私は、“命じられる信仰”じゃなくて、“願う心の灯”を信じたい」


 ミュリナが小さく頷いた。


 「教会に裏切られたあの日の私に、今なら言える。偽りではなく、自分で選ぶ道を歩けるって」


 「俺も……これまで逃げてきた過去と向き合う覚悟はできている」


 ジェイドの声は、静かだったが確かな芯を持っていた。


 そして、塔の一角。古びた窓から射し込む光が、ルークスの顔をわずかに照らす。


 「選べる世界を創るために、俺たちが動く。信じるのは、神の命令じゃない。“人間の意志”だ」


 静かに、しかし確かに。


 それぞれの心に、戦いの火が灯った。


 夜は明けようとしている。

 だが、その夜明けは決して平穏ではない。


 それは、“真理”という名の刃を掲げた戦いの幕開けだった。


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