第35話・第2節「召喚陣破壊作戦と教会騎士団の妨害」
王都の夜空に浮かび上がる巨大な魔法陣は、まるで天の裂け目のように淡く脈動していた。
ルークスたちはその直下、聖堂を取り巻く高層楼の影に身を潜めている。
「……魔力の密度が上がってきてる。召喚陣の活性化が進行中ってことか」
ルークスの目は、まるで術式の線一本一本を追うように鋭く動いていた。
彼の傍らではミュリナが杖を構え、既に治癒と結界の準備を整えている。
「破壊まで、三分以内に済ませないと、儀式が臨界を迎えるわ……」
魔力を解析したミュリナの声は焦りを帯びていた。
そしてその緊張を切り裂くように、王都中に甲高い金属音が響き渡る。
「来たわね――教会騎士団!」
空気を裂いて飛来したのは、銀装の騎士たち。光の魔装甲を身にまとい、聖紋剣を携えた彼らは、民衆の尊敬と恐怖を同時に集める教会直属の精鋭部隊だった。
「異端者、ルークス=ルシェイド、及び関係者。即刻、投降せよ!」
声を張り上げたのは、教会騎士団の指揮官・オルレアン少将。
その瞳には激情ではなく、機械のように冷たい信念が宿っていた。
「問答無用ってわけか……行くぞ!」
ルークスは大地を蹴った。
瞬間、彼の背に浮かび上がるのは、古代術式の文様――《時重式・残響》。
残像を伴って駆け抜けた彼は、聖堂側面の召喚陣へと一気に接近する。
「遅らせるから、破壊を頼んだわよ!」
ミュリナは結界を張りながら、正面から迫る三人の騎士を迎え撃つ。
その背後を援護するように、カイロンが爆符を放つ。破裂音と共に騎士たちの動きが一瞬乱れた。
「――炎精霊よ、力を貸して」
ミュリナの詠唱と共に、膨大な熱が空気を裂く。
放たれた火線は騎士たちの防御魔法を焼き切り、地を焼いた。
「やるな、だが……我らは退かぬ!」
騎士団の中でも上位術士とされるグレイが、雷撃を纏った剣でミュリナに迫る。
その一瞬、横合いからカイロンの刃が割り込んだ。
「ここは通さねえぞ。あいつは、もう怯えて隠れてるような女じゃねぇんだ」
交錯する刃、炸裂する魔法。狭い路地はすでに小規模な戦場と化していた。
一方、ルークスは召喚陣中央の刻印を解析し、術式の中枢を発見していた。
「……ここを断てば、陣全体が崩れる!」
彼の手に握られたのは、“始源の剣核”。古の遺物より抽出された純粋魔力の結晶で、触れるだけで空間を切り裂くほどの力を秘めていた。
「いけっ――!」
剣核を投擲し、召喚陣の心臓部に突き刺す。その瞬間、巨大な術式が歪み、天を裂くような音と共に崩壊が始まる。
「ルークス、成功したの……!?」
「……いや、まだだ!」
その時、空間のひび割れた一部から“何か”が漏れ出した。
影。
炎。
そして、耳を劈くような“啼き声”。
「まだ、儀式の一部が……!」
封印は完全に破られていなかったが、“呼び出されかけた存在”は名残の一部を現界させようとしていた。
「ミュリナ、結界を最大に!」
「了解――光よ、我らを守れ……!」
光の壁が張り巡らされる中、街の人々はまだそれに気づいていなかった。
だがその夜、王都の空に走った不自然な閃光と耳鳴りのような啼き声は、“何か”が始まりつつあることを告げていた。
――そしてルークスたちは、確信する。
これはただの戦いではない。
“信仰”と“真実”の全面衝突――その序章にすぎないのだと。