第35話・第1節「神託の反響と偽りの天啓」
王都中心部に位置する“大聖堂”では、かつてにないほどの緊張感が漂っていた。
荘厳なステンドグラスが射す光の下、中央演壇に立つのは教会最高権威“審神者”ヴォルグ。彼の手には、“聖印の原典”と呼ばれる古文書が掲げられていた。
「民よ、聞け。神は再びこの地に神託を授けた。我らが守るべきは選ばれし者。異端を赦してはならぬ!」
壇上から放たれた声が、魔力を帯びて王都中に響き渡る。
それは“魔声”と呼ばれる魔法拡声術であり、聴いた者の心に直接入り込み、思考を誘導する洗脳の手段でもある。
「……まるで、神の声を装った操作だな」
ルークスは、聖堂からやや離れた高台で光の広がりを見下ろしていた。隣には、フードを深く被ったミュリナと、無言のまま気配を殺すカイロンの姿がある。
「奴らは今、民衆を“敵”の存在に集中させようとしている。信仰を疑う余地すら与えず、異端の“狩り場”に仕立てているんだ」
ルークスの語気は低いが、怒りを抑え込んでいた。
「でも、今はまだ手は出せない。……私たちの準備も整っていない」
ミュリナは胸元の聖印をぎゅっと握る。
“真の教え”を胸に宿す自分たちと、“偽りの神託”を拡散する教会。その構図は明らかだったが、民の心にまで届くには、証と信頼が必要だった。
「それに……あれが問題だ」
カイロンが指をさした先、聖堂の尖塔に出現した巨大な魔法陣。
空間を縫うように浮かび上がる紋章は、旧約時代に神々が降臨した際に用いた“天界門”の術式だった。
「まさか、本当に召喚する気なのか……?」
「ええ。“偽りの神”をね」
カイロンの言葉に、空気が凍りつく。
「彼らは“神の降臨”という名目で、魔族の古き存在——“天災級魔神”を封印から解き放とうとしている。あたかもそれが、神そのものだと信じさせるために」
それは、神の名を騙った“演出”だった。
民は信じ、涙を流し、膝を折って祈るだろう。だがその“神”は、かつて無数の命を葬った滅びの象徴なのだ。
「ルークス。あの儀式が完了すれば、もはや教会は止められなくなる」
ミュリナの声は震えていた。だが、その瞳は強く、決意に満ちている。
「……なら、阻止するしかない」
ルークスはゆっくりと立ち上がる。
彼の手には、神殿から持ち帰った“真なる聖印”があった。それは、失われた“原初の契約”を宿す聖具。
「神託に神託をぶつける。偽りの天啓には、本物の祈りを」
王都の夜空に、次なる戦いの兆しが刻まれる。
歪められた信仰の果てに、彼らは“真実”を叫ぶための刃を研ぎ澄ませていた——。