第34話・第3節「封印の解放と神喰いの目覚め」
回廊に満ちていた静寂が、砕け散った。
「——ミュリナッ!」
ルークスの怒号と同時、審問官たちの放った光槍が封印装置へと殺到する。その中には“霊素崩壊式”と呼ばれる、魔素そのものを焼き切る術式も混ざっていた。
だが、ミュリナの前に立ちふさがる影が一つ。
「やらせるかよッ!」
ジェイドの魔剣が閃き、五本の光槍を切り裂いた。魔力を吸収し、跳ね返す“歪曲結界”が一瞬で展開され、反撃の斬撃が審問官たちの陣形を崩す。
「封印は……もう一層、あと一層なの!」
ミュリナは震える手で聖印を掲げ、純白の祈りを捧げる。
その声に、かつての少女の儚さはない。神に問うのではなく、自らの内なる“真実”と対話するような祈りだった。
「神よ……私は、もうあなたを恐れない。たとえ世界が私を拒絶しても、私はここに在り続ける」
祈りの光が、封印装置を満たす。
それは温かく、穏やかで、しかし確固たる意志だった。
ルークスは、封印装置の前へと駆け寄り、ミュリナの肩に手を添えた。
「——最後は、俺が受け取る」
その言葉とともに、封印の最終層が砕けた。
世界が、震えた。
空間が歪み、回廊の壁が軋みを上げる。
そして、現れたのは……“人の姿をした何か”だった。
漆黒の外套に身を包み、目元を覆った仮面をつけた青年。
だがその周囲には、空間を歪ませるほどの魔素と霊圧が渦巻いている。
「我が名は……“カイロン”。かつて神に見捨てられ、封じられし者」
その声は深く、しかしどこか悲しげだった。
審問官たちは一斉に退き、魔導符を構える。だがカイロンが一歩踏み出すと、床に刻まれた封印陣が光り、審問官たちの魔術が暴走し始める。
「こ、こいつ……術式を、直接侵蝕して……!」
叫ぶ間もなく、数人の審問官が魔力の逆流で倒れた。
「やめて……彼は、まだ敵と決まったわけじゃない!」
ミュリナが叫んだ。
カイロンは、彼女の方へと視線を向ける。
「お前は……“あの日の祈り”を、受け継ぐ者か」
「え……?」
「かつて、この封印装置に祈りを捧げた者の中に、一人……“私を赦した少女”がいた。お前の祈りは、あの時の彼女と……同じ匂いがする」
ミュリナは言葉を失った。
封印の中で、彼はすべてを感じていたのか。憎しみも、恐れも、そして……祈りの温もりも。
「では問う。お前たちは、この歪んだ世界を変えたいのか? 神を否定し、信仰を再構築する覚悟があるのか?」
「ある」
即答したのは、ルークスだった。
「俺たちは、信仰を否定するんじゃない。“利用する者たち”を否定する。それが、あんたの力を借りる条件だ」
沈黙。
カイロンはゆっくりと仮面を外した。
現れたその顔には、人のものとは思えぬ文様が浮かんでいた。古代神術の痕跡——神の実験体とされた者に刻まれる呪い。
「ならば、私はその力を貸そう。お前たちが“神を欺く者たち”を断罪するまで、影に徹しよう」
封印の中心から放たれた光が、ルークスたちを包み込んだ。
それは“神喰い”の力を、彼らに託す契約の印。
審問官たちは後退し、誰一人その場から攻撃を仕掛けなかった。
“何か”が、彼らの本能に語りかけていた。
この存在は、下手に触れれば“世界そのもの”を変える——と。
そして、契約は静かに完了した。
影から現れた存在は、今や彼らの後ろ盾となり、王都に巣食う“偽りの神”との最終決戦へと舞台を整えたのだった。