第34話・第2節「封印装置と信仰の分岐」
回廊の最深部――
そこは明らかに他とは異なる空気を湛えていた。石壁は滑らかに研磨され、魔力の流れが刻まれたような螺旋文様が床を巡る。
中央には、純白の石柱が一本、宙へと延びていた。
その先端に浮かぶのは、複数の結界層に守られた、黒金の球体。
「……これが、“神喰い封印装置”……?」
ミュリナが思わず呟いた。
封印核は脈動している。あたかも今もそこに“生きた存在”が閉じ込められているかのように。
「脈動してる……まだ封印は続いてるが、何かが呼応している」
ルークスが眉をひそめ、魔素の流れを読み取る。
「この装置……信仰魔術と古代魔導のハイブリッドだ。しかも“人の意志”を触媒にして動いている」
「意志、だと?」
ジェイドが険しい顔で尋ねる。
ルークスは頷き、装置の基部にある水晶板を指差した。
「これ……“祈り”の記録装置だ。“選ばれし聖女”たちが生涯に渡って捧げた祈りが、封印の安定に使われてる。つまり……彼女たちは、“神喰いの生贄”だった」
ミュリナがその場に膝をついた。
「私たち……何も知らずに“祈り”を捧げさせられていたの?」
その声には震えが混じっていた。
祈り――それは、彼女にとって聖女としての存在証明だった。
だが今、それが“封印の燃料”でしかなかったと知ってしまった。
「……最初から、“信仰”なんて……教会にとっては“道具”だった」
セリナが冷たい声で吐き捨てる。
その指先が、剣の柄をわずかに握りしめる。
「でも……それでも、私は信じたい」
ミュリナが立ち上がった。瞳は潤んでいたが、決意は揺らがなかった。
「“信仰そのもの”が悪じゃない。歪めた者たちが悪なのよ。だからこそ――私たちが、“本当の祈り”を取り戻さなきゃいけない」
その言葉に、場の空気が静まった。
「だとすれば、この装置は……?」
ジェイドが封印核を見上げた。
「このまま封印を維持すべきか、それとも……解くべきか」
「この封印の中には、“真実”が眠っている」
ルークスが静かに言った。
「神喰いとは、神の意志すら超えた存在……そして、“人の可能性”そのものの象徴かもしれない。俺たちはそれを、恐れによって閉じ込めてきた」
「でも、今の俺たちは……」
ジェイドが言葉を継ぐ。
「それに触れる覚悟を持った。“選ばれる”んじゃない。選ぶのは、俺たち自身だ」
ルークスは魔導端子を展開し、封印の解析を開始した。
空間が震え、結界が一層ずつ剥がれていく。
だがその瞬間、回廊の天井が爆音と共に崩れた。
舞い散る石片の中から、白と黒の法衣を纏った集団が現れる。
「――“異端追放特務審問隊”だ!」
セリナが叫ぶと同時に、先頭の審問官が声を張り上げた。
「ルークス・イラ、元聖女候補ミュリナ、異端者セリナ! 貴様らは王国に対する反逆と神への冒涜の罪により、この場で処刑される!」
「来たか……!」
ルークスは装置から離れ、剣を抜いた。
背後では、封印が残り一層を残して光を放っていた。
「ミュリナ、任せる。祈りで最後の鍵を開けろ。セリナ、ジェイド、ここは任せた」
「わかった」
ミュリナは装置に手を重ね、深く目を閉じた。
その唇が、かつての“祈り”とは異なる、ただひとつの言葉を紡ぐ。
――“どうか、真実に辿り着かせて”
それは、誰に向けられたわけでもない。
神でも、教会でもない。自分自身への、誓い。
封印核が、音もなく開き始めた。
光と闇の間にある、真実の扉が今、開かれようとしていた――。