第33話・第3節「“真聖堂”襲撃の影」
評議会の熱気も冷めやらぬまま、夜の王都に重く淀んだ空気が漂いはじめていた。
再建議会の議事録を取りまとめたルークスたちは、中央区に位置する“真聖堂”――かつて教会権力の象徴であった場所――を調査すべく、夜のうちに向かっていた。
聖堂は今や廃墟と化しており、かつて信仰の中心であった荘厳なドーム天井は、ところどころ崩れ、空から月光が差し込んでいる。
だがその静寂には、あまりにも不穏な緊張が張り詰めていた。
「気配がする。……いや、これは――殺気だ」
ジェイドが剣に手をかけると同時に、ルークスも魔力の流れを感じ取っていた。
それは明確な“敵意”の波動だった。
そして、聖堂の影から現れたのは、漆黒のローブに身を包んだ男たち――教会の暗部と噂された“戒律の影”の生き残りだ。
「侵入者確認……対象、ルークス=ルシファリア、及び“異端の聖女”ミュリナ=アルセリア」
機械的な声。まるで感情を捨てたかのような口調。
だが、その手に握る儀礼剣と呪紋の刻まれた腕輪が、ただの狂信者でないことを物語っていた。
「……やはり、教会の“深層”はまだ生きていたか」
ルークスがそう呟くと同時に、敵は躊躇なく攻撃を開始した。
無詠唱の聖光魔法が周囲に降り注ぎ、破壊された祭壇を瞬時に吹き飛ばす。ミュリナが素早く結界を展開し、仲間を守る。
「ッ……これ、通常の聖騎士とは桁違いの練度……!」
「退ける気はない。やるしかない!」
ジェイドが剣を抜き放ち、敵の一人へ斬りかかる。その一撃は影を切り裂き、血ではなく“灰”を噴き出させた。
「人間じゃない……? いや、これは“聖骸術”……!」
ルークスの言葉に、ミュリナが戦慄する。
「死者を教義に沿って蘇らせ、忠誠のみを刻んだ擬似生命体……本当に、こんな禁忌を続けていたのね」
彼らは“死せる信徒”。
過去、教会に殉じた信徒たちを素材として改造された、意思なき兵士。
「お前たちが“真理”を広めようとする限り、我らは粛清を行う――それが教義だ」
「教義、教義……それが命よりも重いとでも……!」
ミュリナの怒りが魔力に転化される。
無数の癒光が戦場に散布され、“癒し”のはずの魔法が“敵”の肉体を分解し始める。
「なるほど……信仰によって造られたなら、聖なる光で浄化される」
ルークスは一気に前線へと踏み込み、影の兵士たちの中心に向かって詠唱を解放した。
「《断罪せし、裁きの白炎よ(ホーリーフレア・ディストーション)》!」
爆音とともに白き光柱が轟き、聖堂の崩れた壁面を貫く。その直後、戒律の影の者たちは消滅し、空中に黒灰を残すのみとなった。
戦闘が終わった後の静寂は、まるで戦前よりも重苦しいものだった。
「ここは……教会が“神を語る”ための場所ではなかった」
ルークスは、かつて祭壇があった場所に立ち尽くす。
そこには、地下へと続く階段が口を開けていた。
「……ここから、“中枢”に入れる」
ミュリナが一歩、階段へと足をかける。
「私たちは、まだ“表層”しか見ていなかった。今度こそ、真実の核心へと辿り着く」
彼女の瞳は迷いなく前を向いていた。
かつて、森の廃墟で怯えていた少女の姿は、もうどこにもない。
「行こう。光の裏に隠された“闇”を、今こそ暴く時だ」
その背に、仲間たちが並ぶ。
“神聖”と“異端”の境界を越え、いま、彼らは真に人の未来を取り戻す戦いへと突き進もうとしていた。