第4話・第2節「追手との対峙」
崩れた廃墟の外。
夕闇が降りる中、数人の男たちが廃材を踏みしめながら、じわじわと近づいてきた。
革鎧に金具を打ち込んだ無骨な装い。背には粗雑な剣と縄。
中でも先頭に立つ大柄の男は、顔の半分に焼け跡を持つ――いかにも“裏の仕事”に慣れた者だった。
「なあ、そこのあんた。商売の邪魔をする気か?」
焼け跡の男が声をかける。
その声は一見穏やかで、だがどこか“試す”ような色を含んでいた。
ルークスは廃墟の入り口で、剣を鞘に収めたまま仁王立ちしていた。
後ろにミュリナがいる。彼女の手は震え、小刻みに服の裾を握っている。
その気配を背で受け止めながら、ルークスは低く返した。
「この森は、あんたらの縄張りか?」
「縄張りなんて言葉は使わねぇ。俺たちゃただ、失くした“商品”を取り戻しに来ただけよ」
商品――
その言葉に、ミュリナが小さく息を呑む音が聞こえた。
ルークスの中で、何かが冷たく燃え始める。
怒りではない。感情を突き抜けた、無音の炎のような“決意”。
「お前たちにとって、“人”は売り買いするモノらしいな」
「……さあ、どうだか」
男は肩をすくめ、口元を歪めた。
「だがな。こっちは正規の許可証も持ってる。“奴隷狩り商組合”に登録済み。奴隷の規格に則った取扱いで、合法的に流通してる」
「なら、今ここで殺されても、合法なのか?」
その言葉に、男たちの笑いがぴたりと止まった。
空気が変わる。
一瞬、森の奥の小動物すらも息をひそめるような、張り詰めた静寂が広がる。
「……あんた、誰だ?」
「名前はルークス。通りすがりの放浪者だ」
静かに、鞘から剣が抜かれた。
刃が夕陽を受けて、朱に染まる。
「だが、“俺の前で少女を“商品”と呼ぶやつ”は、生かして返さない」
焼け跡の男の表情から笑みが消えた。
「──潰せッ!!」
叫びと共に、左右から二人の男が斬りかかった。
剣の速度は悪くない。刃の振りも重みがある。
だが――遅い。
ルークスの身体が、まるで空気そのものになったかのように、すっと間を抜ける。
剣が交差する寸前、片方の手首に逆手の一撃。骨が砕ける音と悲鳴。
もう片方には、回し蹴り。剣ごと吹き飛ばされ、男の身体が石壁に激突した。
焼け跡の男が反射的に剣を抜く。
「てめえ……ッ!」
「俺はもう“やりたくねぇ仕事”を我慢して、黙って歯を食いしばって生きる人間じゃない」
ルークスの動きが、光を切る。
剣と剣が交差する。その一合目、焼け跡の男の眼が見開かれる。
──速い。
ただの力じゃない。軌道、角度、重心、すべてが“殺す”ために最適化された斬撃だった。
受け止めたはずの剣が、次の瞬間には吹き飛ばされ、焼け跡の男の腕が血を吹く。
「ま……待て! もう手は出さねぇ!」
「なら、とっとと消えろ。二度と彼女の前に姿を見せるな」
ルークスは剣を振り払い、男の足元すれすれに突き立てた。
その音で、男たちは総崩れになりながら逃げていった。
──森に、再び静寂が戻る。
ルークスはゆっくりと剣を鞘に収め、背後に目をやる。
ミュリナがそこにいた。
涙を堪えるように、唇を噛みしめながら、彼を見つめていた。
「……怖かったか?」
問いかけると、ミュリナは首を横に振った。
小さく、でも確かに。
「……私、初めて見たんです。“誰かが私のために戦う姿”……」
その言葉が、胸に突き刺さる。
ルークスは黙って彼女に背を向け、もう一度空を見上げた。
暮れかけた空に、火のような紅が滲んでいた。