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千年後にあなたと――――――

作者:

 私は今、違う世界で生きている。


 きっかけは五歳の時。

 村が鉄砲水で流され、両親と兄弟は流され死んだ。唯一、残った私は生贄として水神様に捧げられることに。


 深い霧の中、真っ赤な鳥居が重なる道を歩く。

 村の大人に言われた通り、振り返ることなく進む。前を合わせて腰を紐で結んだ服に、ボロボロの藁を編んで作った草鞋。いや、草履があるだけ良い。普段はみんな裸足だから。

 喉が渇き、足の動きが鈍くなってきた頃、柔らかな日差しが差し込んできた。


 そこにあったのは、この世のものとは思えない穏やかな世界。


 花に囲まれ、暑くも寒くもない。鳥が歌い、蝶が舞い、花弁が降る。幻想的な空間に佇む一人の青年。


 清水のような水色の長髪に、青みがかかった銀の瞳。端正というより美麗な顔立ちで、スラリとした長身。着崩した着物がだらしなさより、妖艶さを際立たせる。


 そんな美しい人が私を見て、眉間にシワを寄せた。


「なんで、子どもがここにいるのぉ? 子どもは嫌いだって言ってるのにぃ」


 綺麗な男性なのに女性のような言葉使いに思わず目が丸くなる。

 このような話し方をする男は村にはいなかった。


 呆気にとられていると、青年は私の後ろに言葉をなげた。


「どういうことぉ?」


 誰もいないと思っていたから、驚きながらも慌てて振り返る。

 すると、そこには一匹の狐。


「龍神様が昼寝をしている間に起きた鉄砲水で流された村が生贄として寄こしました」

「えー、なんで追い返さなかったのぉ? ここまで来たら還せないじゃない」


 青年が不機嫌そうにポリポリと頭をかくが、狐は平然と答える。


「もとはといえば、龍神様が昼寝をし過ぎたことが原因ですので。この者の家族は鉄砲水で死に、村は半壊。このままでは、まともに冬を越せないでしょうから、この者を村に戻しても、口減らしでどこかに捨てられたでしょう」

「私が悪いってわけぇ?」

「昼寝のし過ぎに関しては」


 狐の容赦ない言葉に龍神様がウッとなる。


「でも、子どもの面倒なんて、チョー面倒くさいんだけどぉ」


 チラリと銀色の瞳が私を見る。

 キラキラと輝く瞳に意識が奪われていると、龍神様がため息を吐いた。


「……仕方ないわねぇ。じゃあ、私の身の回りの世話をしなさい」


 こうして私はこの世界で生活をすることに。


 狐や鳥たちが食べられる草や、布の織り方など、いろんなことを教えてくれた。

 龍神様は意外とだらしなく、ほっとけばいつまでも寝る。昼寝のし過ぎで……というのも頷けるほど。


「龍神様、そろそろ起きてください。今日は龍神様たちの集まりがあるのでしょう?」 

「んー、あと五分…………」

「五分って何ですか? それより、早く起きてください」


 たまに私の知らない単語を話す龍神様。ぐずぐずと顔を枕に埋める。

 それでも、じっと見つめる私の圧に負けたのか、スラリとした体がのっそりと動いた。


「…………わかったわよぉ」


 不満そうに食堂へ。食事をする龍神様の背後に立った私は水のように輝く髪に櫛を通していく。


「あら、食べないの?」

「今日は支度のお世話があるので、先にいただきました」

「……そう」


 ちょっと拗ねたような返事。いつからか一緒に食事をするのが当たり前になっていた。


「今日は龍神様が好きな蓮の花の天ぷらにしますね」

「……早く帰るようにするわ」


 低い声が少しだけ上向く。

 その様子に私は心の中でクスリと笑った。龍神様の扱いにも慣れたもので、最近ではお供の狐より扱いが上手い自信がある。

 こうして私は龍神様を送り出した。


「今日は溜まった洗濯物を片付けよう」


 この世界では、いつも晴れで洗濯日和。

 だから、つい面倒な洗濯を後回しにしてしまう。


 私は鼻歌まじりに洗濯を済ませ、蓮の花を集めてに庭へ移動した。水面に広がる緑の葉と、その上に咲く淡い桃色の蓮の花。手を伸ばして岸に近い花を摘んでいく。


 その水面に、この世界ではない光景が映った。


 採れた作物を社に供え、奉納の舞を捧げる。周囲には出店が並び、楽しそうに笑い合う人々。幼い頃、家族と行った祭りを思い出す。祭りの後は私の生まれた日が来る、と話していた。


 ここに来て、もうすぐ十年。


 還る術がないため、龍神様のお世話係として暮らす日々。不満はないし、過ごしやすいし、こうして世界を覗き見ることもできる。


 ただ、たまに考えてしまう。


 所詮、私は人。いつかは死んでしまう存在。その時に、龍神様は――――――


「……還りたい?」


 突然の声にビクリと肩が跳ねる。

 振り返ると、寂しげな表情を浮かべた龍神様。


 私は集めた蓮の花をカゴに入れて立ち上がった。


「お早いお帰りですね」


 笑顔をむけた私を銀色の瞳が見下ろす。


「今なら、まだ還れるわよ」


 今までに聞いたことがない真剣な声。私はカゴを持つ手に力を入れた。


「……どういう、ことですか?」

「神隠しにあった子どもが現世に還れるのは、子どもの時代まで。大人、つまり十五歳になったら現世へ還れなくなるの」


 龍神様の雰囲気から、それが事実であることは伝わる。ただ、気になったのは……


「どうして、その話を今頃?」


 もっと早く言ってくれてもよかったはずなのに。

 私の問いに対して、龍神様が気まずそうに視線を逸らした。


「私も知らなかったのよ。今日の集まりで他の神から教えてもらったの」


 たぶん、私が十五歳になるまで数日しかない。

 呆然とする私に冷めた声がかかる。


「ここに居ても暇でしょう?」

「そんなこと……」


 私の言葉を遮るように、銀色の瞳が水面を見下ろす。そこにあるのは、楽しそうに笑い合う人々。


「大丈夫よ。私の加護をつけるから、還っても幸せに生活できるわ」


 水色の髪が揺れ、龍神様が背を向ける。


「荷物をまとめたら声をかけなさい」


 否定を許さない声音。

 遠ざかっていく足音に私はカゴを抱きしめることしかできなかった。



 呆然と自分の部屋に戻った私は、言われるまま少ない荷物をまとめていた。


「これは、龍神様に初めてもらった髪飾り……こっちは、初めてもらった着物……」


 思い出の品とともに、ここでの生活が蘇る。

 どんな時も龍神様がいて、一緒に笑って、一緒に怒って、一緒に悲しんで。溢れてくる気持ちは止まらない。


「…………そうだ。お礼の手紙を書こう。それぐらいの時間はあるよね」


 紙と筆をだして文章を考える。


「龍神様が字を教えてくれたから、書けるようになりました。龍神様が教えてくれたから、料理ができるようになりました。龍神様が……」


 言葉が止まらない。どれだけ感謝しても足りない。


 視界が滲みかけて、慌てて目をこすった。ここで泣いたら、手紙が汚れる。


「私がいなくても、ちゃんと起きて、ご飯を食べてください。狐たちに迷惑をかけないように……」


 こうして書いた紙は机を埋め尽くし、山となっていた。


「ここまで書いたら大丈夫だよね。あとで見つけて読んでくれる……はず」


 持ち運べない量になった手紙は自室に置いて、龍神様の部屋へ行く。


「荷物はまとめた?」


 振り返った龍神様。その顔を見たとたん、ずっと我慢していた涙があふれた。

 荷物を投げてスラリとした体に抱き着く。


「やっぱり還りたくありません! ここに……ここに、居させてください!」


 水色の髪が優しく私の頬を撫でる。


「……ダメよ。このままここに居たら、あなたの魂はこの世界に囚われてしまうわ」

「それでもいいんです! 私がいなくなったら、龍神様が独りに……」


 しがみついた龍神様の服を握りしめる。


「それに、私は龍神様のことが……」


 水色の髪が動き、吐息とともに額に柔らかいモノが触れた。


「ずっと、見守っているから。だから、私を思い出して、ここに居たいと思ったら来なさい。その時は――――――」


 気が付いた時、私は大きな社の前にいた。

 どうやって、ここに来たのか、どう生きてきたのか思い出せない。自分の名前さえも。


 戸惑っていると、すぐに人々集まって私を囲んだ。その人たちの説明によると、私を神の化身として大事にせよ、という神託があったとのこと。


 こうして、私は社の巫女として人々の中で生涯を終えた。



 それから千年後――――――



「思い出したので、来ました! 今度は還りませんので!」


 おろしたての袴を着て、お気に入りのブーツを履いた私は、前世の記憶と同じ姿の龍神様に挨拶をした。





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