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訪問者C スー・ケイソウ 7

 ケマルのスタンスに呆れながらも、自分の成果を思い出すとどうしてもにやついてしまうメイプルは、そんな自分をなんとか押し込めて、真面目に振り返る。


「でもまさかこの店に本当に入るとは、かなりのおまぬけさんもいたものね」


 囮にするとしていても実際に犯行が行われる可能性は低くなるようには計画はしていたために、その強欲さにメイプルは呆れ顔だ。

 開店を知らせる看板を出して、表の掃除もしていたショートンが戻ってきた。


「念のためスーさんにいてもらって良かったっす」


 どこから聞いていたのかあっさり会話に参加するショートンを、ちらりと見たケマルだったが、もう何も言わない。

 カッコよかったとスーを見上げるショートンに、そうでもないですと謙遜するスーにメイプルもその肩を叩く。


「思ってたより大活躍だったみたいじゃない。私が仕掛けておいた物使わずに済んじゃったわね」


 それは聞き捨てならなかった。


「おい!」


 けれどそれは最早誰の耳にも届かない。

 スーは一番の部外者のはずなのに、メイプルに頼みごとを始める。


「それはこれからの防犯のためにそのままでお願いします」


 そしてショートンもケマルの知らない話を始める。


「僕も使い方習ったあれ持ったままでもいいっすか?」


 それが知りたいわけではないケマルは、なんだそれはとは言えず、それぞれに視線をさ迷わせながらどう正すべきか迷っているうちに話は進んでしまう。


「もちろんよ、次がいつかなんて分かんないんだから。ただね、ちょっと腑に落ちないことがあるのよね」


 話題が移りそうになっているとケマルが止めようとした。


「いや、だから」


 聞き入れられるはずもない。


「何かあったすか」


 ショートンが真剣な顔でメイプルに近寄る。


「ちょっと簡単に情報が手に入りすぎた気がするのよ」

「あっちが油断したんじゃないっすか」

「そうだとしても、それまで一切姿を掴めてなかったのに、私たちが探り出した途端まるで導かれるみたいな感じがして」

「本当はもっと大きな黒幕がいるとかでしょうか」


 スーも重い声を出す。


「んー、それもねぇ」

「そんな話はヨソでやれよ。ここは今営業中の俺の店の中だぞ。せめて裏でやれ」


 しかし、店内で立ち読みや本を探している客人はお構いなくといった感じで微笑んでいる人ばかりだった。


「みんな大丈夫だって」

「ご主人、もう今更っすよ。これも含めてウチの店でやんす。むしろ名物っす」

「名物って……、そしてウチって言うな」

「それこそ今更では」

「うっせぇ」

「でね、黒幕って犯罪に加担してる相手でしょ。でもねー、そうじゃなくてもっと外からの視点っていうか。足切りとかじゃなくて、君達捕まえたいの? そう、ならどうぞって感じ。しかも警察じゃなくて私たちに情報分かるようにわざとしてる感がね」

「それってただの親切ってことですか?」

「親切なら警察にとっくにタレこんでるでしょ」

「じゃあ僕らに親切ってことっすか」

「本当に親切だったら危険から遠ざけるだろう、向かわせてどうする」


 ケマルも思わず口を挟む。


「確かにそうですね」


 スーが首を傾げる。


「じゃあ罠だった」

「窃盗犯たちにとってはね。私たちにはなんの被害はなかったじゃない」

「お前の考えすぎなんだろ」

「そう言われたそうなのかもしれないけど」


 店の扉が開いたを思ったら、台車が入ってきた。押している人が見えず、ケマルがまた珍妙な客が本の持ち込みにでも来たのかと手助けに向かうと、押していたのはフミだった。


「小豆もらってきた!」

「は!? 小豆は洗うもので仕事道具? あれ、違うのか。給料も小豆なのか?」


 首を傾げながらもケマルが押し手を変わると、フミの姿が隠れるほど積まれた麻袋は台車であっても重い。さらに呆れながら、フミがそんなものをどっからか押してきたことは追及する気もなかった。そんな力があるのかとか、それとも質量を変える術があるのかと、さては店の前まで誰かに押してもらったのかとか。そんなことは聞かず、真実より、ここにこれがある事実にケマルは重きを置いた。


「ちゃんとお給料も貰ったよ。あと友達が新しい服のデザインもしてくれるって! 小豆はいっぱいあるから貰っていいよって言うから、ね」

「ね! ってなんだよ。どうするんだ、これ」


 とりあえずカウンターの前においた小豆の袋たちをケマルは邪魔そうに眺めた。その横で胸の前で手を組んで祈るように見上げてくるフミがいる。


「炊いてよ~、あんこにするとかお赤飯にするとか~」


 その猫なで声を聞いて店のあちこちで働いている者たちが何事かと寄ってくる。

 ケマルは目を細めて腕を組んでフミを見下げる。


「俺にそんなスキルはない」


 フミは眉毛を下げて、悲し気に周りを見る。


「僕にもないっす~」

「私にもないわよ」

「僕できますよ」


 もう転職したと言っても過言でないほど店に入り浸っているスーがその顔の横で手を挙げていた。


「え?」

「僕料理とかお菓子作るのが趣味なんです」

「カボチャ~、すばらしいね~、作って作って!」


 早速らんらんと目を輝かせ、台車ごと迫っていくフミの後ろでメイプルが目を丸くしていた。


「頭がカボチャだからかしら」

「そんなの関係あるっすかね?」


ショートンもしきりに首を捻る。むしろ逆じゃないかとメイプルと謎の意見交換を始めだす。


「できるって言うなら任せればいいさ」


 ケマルは台車から一抱えもある麻袋を持ち上げスーに投げる。


「ほれ」

「わっ、と、とと」

「じゃあ頼むわ、三階に台所あるから使え」

「いいんですか?」


 てっきりケマルが三階まで付いていくものだと思っていたショートンは飛び上がらんばかりに驚いた。

 ショートンはこれまで三階のプライベートな空間にはケマルが居ないときには立ち入らないと決めていた。特にケマルに言われたわけじゃないけれど、礼儀だと心得ていた。

 ケマルはそもそも子供の頃農村で暮らしいたことがあり、特に一人きりのスペースは必要としなくなっていた。もちろん店を経営していく上できちんとした管理が必要な物はあるため、金庫などもしっかり備えている。そしてそれは緊急時のためにショートンも開け方まで知っている。なぜなら店にはそれ以上に価値がある商品が真横に並んでいるし、さらに言えば倉庫にもツジー仕込みの様々な術が施されている。


「隠すようなもんはないし、お前もいまさら勝手に家捜しするような奴じゃないだろ」


 スーがぴしりと音がしそうなほど姿勢を正した。


「もちろんです! しっかり美味しいものを作らさせていただきます」


 大げさな態度にケマルがはたと気が付く。


「あっ、でも道具がたりないんじゃないか? ウチにあるの包丁、まな板、小さい鍋とフライパンくらいだぞ」


 ケマルはほとんど使わず、最近ではショートンが簡単な料理をするから辛うじて使われている調理器具では大量の小豆は処理できないとケマルとショートンはスーを見る。


「大丈夫です、どこかで調達してきましょう」


 スーが伝手を考え始める。それは意外に近くにいた。


「それならあたしが貸してあげるわよ」


 今度はメイプルが手を挙げた。


「薬品調合用のとかで作ったものは俺はごめんだぞ」


 ケマルが言うとメイプルはしっかり顔を顰めた。


「失礼ね、ちゃんと調理用のものよ。小豆炊くなんてしたことないけど、一般的な料理くらいはするの」

「おお、こんなところにも居たか」

「すぐ出せるけど、もう使う?」

「どこに持ってんだよ」

「マジックボックスに決まってるじゃない」

「お前くらいの奴が持ってないわけ無いよな」


 ケマルもリュック型のそれを貰ってはいるが、それでも常に携帯するサイズではなく魔力なしのケマルが使うには内容量を確保するためにリュックにせざるを得なかった経緯から未だに簡単に大量に持ち歩いている様には羨ましさがあるケマルだった。

「からまないでよ」

 言いながらポイポイと大きな鍋や蒸籠なんかが出てくる。


「なんか、どれもサイズでかくないか? 一般的な料理の範囲以上のサイズ感に見えるんだけど」

「そう? 普通だと思うけど」


 ショートンが面白そうにそれらを見詰めている。


「メイプルさんは食べても太らない体質なんすね!」

「そうね、それに魔法って意外に体力使うのよね」


 メイプルが出した道具を持って階段を上がっていったスーの後ろを跳ねるようにフミが付いて行った。


「よっぽど楽しみなんっすね」

「座敷童だからな、サガには抗えないんだろ」


 その日は一階にいてもいい匂いがずっと漂っていた。小豆を煮ている匂いから、ごはんが炊けるようなの匂い、あんこの甘い匂い。

 そして、当たり前のようにそれから数日ケマルも小豆料理を食べることになった。


「南瓜と小豆って、ありか?」

 南瓜と小豆の煮物を見て、ケマルは顔を顰めていた。

「普通だよ」


 小豆が好物な座敷童のとなりでスーがメニューの説明をする。


「あんこを乗せるのでもいいんですが、今回は南瓜の甘さを生かしたパターンにしました」

「気を使いました、みたいな言い方だけど、俺の常識では存在しないメニューなんだけど。甘さ控えてればいいってもんじゃ」


 見ただけで甘そうな雰囲気に二の足を踏んでいる横でショートンが箸を進めている。


「おいしぃっすよ!」

「ありがとうございます」

「またもらってくるね」


 満足げな三人にケマルが言えることはもうなかった。


「もんじゃない……、けど、作ってもらったんだから文句は言わないさ。たとえ勝手に作って出されたものだとしても、感謝して食べるさ。いただきます」


 ケマルは本当にただ黙々と食べた。特に甘党でも辛党でもない。そして好き嫌いもない。だから、作ってもらったものに文句を言い続けることはできない。違和感があっても、ただ食べるだけだ。そしてスーの作るもので不味いものはなく、違和感を感じつつもしっかりと食べた。

 それから、なぜだかスーはしょっちゅう三階で料理をするようになっていた。フミが強請っているのか、ショートンが頼んでいるのか、メイプルに言いくるめられているのか、ケマルはもう確認もしてないが、夕飯はスーが作る料理であることが多くなっていた。

 そしてこの小豆がご近所に評判で、小豆そのものも、調理された物もメイプルが世話になっているお礼として差し入れると喜ばれた。


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