訪問者C スー・ケイソウ 3
しかし、根性だけはよっぽどあるカボチャだったのか、それから何回もやってきた。
「へぇー、あんた付録としてここの商品をつけたいんだね」
スーはフミに頷き返しながらお茶を啜っている。本屋の方の店の隅にフミとショートンが使うための椅子と、低身長のお客用の踏み台があり、それにそれぞれ座っていた。
「豪勢にということではなく、塩や砂を一さじずつでいいんです。この魔法屋の商品だというだけで十分な付加価値がついて本は売れます」
「ひとさじと言っても無限にあるわけじゃあるまいし」
フミはフミでスーの手土産の菓子を頬張りながらやっぱりお茶を啜る。
二人の間にはテーブルというには少々粗末な小さな台があり、そこにお茶のセットが広げられている。そもそもその台も魔法の素材を広げて見せるために適当に置いてある物なので何に使おうが特に問題はない。
「もちろんそこは数量限定での発売になります」
「それじゃあ大した売り上げにならんだろ、吹っかけて売るつもりかい?」
スーが体の前でフルフルと手を動かす。
「まさか! こちらへの利益も含めると通常通りというわけにはいきませんが、それでも魔法屋の商品が付いているということ考えれば破格の値段になるはずです」
「やっぱり儲からんな」
苦笑いをしたスーは急須のお茶をフミの湯飲みに注ぎ足す。
「採算度返しです……と言いたいところですが、そこは広告料などでしっかりと」
「それなら納得じゃ。で、その肝心の本の中身はどうすんだい?」
「もちろん、それも考えてあります!」
フミと交渉してどうしようというのだろうかと、ケマルは横目で見ながら呆れそうになる。呆れた所で諌める気もないのだから、気を取り直して本の仕分けに集中する。
暇を持て余している二人がそれを解消するために戯れているとして、それもまたケマルの日常に当たり前の風景に溶け込んでいった。
その年の寒波は五週間ほどだった。穏やかな気候に戻ってしばらく経った頃、不穏な噂を耳にするようになった。
「最近このあたりに泥棒が出るって話はご存知ですか」
昼前に最早出勤してきているかのようにスーがやってきて、挨拶もそこそこにケマルにそんな話を振ってきた。
ケマルは生返事で頷いた。
実際、青葉通り組合の会合でその話が出て色々情報を得て話し合ってきたところだ。ただケマルは熱心にというより、少し引いた立場で状況を見ているといった状態だ。
そんなスタンスを正確に感じ取ったスーは目を丸くするどころか、その真っ黒の穴を吊り上げるようにして叱ってきた。
「どうしてそんな悠長なんですか!」
「この店のもん盗もうなんて奴はおらんだろ」
ケマルが伝票の整理をしながら軽い口調で返したのが悪かったのか、カウンターの向かいから乗り出さんばかりにスーが詰め寄ってくる。
「な、な、ぬぁに言ってんっすかぁぁぁっ!!」
「お前最近ショートンと話しすぎなんじゃないか」
胸倉をつかまんばかりに近寄ってきたスーはケマルよりかぼちゃ一個分背が高い。上からつばを浴びせられながら、ケマルはスーの手が示すほうに目をやって軽く溜息を吐いた。
「金目の物ばっかりなんですよ!」
「あっちは管轄外」
「同じ店舗で泥棒にその理屈は通用しません!」
「いや、これはマジな話」
いたって冷静に、ケマルはスーの胸を腕で押し返しながらそう言うと、それがあしらいなどではないと感じ取ったのかスーは促されるまま身を引いた。その雰囲気や言葉の僅かな変化をしっかりと察知できる能力をもっと活用すればいいのにとケマルはいつもながらに思っているが、もちろんそんなことを本人には言うことはなかった。
「どういうことですか?」
訝しそうに見下ろしてくるスーにとりあえずカウンター横のスツールを勧め、もう居座ることには抵抗感がなくなっている自分に気がついたケマルは己に向けて溜息を吐く。
そもそもケマルとて店をやるからには防犯に手を抜くつもりはなかった。そこはツジーに正しく助言と防犯設備を設置してもらって備えている。なんせ本屋の天敵は万引きだ。そこを抜かる気は当初からない。
ただしそれは本と本の売り上げだけに限られたものだ。それ以外を売るつもりがなかったのだから当然だが、その前提条件がまさか覆ることになろうとは、店を開くときは夢にも思っていなかった。
ケマルの心変わりもない上に、または経営の悪化で業種の変更を余儀なくされる事態にもなっていないのに、本屋が何になるというのだろうか。
百歩譲って、ドリンクなどを出してカフェを併設したり、関連の雑貨を置くなんかの派生はあるかもしれない。それさえも開業して数年経った今のケマルは考えていないのだが、それだって本を買いに来る客が前提だ。
魔法屋なんて自分の店ではない。
だからといって無視するつもりはなかった。
大体あのメイプルが何も考えずに品物を並べているわけもなく、さらに店主よりも店を守ることに人生かけている犬が首を挟まないはずない。そんなわけでケマルが考えるの「か」の字もない間に、王城の宝物庫も真っ青な警備システムが構築されていた。
その話をただの本屋でなくなった頃に青葉通りの組合に通してあったので、今回の騒動でもその警備体制を頼ってケマルのところで防犯グッズは取扱ってないかなど聞かれたのだ。
いや、ウチ本屋だし。
そう言えなかったのは、それぞれの店主の表情が思いのほか真剣みを帯びていたからだ。
仕方なく、少しばかりの助言と安くで手に入る防犯設備の取り扱い店舗を教えたのだった。
「俺は本屋になれればそれでよかったはずなのに」
思い出して店のカウンターで頬杖をついて遥か遠くを見るように呟くと、耳ざとい勝手な働き者の店員が心配顔でやってきた。
「どうしたんっすか?」
「それがな、ほ……お前は……どうなんだろうな、俺の味方なのか、それとも想定外の異分子なのか……」
愚痴りそうになるがその顔をみると果たしてケマルの理想の中に彼の存在はあっただろうかと首を傾げる羽目になった。
そんな躊躇いなど一瞬で吹き飛ばすのが目の前のその人物だ。
「味方に決まってますよ! ご主人の敵なんて誰も近寄らせやせん」
「勝手に居座ってる時点で、なんか、違う気が」
「気にしすぎっすよ」
ショートンはとっびきりの笑顔で頷いている。
どうにも的外れなセリフを残して戻っていく背中に、気にするという次元かと、ケマルは一度目を閉じて、呪文の様にそっと口ずさむ。
「そうか、そうだよな。お前はまだ俺寄りだもんな。うん、そうだ、そうだ、そういうことにしたんだ」
魔力ないケマルが自分だけにかけられる魔法。暗示。
目を開けると。
カボチャ。
ケマルは重い溜息を思いっきり吐き出した。
首をかしげる目の前のスーに仕方なしに話しける。
「お前さんはウチの心配より、自分の心配をした方がいいじゃないのか」
「心配ですか?」
「ここに通いだしてもうだいぶ経つのに何の成果も出せてないだろう、そんなんじゃ会社から何か言われるんじゃないか」
スーは一瞬考える様子を見せたが、すぐに首を振った。
「それが大丈夫なんです。ご心配ありがとうございます」
にっこりと微笑まれれば、ケマルにそれ以上言うことはなくなった。
そうですかってなもんだった。もう固定されているはずのカボチャの表情が嬉しそうに微笑んでいるように見えるようになっている自分にも飽き飽きもしていた。