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雑居ビルの隙間

作者: 獅堂平

この作品は、第9回『NOVEL DAYS 三題噺バトル』に投稿したものです。

お題は「隙間」「煙草」「観葉植物」でした。

 月末ということもあり、業務が忙しい日だった。

 仕事がひと段落し、会社が入居している雑居ビルを出る。最近はどこもかしこも禁煙なので、一服は雑居ビルの裏でこっそりしていた。

 僕の吸う銘柄は、学生時代の想い人と同じものだ。煙草をなかなか止められないのは、恋の未練がましさもあるかもしれない。


 予想外なものを目撃した。

 僕が出た雑居ビルと隣のビルの隙間に、若い女性が挟まっていたからだ。

「あ〜。うーん」

 女性は唸りながら、尻を振っていた。顔は向こうで、こちら側からは臀部が見えていた。

「どうしたのですか?」

 僕は声をかけた。このままでは喫煙所にしているビルの裏側に行けないからだ。遠回りをすれば行けないことはないが、疲れているので最短ルートを歩きたい。

「す、すみません。ビルの隙間に挟まってしまって」

 女性は振り返ろうとしたが、物をもっているようで顔が半分だけこちらに向く。

「そこにいると通れないのですが……」

 僕が非難すると、女性はもぞもぞ動いたが、後退も前進もしていない。

 二十歳くらいの女性かと思ったが、よくよく見ると中高生くらいの女子だった。僕が若くして結婚していれば、これくらいの子供がいてもおかしくはない。生憎、僕は独身の38歳だ。

「その、私も通りたいのですけど、ビルの間に引っかかってしまって」

 女の子はぺこぺことお辞儀をしたが、顔はあちらに向いているので意味がない。

「どこが挟まっているのですか?」

「手と鉢がビルに挟まっています」

「鉢?」

 僕は訝しげに聞いた。

「観葉植物が入っている鉢です」

「なるほど」

「手はなんとか抜けることはできるのですが、そうすれば鉢は不安定になるし……」

 背中越しの会話だと、状況がよく飲み込めない。

「そのままの体勢で待っていてください。裏からそちらに行きます」

 僕は提案した。やれやれ、一服どころではなさそうだ。

「お願いします」


 ぐるりと裏側から回り、彼女の挟まっている場所に着いた。

 目鼻立ちのはっきりした少女だ。化粧っけはない。僕を見ると不思議そうな顔をしたが、

「ああ。声をかけてくださっていた人ですね」

 瞬時に声の主と理解したようだ。

 手元をみると、両手で大きい楕円形の鉢を抱えている。ちょうど左右のビルの凹凸に挟まっており、テトリスのようだ。どのような状況でこのような事態になったかは謎だ。

「どうしましょうか。疲れるだろうから、一旦、僕が持ちますか?」

 提案すると、彼女は「はい」と頷いた。

 慎重に鉢を触り、少女と交代して持つ。

「ありがとうございます。肩が楽になりました」

 鉢越しに少女は礼を述べた。彼女の顔は見覚えがある。どこか懐かしく、胸をチクチク刺激していた。

「とりあえず、これをどうするかだな」

 鉢の中には木のような観葉植物が入っていた。植物のサイズは鉢に合っておらず、もっと小さい鉢植えでも事足りそうだ。

「この植物小さいのに、鉢は大きいんだね」

「すみません。この植物はパキラといって、どんどん大きく育ちます。だから、先に大きい鉢にしてしまって……」

 少女は申し訳なさそうに言った。

「うーん」

 僕は鉢をくるくると動かしてみる。

「あれ」

 すると、すっぽりと鉢はビルの隙間から抜け出すことができた。

「やった!」

 少女が快哉を叫んだ。

「なんだか、知恵の輪みたいだな」

 僕は苦笑した。

「ありがとうございます」

 少女の満面の笑みに、僕は遠い記憶を呼び覚ます感覚があった。

(ああ。これはもしかして……)

 昔のメモリを起動させると共に、休憩していないことを思い出した。

「一服していい?」

 煙草を取り出し、少女に尋ねる。

「どうぞ」

「じゃ、遠慮なく」

 紫煙をくゆらせ、僕は呆然とそれを見ていた。少女はまだ傍にいる。

「あ、この匂い」

 彼女が反応した。

「お父さんと一緒の匂いだ」

 少女は微笑んだ。


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(例)煙草、植物、手品のキーワードを小説の中に入れてほしい。


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