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 ゴールデンウィークは毎朝毎夕ジョン子の散歩を行った。猫を五匹も連れていることから、すっかりご近所さんと顔なじみとなる。


 猫は明け方と薄暗くなる頃合いに活動的になる。そのため、洋輔は朝夕に公園の隅で食事とトイレをさせることにした。カラスに襲われた公園ではなく、クロたちが集会をするこぢんまりした方だ。猫砂と水入れ、缶詰を家から運んで来て、ごみは持ち帰って捨てている。


 案外、朝にジョギングやウォーキングをする人間は多く、洋輔のそんな行動は見られていて、安易な餌やりとは違うという共通認識ができあがっていた。

「猫ちゃんたちがトイレの順番待ちをして並んで待っているのよ。賢い子たちよねえ」


 ペットシートの上に広げた猫砂はその都度、洋輔がせっせと新しいものと取り換える。猫は綺麗好きだから、汚れたトイレは使いたくないのだ。

 なお、大型連休が終わっても、洋輔は大荷物を抱えて公園に行き、クロたちの朝晩の食事とトイレは続けられた。


 クロたちは草や花にいたずらをしかけながら、あるいは行き合う猫と情報交換しながら、楽しそうに調査を行う。ルートはジョン子の散歩コースを辿る。たしたしたし、あるいは、すとすとすと、そして、とっとっとっ、と。


 クロは好奇心旺盛でときにハラハラさせられる。たとえば、高いところに登って降りられなくなった。

「自分で降りられないのにどうして登るんだ」

 にゃあにゃあと助けを求めてこちらを見下ろして鳴くクロに呆然としたこともある。


 いつも遊んで遊んでとせがむクロにつられてタビーも甘えて来る。元気いっぱいの二匹とは違っておはぎはのんびりしている。散歩兼調査中に、折を見て抱き上げ、休憩させるようにしている。元々、つま先で歩く猫は長時間の歩行に適さない。


 撫でてほしがるタビーと異なり、ブラウンは抱き上げられるのを嫌う。それでも、ずいぶん慣れて触れさせてくれるようになった。シルバーはまだ完全に警戒を解いていないが、それなりに認めてくれているように思われる。

 クロやタビーが洋輔に甘えているとブラウンもそわそわするが、結局はシルバーの傍にいることが多い。


 もう少し仲良くなりたいなと洋輔が思っていたら、クロが声を上げる。

『猫をいじめている奴がいる!』

 まったりとした空気は一気に緊張を帯びる。猫たちがさっと身構えるのが分かる。


 先行するクロが飲食店の裏側にある狭い路地の前でこちらを振り向く。

『なんだって?』

『行きましょう!』

 ブラウンが目を見開き、シルバーが険しい表情をする。


『にゃあすけ、わたしを抱き上げてくれる?』

『にゃあすけ、僕も!』

 おはぎはそれまでの歩行で疲れたのだろう。タビーは少しばかり怖がっている風だ。洋輔は二匹とも抱き上げ、クロの方へ駆けだしたブラウンとシルバーの後を追う。ジョン子も緊急事態を察して足早になる。


 路地の奥には横倒しになったゴミ箱、散乱する食べ残し、それを食べていた猫、その猫を抑えつけている少年がいた。

 クロたち三匹は今にも飛び掛からんばかりで、背中を丸くたわめ、頭を低くする。


「待って」

 洋輔はクロたちに向けて言ったが、少年がはっと顔を上げる。小学生くらいの、身なりのきちんとした子供だ。

 ここでクロたちに向けて言葉を発しては、今まで培ったご近所さんの評判がガタ落ちになることは明白だ。洋輔は慎重に口を開いた。おかげで、ゆっくりと語り掛ける形になり、それが小学生をそれ以上怯えさせずに済んだ。


「君、猫が食べてはいけないものがあったから、止めてくれたんじゃないか?」

「え、う、うん」

 戸惑いつつも、小学生は頷いた。

『そうなのか?』


 小学生にとっては唐突に現れた男の人と何匹もの猫、そして大きな犬だ。恐怖を感じる前に、男の人を見上げて猫が「にゃあ」と鳴いた。それはまるで男の人に返事をしているようで驚く。


 よくよく見れば、最近犬の散歩をしている男の人だ。なぜ知っているのかといえば、山中さん家のジョン子を連れていると同時に猫が五匹もいっしょに散歩しているから、あちこちで噂されているのだ。


「まるで猫がおじさんの言葉を理解しているみたいだった」と小学生は後に友だちに語った。そこから洋輔を「猫仙人」と呼ぶようになるが、当の本人が知るのは大分先のことだ。


「そっか。ありがとうな。タマネギとかネギとか、人間がふつうに食べるものでも、猫には毒になるものは多いものな」

「うん」

『そうか、猫をいじめているんじゃなかったんだな』

 クロたちは臨戦態勢を解く。緊迫した雰囲気が緩んだのを、小学生も察する。


 洋輔は秘密兵器を取り出す。

『そ、それは!』

『「なう~ん」!』


 液状スティックタイプのウェットフード「なう~ん」。「猫がなう~んと鳴きながら近寄って来るほどの美味さ」が宣伝文句だ。


 不測の事態に備えて、クロたちと行動する時には必ずポケットに忍ばせるようにしている。この時も非常に役に立った。

 洋輔に声を掛けられたことで力が緩んだ小学生の手から出てきた猫を誘導し、廃棄食から遠ざけることに成功したのだ。

 スティックを開封すると、猫たちが引き寄せられるように集まって来る。


「お腹が空いていたのか? 缶詰もあるよ」

 目を細めて一心不乱にウェットフードを舐める猫に問いかける。ジョン子のお散歩セットのほかにもクロたちのご飯の予備を持っている。


「あれはお前が食べたら毒になるから、やめておこうな」

 言いながら、洋輔はちらりとクロを見やる。猫は目をじっと見られるのを嫌う。見つめ合うときは戦闘開始直前の儀式に等しい。しかし、今や洋輔はクロやおはぎとはアイコンタクトを取れるようになった。タビーとブラウンもほとんどできる。シルバーはふいと視線を逸らされる。


『あそこのは食べたらお腹が痛くなって動けなくなるんだって』

 クロは洋輔の意図を察して、猫に話しかける。

「にゃあ」

 洋輔にはなんと答えたのか分からなかったが、クロの言葉に反応したのだから、大丈夫だろう。


 さて、そんな洋輔と猫のやり取りを見ていた小学生は「やっぱり猫仙人だ」という気持ちを強くして、友人たちにしゃべった。

 洋輔が行き合う小学生たちから「猫仙人だ!」とか「猫仙人、おはようございまーす」と声を掛けられるまで、あともう少し。

 なお、ご近所さんも猫たちに朝夕のトイレと餌やりをしてゴミを持ち帰る姿を見ていたことから、「なるほど、猫仙人だから猫ちゃんたちは言うことを聞くのね」と納得した。


 それら近所の温かい空気感は、翌日に起こった出来事に落ち込む洋輔を大いになぐさめることとなった。



『あとがき? 今日はねー、お休みなの!』

『寝なくちゃならないからな』

「大体、いつも寝ているじゃないか」


※猫は十四時間ほど寝ているそうです。

 高齢猫や仔猫は二十時間寝るそうです。


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