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細長い両前脚を揃え、コンパクトにお座りをするシルバーの目には、強い意志が宿っている。
『シルバー?』
『どうしてだよ』
ブラウンは戸惑い、クロはむっと鼻にしわを寄せる。タビーは不穏な空気を読み取ってじりじりと後退する。おはぎはあらあら、と少しばかり困った様子だ。
『だって、にゃあすけはシゴトがあるんでしょう? 忙しくてわたしたちの手伝いなんてできないわ』
洋輔には自分を気遣っているというよりも、シルバーが嫌がっているというのではないかと思えた。
『手伝いじゃないよ。仲間だ』
『それなら一層無理よ。シゴトのほかにもカジをしなくちゃならないのよ』
『え、にゃあすけ、いつ寝るの?』
猫は一日十四時間ほど眠る。仔猫や高齢猫はもっと寝る。猫とは寝子なのだ。
『わたしたちの手伝いまでするなら、にゃあすけは倒れてしまうわ』
洋輔が倒れると聞いて、クロは鼻白む。
『にゃあすけ、そうなの? 大丈夫?』
クロが不安げに見上げて来る。毛の加減でか、ビー玉のような瞳の眦が下がって見える。
大丈夫かと聞かれたら大丈夫と答えてしまうのはなぜなのか。ともあれ、クロの心配そうな表情をなんとかしたい。
「大丈夫だよ」
ぱあっとビー玉が輝く。きらきらしていて、子供の宝石みたいだ。世間一般の価値なんてどうでもいい。自分だけの大切な宝物だ。洋輔はこのビー玉が曇るのを見ると嫌な気持ちになることに気づいた。
『がんばろうな、にゃあすけ!』
信頼のこもった楽し気な表情に応えたくなる。
「ああ、そうだな」
『にゃあすけがいたら、ご飯の心配がなくなる』
『毎日わたしたち五匹分のご飯を用意するとなると、にゃあすけのお金がなくなるんじゃないかしらねえ。ネンキンはセツヤクして使わなくちゃならないのよ』
『にゃあすけは頑丈そうな身体をしているから病気にはならないよな』
食いしん坊なのかタビーはご飯のことばかり言い、おはぎは妙なことを知っているようで、ブラウンは洋輔をまじまじと見る。
「こき使う気、満々だな」
言いつつも、洋輔は今のこの状況が気になって仕方がない。
いわゆる猫の集会に参加しているのだ。
猫たちが香箱座りしながら円陣を組み、ひそひそやっている。そこになぜかいっしょにしゃがみこむスーツのアラサー。しかも、今は夜中だ。
「俺、なにやっているんだろう」
こんなところ、誰かに見られたら通報案件ではないか。
『聞いているのか、にゃあすけ』
「と、とにかく、俺は明日も仕事があるから、これで」
言って、慌てて立ちあがる。
『連れて来てくれて、ありがとうね、にゃあすけ』
おはぎがにゃうん、と鳴いた。
向こうではシルバーがタビーとブラウンに仕事について話している。
『シゴトで忙しいから。にゃあじに獲物をもっていったけど、怒られたことがあるわ』
『えー、そうなの?』
『難しいね』
にゃあじってなんだ?と思った洋輔は、後に猫の生態について調べたところ、トカゲや昆虫などの狩りの獲物を見せるのは、仔猫に仕留め方や食べられる獲物を教える行動の一種だという。仔猫がいない場合、飼い主の元へ持ってくると言われている。
給餌の延長線上のものか?
それでにゃあじか。
猫の一番大切な仕事のやり方を教えてやっているのだ。
自分にはやってくれなさそうだ。シルバーの元飼い主も仕事をする社会人だったのだな、と思った。おはぎの元飼い主はおじいさんで、すでに仕事をしていなかったようだ。
ほかの猫たちの飼い主はどうだったのだろう。
公園を出てそっと左右を見渡し、人目がないことを確認して安堵する。そのまま歩き出した洋輔の足元で鳴き声がした。
『にゃあすけ!』
驚いた。本当に足音をたてないのだ。
夜の闇に半ば溶け込むのはクロである。ビー玉みたいな目が洋輔を見上げている。
『缶詰、ありがとう。あのとき、お腹が空いてどうにもならないくらいだったんだ』
「そうか。役に立ったなら良かったよ」
後から餌付けしてはいけなかったと考えた。けれど、こうやって意思疎通をしてしまえば、腹の足しになって良かったとしか思えない。
『あのさ、』
単に礼を述べるだけではなく、まだなにか言いたいことがある様子なので、洋輔はその場にしゃがみこんだ。
人が来ませんように、と願いながら。
『俺たち調査員は飼い主にとてもとても愛されていたんだ』
「そうか」
飼い猫だったんだな、と洋輔は単にそう思った。
『そして、みんな、その飼い主を失った』
クロは「愛されていた」と過去形で語った。猫の言葉が分かるなんてファンタジーなことが果たしてどこまで意思を正確に伝えているのか分からないが、この場合は非常に精確だった。
『おはぎが言っていた。俺がにゃあすけにもらった缶詰、飼い主がよくくれたんだって』
道端に転がっている缶詰の空き缶を見つけて、これをくれたのだと言ったら、おはぎがそう話したのだという。
『俺、おはぎの飼い主を見たことがある。ちょっとにゃあすけに似ていた』
クロは言うだけ言ってするりと身を翻して行ってしまう。
愛された記憶があるから、ほかの猫のためにより引き取り先の良い環境を調べているのか。調査員たちは自由に動くために、飼い猫ではないといけないのだろうか。
分からないことだらけだ。
ただ、犬のような表現とは違うものの、猫もまた深い愛情を抱くのだと知る。
そうして洋輔は、猫秘密結社の調査員になることにした。
~みんなで応援しよう1~
「ほら、みんな、応援要請するぞ」
『オウエン?』
『ヨーセー!』
「よろしくお願いします、ってするんだ。ブックマークと評価といいねと———」
『ぶっくまーくってなあに?』
「ほら、この画面の上の「ブックマークに追加」をクリックする———あれ?
ああ、一番下に「ブックマーク機能を使うにはログインしてください」ってある」
『ろぐいん?』
こうして、柏木にゃあすけとクロたちは自分たちの物語りを応援してもらうに当たり、その手順を学ぶことになるのだった。