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「なぁん」

 とろりととろけるような声に足元を見れば、一瞬黒猫かと思ったが、白い毛も混じったバイカラーの猫がいた。駅から出た帰宅途中のことである。


「なんだ、あの黒猫かと思ったけど、違うな」

「なん!」

「うん? もしかして、お前、あの黒猫のことを知っているのか?」

 洋輔の言葉に呼応するように鳴いた猫に驚いてしゃがみこむ。


「なぅん」

「ああ、お前も猫缶が欲しいのか?」

 先日、由加里と四谷と話したこれが猫のネットワークか、と驚く。餌をくれる人間の情報を共有しているのか。


「なぁぉ」

 ところが、猫は一転して不機嫌そうな声を出す。

 そして、ひょいと洋輔の膝の上に飛び乗って来た。

「わわっ」

 慌てて両手で支える。


「柔らかい、細い、温かい」

「なぅん」

 良いでしょ?とばかりに猫が鳴く。

 鳴き声だけでなく、身体もとろけるようにしなやかだ。後で由加里から「猫の身体は液体説がある」と聞いて、妙に納得したものだ。

 両前脚の下を掴んで持ち上げると、びにょーんと身体が伸びる。いつまで経っても、後ろ足は地面に着いたままである。

「どこまで伸びるの」

 洋輔は思わず噴き出す。


「うにゃん」

 いいだけ身体を伸ばした黒白バイカラーの猫はひょいと洋輔の腕の中に身体を納めた。

「あー、こりゃあ、スーツは毛まみれだな」

 言いながら立ち上がる。


 ぺしぺしと洋輔の腕や腹を猫の尾が叩く。

「こっち?」

「にゃあ」

 猫はまるで洋輔に連れて行けと言わんばかりに、尾で腕や腹を叩いて誘導する。

「にゃっ!」

 間違った方に曲がれば鋭く鳴き声が飛ぶ。ついでに尾で叩かれる。


 そしてとうとう、マンションから少し離れた、来たことがない小さな公園にたどり着いた。駅もスーパーも病院も近くにはないことから、近寄ったことがないエリアにあった。


「うん?」

 ひそひそと囁き合う声がする。

 球体の滑り台の中はトンネルのように潜ることができるようで、どうもその中に誰かいる様子だ。夜半にこそこそ隠れるようにして話す者たちとは関わり合いにならない一択である。

 洋輔がその場を離れようとすると、猫の尾がぺしぺしと叩く。

 まるで、そちらへ行けと言っているようである。


「にゃあぉ」

『おはぎか? 遅かったな』

「え?」

 ひょいとトンネルから顔を出したのは黒い猫だった。黒白バイカラーの猫を抱いた洋輔としっかり目が合う。

『は?! え? な、なんで、』

「猫が喋っている」

 夢でも見ているのだろうか。洋輔の現実逃避は成功しなかった。腕の中からも声がしたからだ。


『だって、疲れちゃって。クロがいい人間だって言っていたから、運んでもらおうと思ったのよ』

 にゃごにゃごという鳴き声にしっかり意味合いが分かる言葉が乗っている。まるで二重音声のようだ。


『え、人間?』

『あっちゃあ、聞かれちゃったか』

 黒猫の後ろから茶トラ、キジトラ、サバトラのシマシマ三匹も現れる。


『人間だ! 早く逃げよう!』

『ちょっと、おはぎ、早くこっちへ!』

 キジトラとサバトラが警戒心露わにするも、黒白バイカラー猫が洋輔の腕の中にいるものだからか、逃げない。


『あー、まあ、いいんじゃない? もう知られちゃったんだし』

 のんびり言うのは茶トラだ。


 最終的に、黒猫が缶詰をくれ、蓋を開けてもくれ、怪我をしないようにとまで気遣った人間だからと擁護し、集会に参加を許された。

「いや、別に俺は参加しなくても」


『わたしはおはぎね。もうすっかりおばあちゃんですぐに疲れちゃって。クロが言っていた人間ってあなたのことでしょう? ちょうど良いから運んでもらったの』

 洋輔の言葉は黒白バイカラー猫ののんびりした声に遮られた。続いて茶トラが元気よく自己紹介する。

『僕、タビー(縞模様)だよ』

『俺はクロ。こっちのキジトラがブラウンで、サバトラがシルバーだ』

 洋輔が以前猫缶をやったという黒猫は、警戒を解かないキジトラとサバトラの紹介もしてくれる。正直、この黒猫があのときの猫かどうか、洋輔には判別がつかない。

 サバトラに至っては両耳が水平に倒されている。目つきから、警戒されているのが丸分かりだ。


「ええと、その、柏木洋輔です」

『かしぎぎ?』

『にゃあすけ?』

「違う。「ようすけ」」

『よろしくな、にゃあすけ!』

「うん? ようすけ、って言いにくい?」

『だから、にゃあすけって言っているだろう?』


 洋輔は諦めるほかなかった。どうも、猫たちにとっては「ようすけ」は「にゃあすけ」と発音されるようなのだ。それとも、どういう原理か分からないが、洋輔にはそう聞こえてしまうというのだろうか。

 おじさんが「にゃあすけ」。

 こんなこと、誰に言えようか。言ったとたん、引かれること間違いなしである。なのに、猫が呼ぶ分には違和感がないのだから、すごいものだ。


『人間、よく覚えておいて。猫の三カ条よ』

 もはや仕方がない、とばかりにシルバーが口を開き、ブラウンが続く。


『その一、大きな音をたてない。その二、構い過ぎない。その三、見すぎない』

 その一、その二は猫好きの営業先担当者から聞いたことがあるが、見すぎても駄目なのか。

『食事やトイレをしているのをじろじろ見られたら嫌』

「それはそうだな」

 洋輔が頷くと、ブラウンもこっくりと首肯する。少しばかり分かり合えた気がした。


 猫たちは調査員なのだと言う。

『猫のマッチングだよ』

『その猫に合った環境を見つけ出すの』

『発見したら猫を派遣するんだ』

 なんだかどこかで聞いた話だな、と洋輔は考えたものの、はっきりとは思い出せない。


「猫の貰い手探しか。なら、マッチングは重要だな」

 猫たちが「お」とか「ん?」とかいう顔をする。犬派の洋輔からしてみれば、猫は無表情だと思っていたが、こうしてコミュニケーションを図ってみると、案外顔つきから雰囲気が伝わって来る。


「人事部にいたから、適材適所に配属する重要性を知っている」

『ジブジブ?』

『テキザ?』

「ええとな、俺も人間が能力を発揮できたり、成長することができる場所へ送り込むマッチングをしていたんだよ。だから、クロたちがしていることの大切さがわかる」

 猫たちは顔を見あわせてにっこりしたり、にゃふふふんとばかりに鼻息を漏らして得意げになる。


「希望しない場所で本人も思いも寄らない力を発揮することもあるからなあ。要は上手くかみ合うかどうかだ」

 洋輔がそう言うと、猫たちはふむふむと頷く。

 それは自分にも刺さる言葉だった。営業は大変で四苦八苦しているが、かみ合わせがしっくりくるまで、頑張ればいい。


「人間が譲歩できる部分ってたくさんあると思うんだよな。猫の「こうしてほしい」という要望が届いたらな」

 そうすれば、もっと多様にマッチングすることだろう。しかし、洋輔のようにクロたちの言葉を聞ける者は稀なのだという。

『それに、にゃあすけも全ての猫の声が聞こえるんじゃないと思う』

 ブラウンが考え考え言う。

 鳴き声を上げるのは飼い猫だけで、野良猫のような自然界で生活する猫は幼少期を除いてほとんど鳴かない。外敵に見つかりやすくなるからだ。それがなにか関係しているのだろうか。


 クロが良いことを考えたとばかりにビー玉みたいな目を輝かせる。

『にゃあすけも俺たちといっしょにやろうよ』

 期待を籠めた瞳で誘ってくるのに戸惑う。

『人間目線というのも大事ねえ』

『クロにくれたように缶詰ちょうだい』

『俺たちにできないこともできるようになるな』

 おはぎがのんびりと言い、タビーは勧誘ではなく要望を述べ、ブラウンが良い考えだと頷く。それに待ったをかけたのはシルバーだ。

『わたしは反対よ』





~ごあいさつ~


『俺はクロ』

『わたしはおはぎよ』

『僕、タビー!』

『……』

『俺がブラウンで、こっちがシルバー』

「俺は———」

『にゃあすけ!』


 そんな感じで「猫秘密結社の調査員になって、幸せを派遣しています」が始まりました。宜しくお願いします。




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