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 クロの元飼い主がどこからか話を聞いて病院に見舞いに来てくれた。その際、マイクロチップの登録の変更を申し出てくれた。洋輔は早々に登録内容を変更する手続きを指定登録機関に届け出している。これで、クロの問い合わせは洋輔に届く。


 クロだけでなく、シルバーたち全員にチップをつけてほしいと話している。

 病院が好きな猫はあまりいない。でも、すでにクロはマイクロチップをつけているのだから、ほかの猫たちも嫌だとは言えなかった。

 マイクロチップでは迷子の犬や猫を探し出せないから、居場所を知るためにはGPS付きの首輪をする必要がある。


 久保谷陽司はシルバーのことを白状したのだという。自分が元飼い主で、捨てたのだと。

「男性は出産の苦しみ、痛みを知らないから、生まれてきた生命をないがしろにしやすいというのは正しくはないと思います」

 なぜなら、自分が生んだ子を捨てる母親もいるのだから。そんな言い訳は通用しない。その人間の本質なのだ。


 クロの元飼い主は今後、ひとりでは生きられない生命を育てることの重さを教えて行くと言った。

「あの人はすでに父親なのだから」

「お元気で。ご自身とお子さんの体調を優先して下さい」

 別れ際、洋輔がそう言うと、クロの飼い主は笑顔で頷いた。


 入院した坂口家の老婦人に入れ替わり、坂口家に住みだした洋輔は、猫たちを多頭飼いし始めた。その上、時折、初見の猫が短期間滞在することもある。けれど、周辺の家々に猫の糞害もほとんどない。庭を荒されることもない。だから、近所では、身を挺して猫を助けたくらいの人間だから、きっと困った猫に一宿一飯を与えてやっているのであろうと好意的に受け止められている。

「なにしろ、猫仙人だもの」

 ゴールデンウイークから少しずつ積み上げてきたことから、近所との付き合いはおおむね良好だ。


 カドヤ株式会社の日下部部長は休日にもかかわらずプライベートな頼みを聞いて即座に動き、仔猫を見つけ出してくれたことに深謝し、なにかと便宜を図ってくれるようになった。

 株式会社丸徳の山本は「柏木ジンクス」「柏木マジック」と言いつつ、その称号を確固たるものにするために協力してくれている節すらあった。

 株式会社ホクトの西園寺課長は「時間は消費するばかりじゃなく、作るものですものね」といって配偶者と猫と共に過ごす時間を持ち、時折洋輔に画像を見せてくれる。ブレているが、ふたりと一匹の写真からは楽しさが伝わって来る。


 洋輔は三者から折に触れて紹介され、営業と共に調査員としての情報収集を続けている。

「ああ、これが噂の柏木ジンクスね」

 などと言ってにやにやしていた者たちから、後々に「本物だった」と感謝されることもある。


 そうした信頼によって、さらなる情報を流してくれる。洋輔はそれらを猫ネットワークに伝える。調査員たちは迅速に出動する。情報をくれた者たちが楽しそうに洋輔にフィードバックする。そしてまた、洋輔に新たな紹介する。そうしてネットワークが広がっていく。こうして、柏木ジンクスは方々で信じられて行く。

 同時に、洋輔の営業成績も向上し、人脈も広がった。




 坂口家の老婦人はすぐに入居してくれる方が良いと言うから、家の中やマシロの既往歴について説明を受けがてら、不要物整理を手伝った。

「これは使うなら、処分しないでおくわ」

 コタツである。

 六匹の猫と人間が入るのを想像してみる。みっちみちである。スイッチをいれなくても良いかもしれない。


「水入れもトイレも、いっぱい用意しなくちゃな」

 なにしろ、猫は水入れにひげが当たるのが嫌がって水を飲まなくなるほどデリケートな生き物である。まだ、洋輔はクロたちと明確な意思疎通ができるだけましだ。要望を事細かく聞き出すことができるのだから。


『カリカリもいいけれど、僕、「なう~ん」がほしいなあ』

「うん。用意するよ。でもな、カリカリは栄養バランスに優れているんだ。タビーたちは外で暮らしていただろう? まずは出来る限り健康状態を整えていかなくちゃな」


 洋輔は考えていることがあった。

 クロたちは嫌がるだろうが、こればかりは受け入れてもらわなければならないものだ。

 それはワクチン接種である。

 注射だ。


 人間だってたくさんの者が嫌がる。猫にとっては針を突き刺されるのだ。痛いこと、得体の知れないこと、怖いことを受け入れろと言っても、はいそうですかとはいかない。

 どう説得するか頭を悩ませた。

 ところが、妙な方向から助けられた。


 マシロがワクチン接種のほか、サプリメントを飲んで長生きするために頑張ると言ったので、クロたちもワクチン接種をしぶしぶ受けいれたのだ。


 不要物整理を手伝う際、坂口家に訪れた洋輔はマシロに話した。

「マシロ、あのさ、関節のための猫用サプリメントなんかも出ているんだって。それを飲もう。ワクチン接種もして、病気にかかりにくくなろう。そうして、長生きしようよ。それでさ、坂口さんを見送ってあげようよ」

 そう洋輔は言った。


 おはぎは前の飼い主に何度も自分が長生きして看取ってやると言われていたという。

『先に死んじゃったの。でもね、見送れて良かったと思うのよ。だって、残されたほうは寂しいじゃない?』

 風邪をこじらせて逝ってしまった飼い主のふとんの上で「そのとき」をじっと待っていた。四肢を胴体の下に入れて、慣れ親しんだ飼い主のにおいが変化するのを覚悟していた。決してひとりでは逝かせない。最期まで自分がいっしょにいるのだと思っていた。


『そのくらいしかわたしにはできなかったからねえ』

「そっか。でもさ、おじいさんは嬉しかったと思うよ」

『それがね、ずっとわたしの心配をしていたの。だからね、もう少しあとになったら、こうやってにゃあすけに出会って、たくさんの猫といっしょに暮らせるようにしてくれるのよって、教えてあげたかったわ』

 そうしたらきっと安心したでしょうにねえ、とおはぎは笑った。洋輔にはそれがおじいさんを独りにさせなかったおはぎなりの自負のように思えた。

 なんてやさしくて、なんて誇り高い生き物だろう。


 洋輔はおはぎとした会話をマシロに伝える。その上で、マシロも実はそうしたいのではないかと尋ねた。

「マシロもおはぎのように思うのだったら、俺も協力するよ。できることはなんでもやろう」

 洋輔は猫を飼ったこともなく、なにも知らないままで調査員の一員となった。なのに、不思議とマシロの願いを知っていた。


 マシロは飼い主を失った後、その妻である坂口妙子と寄り添って暮らした。飼い主が最期に託した願いを叶えようと頑張っていた。

「マシロ、タエさんのことを頼むよ。あの人はなあ、家族みーんなを見送ってきたんだ。家族はみんな先に逝っちまったんだ。俺たちには子供ができなかった。だから俺くらいはタエさんを看取ろうと思っていた。そうだってのに、不甲斐ないなあ」

「にゃあ」

「そうか。マシロが俺の代わりにやってくれるか。ありがとうなあ」

 マシロは元飼い主の最期の願いを叶えたい。


 洋輔は単におはぎが望んだように、マシロも坂口家の老婦人の最期を看取りたいのではないかと思ったのだろう。

「坂口さんのおばあさんはマシロを残していくのが不安で入院を先延ばしにしていたって言っていた。でも、マシロがたくさんの猫たちといっしょに暮らしていたら、安心して自分のことに専念できると思うんだよ」


 マシロは病院が嫌いだ。でも、洋輔がそんな風に言うものだから、致し方がないと思った。

 そのくらい、洋輔の提案は魅力的だった。飼い主に託された望みを叶えるために、マシロが力を尽くすことの手助けをしてくれるという。

「そのとき」が訪れるまで手厚い看護を受け、なんの心配もなく過ごせることができるのであるのなら、マシロも嬉しい。


 それで、マシロはサプリメントも飲んでいるし、ワクチン接種、健康診断も受けた。

 長生きで人間社会に明るいマシロも、未病というものを知らなかった。動物病院は病気になったら行くところだと思っていたので、遠ざかっているのが良いのだと考えていたのだ。


「あの坂口マシロ君? 注射のときは機敏に動いて逃げ回るマシロ君? 本当に?」

 獣医師が驚いていた。ちなみに、マシロのかかりつけの動物病院はクロが治療を受けた病院で、後から騒がせたことをお詫びに行ったことからも、洋輔は多くの職員と顔見知りだった。

 さらには、洋輔がマシロだけでなく、ほかに五匹もの猫を連れてワクチン接種や健康診断を受けたことから、ほぼ全職員に認識されることとなった。


「あんなにおとなしく注射や診断を受ける猫なんて珍しいわ」

「柏木さんってあれよね、猫仙人って呼ばれている人」

「なるほど、猫仙人なのか」

 後に、洋輔はクロたちの掛かり付けとなった動物病院の院長から熱心にスカウトされることとなるが、また別の話である。


 こうして、柏木洋輔たち猫秘密結社の一支部は本拠地を得た。

 派遣する猫の一時預かり場所ともなり、さまざまなエリアの調査員たちから頼りにされた。マシロもおはぎといっしょに洋輔に抱きかかえられながら、時折、調査兼散歩に出るようになって、活発さを取り戻しつつある。


「ほかの家で糞をしたり植えてある植物にいたずらしちゃ、だめだぞ」

『はーい』

 庭で元気にいたずら三昧するのを、縁側で由香里といっしょに眺めていると、しみじみと幸せを実感する。

 そうして、洋輔は猫秘密結社の下っ端調査員になって、幸せを派遣している。自分もまた、幸せをもらったのだ。





~みんなでお礼を言おう~


「最後だから、みんなでお礼を言おうな」

『ありがとー』

「フライング。みんなでいっしょにな。せーの」

「にゃあ」「みゃあ」「なうん」『ありがと』『ありがとう!』

「ちょ! なんでこんなときに鳴き声バラバラなの! 人間言葉も混じっているの!」

『みんな、最後までお付き合い、ありがとう!』

『これからものんびり調査員を続けていくわ』

『いっぱい猫たちを助けてね、いっぱいにゃあすけと遊んでもらうんだ』

『みんないっしょだよ』

『これからはきっと、にゃあすけといっしょに安心して暮らせると思う』

「え、あ、あれ? 乗り遅れた」

『にゃあすけ、これからもいっしょに調査員、がんばろうな!』

「うん、よろしくな」



※こんなにご苦労を重ねてブックマークや評価、感想、いいねをいただいていたんですね。

 本当にありがとうございます。

 ちなみに、正確には「~みんなで応援をお願いしよう~」

あるいは「~みんなで応援の仕方を学ぼう~」なのですが、

応援して下さる方が猫たちといっしょに作業する楽しさを味わっていただけたらと思い、

「~みんなで応援しよう~」とさせていただきました。





※参考資料

猫のための家庭の医学  野澤延行  山と渓谷社

家ねこ大全285  藤井康一  KADOKAWA

マーケティングの技法  音部大輔  株式会社宣伝会議


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