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目が覚めたら、病室で横になっていた。
そして、なんだかよく分からないうちに、由加里が顔を見せ、泣かれて困った。好きだと言われた。付き合うことになった。やはり、ここはパラレルワールドか異世界なのか。
次にやって来た警察に、飲酒運転をしていた車にひかれた被害者なのだと知らされた。
洋輔はクロとシルバーのことが気になって仕方がなかった。警察に聞いても、現場には猫はいなかったという。死体もなかったと。それで一応は安心する。
退院してマンションに戻った洋輔がまずしたのは、クロたちを探すことだった。
朝方降った雨が止み、強い日差しが照り付ける。濡れたアスファルトや道端に点々とできた水たまりが目を開いているのが難しいほどギラギラと陽光を反射する。
乱反射して鏡の国のようだ。あるいは、万華鏡の中に迷い込んだのかと錯覚させる。
それはまるで異世界のようだった。
焦る気持ちに身体がついていかない。水の中でもがくように歩いていると、「にゃあ」と聞こえた。
「クロ! シルバーやみんなも!」
ジョン子の家の前で猫調査員たちが勢ぞろいしていた。
「良かった、無事だったんだな」
洋輔が片膝をつくと、クロがぴょんと飛びついてくるので抱き留める。
『無事じゃないのはにゃあすけじゃない』
シルバーがきゅっとへの字口に力を入れる。
『ごめんなさい』
「シルバーが悪いんじゃないよ」
そっと手を出し出せば、頬ずりしてくる。
クロも嬉しそうに洋輔にしがみつく。
その様子をじっと見ていたタビーがやっぱり自分ではなくクロといっしょに暮らすように言う。みんなもそうすると良いと頷き合う。
クロはなんとも言えない顔つきになった。そうしたいけれど、でも、ほかの者たちのことも気がかりだ、という風情だ。
洋輔はあれ、と首を傾げる。
「うん? クロだけじゃなくタビーもおはぎも、それにブラウンもシルバーもいっしょに暮らそうと思っていたけれど」
クロたちとどうも行き違いがあったようである。
『え?!』
「だって、人に飼われていないこと、って調査で頻繁に出かけていくからだろう? だったら、俺も調査員だ。朝、出勤時にいっしょに出て、帰宅時にいっしょに家に入れば良いだろう?」
『そっか。そうだな!』
猫調査員たちは互いの顔を見合わせた。洋輔は五匹全員と暮らす気でいたのだ。それには相応に広い間取りが必要になる。それで、なかなか見合う物件を見つけられないでいた。
みんな喜んでわっとばかりに洋輔に飛びついた。その様子を、垣根の隙間からジョン子がやさしい瞳で眺めていた。
さて、問題は五匹も暮らすなら相当広いペット可の賃貸物件でなければならないということだ。
「多頭飼いの最大の難関、猫たちの相性はクリアできているんだけれど、狭い家だと猫たちにストレスがかかるからなあ。できれば五十平米は欲しい。でも、そうなると家賃が高くなるんだよな。それか、築年数が四十年を越えて来るか。お、ここは———駅から遠いか。中心地はどうしたって割高なんだよな。端っこだったら、なんとか、」
引っ越しが梅雨にまで長引いたのは五匹もの猫がストレスを感じることなく過ごせる広さが必要だったからだ。猫貧乏待ったなしである。
幸せの青い鳥はジョン子の傍にいた。正確にはジョン子の山中家の奥の家だ。
洋輔が頭を悩ませているころ、クロたちは以前よりなにかあれば意見をもらいに行く白猫から頼みごとをされた。マシロという名のその猫もまた、前調査員だ。伝説の凄腕と称され、猫たちの中で敬意を抱かれているものだから、捨て置くことができなかった。
人間の調査員の噂を聞いたマシロが、山中家へたまに自分に餌をくれるように言ってくれるよう伝えてほしいという。
マシロの住まいはジョン子のいる山中家の隣に建っているのだ。洋輔が通勤で使う道の向こう側の道に面している。
話を聞いてみると、マシロの住む坂口家の老婦人は高齢で具合が悪くて入院しなければならないのに、飼い猫のことが心配で後延ばしにしているのだという。
『じゃあ、にゃあすけが餌をくれたらいいんじゃないかしらねえ』
『人間にはしがらみがあって、関係のない者が入り込んだらフシンシャ扱いじゃよ。飼い主に餌をやりますよ、と言ってもなんであなたが、という風になるのじゃ』
おはぎの言葉にマシロがていねいに説明する。クロたちはなるほどと頷いた。
そこで、クロたちはマシロの指示通り、洋輔に話した。
洋輔はどう話を持って行くかで頭をひねり、ひとまず山中家で情報収集することにした。
「猫たちが裏の家にもお邪魔しているようなんですが、ご挨拶をしておいた方がいいですか」
そんな切り口で水を向けたら、山中家の老婦人は付き合いがあった様子で、そう言えば、裏のお宅はと事情を話し始めた。
「坂口さんはね、病院に入院した後、ホームに入る予定らしいのよ。でもね、おじいちゃん猫のことが心配で」
子供もおらず、配偶者を十年ほど前に亡くして身寄りがなく、頼る相手がいない。猫も老齢で引き取り手がないと悩んでいるという。
「だから、うちが引き取ろうかともお父さんと話していたのよ」
そんな話から、坂口家の老婦人に引き合わされ、猫を引き取ってくれるのなら格安で家一軒丸ごと貸すという話になった。
「むしろ、うちの子といっしょに住んでくれるなら謝礼を払わせてもらいますよ。あともう少しだから、住み慣れた家で静かに安らかに過ごさせたいのよ」
おじいちゃん猫なので貰い手はないだろうという。引き取ってもすぐにお別れが来るのは悲しすぎる。
謝礼の方は断ったものの、賃貸の方は有り難く受けた。
「猫は環境が変わるとストレスに感じると言いますからね。ただ、うちの猫たちもいっしょに暮らすことになるのですが」
洋輔の心配は杞憂だった。
見れば、縁側に六匹の猫が寛いでいる。
「もうずっと前からいっしょにいるみたいに馴染んでいるわねえ」
「そうね。前からよく顔を見せてくれていたもの」
これならば安心だと引き合わせてくれた山中家の老婦人も笑顔になる。
クロたちから話を聞いていたマシロは幸い、洋輔にもすぐに馴染んだ。
「にゃあ」
「よろしくな」
マシロはその名の通り真っ白な毛並みで、まん丸でふくふくした笑顔猫だ。
「あら、うちの子、気難しいのに、自分から初対面の人に近づくなんて珍しいわ」
「柏木青年は猫ちゃんたちにいつも囲まれているし、うちのジョン子とも仲良しなのよ」
そんな山中家の老婦人の後押しもあってか、とんとん拍子に話が進んだ。
洋輔はマシロの持病や好き嫌いなどをしっかり聞いておく。
「うちも隣の家に柏木青年が住んでくれたら安心だわ。ジョン子も喜ぶし」
目を覚まして遊びだした猫にじゃれつかれ、猫まみれになる洋輔を、山中家の老婦人が和やかな表情で眺める。坂口家の老婦人はお茶のお代わりを淹れに立った。
「遊ぶのは後でな。ほら、話の間はおとなしくしていて」
「にゃあん」
「坂口さんが入るホーム、猫を連れて行ってもいいか確認していっしょにお見舞いに行こうな」
「にゃあ」
後から山中家の老婦人からそう聞いた坂口家の老婦人は、入院とその後にホームに入所する手続きを取り始めた。できれば、自分やマシロがいなくなっても、猫たちとここに住んでほしいものだと思いながら。
~みんなで応援しよう12~
「やった……!」
やり遂げたのだ。苦節12話にして、ようやく。
『やったの?』
『できたの?』
「そうだよ! ばんざーい」
両手を高く掲げるにゃあすけを真似る猫たち。後ろ足立ちしてにょいーんと身体が伸びる。
『ばんにゃーい』
『ばんにゃー……い?』
にょいーんと伸びすぎて身体が傾き、にゃあすけの足に激突する。にゃあすけは四方八方から猫たちに足にしがみつかれる格好となり、身動きが取れなくなるのだった。