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 洋輔はなんとか猫秘密結社の下っ端調査員としてそれなりの働きをしていた。

 猫の集会や休日の調査の際、タビーが元気がないのに気づいた。しょげているかと思えば機嫌が悪い。

 いつからだろうかと思い返せば、たぶん、遠藤に無事に条件の多い猫を派遣したお祝いの後だ。


 それとは別にブラウンからクロが飼い主と別れたいきさつを聞いたことと相まって、洋輔はおはぎにいっしょに暮らそうという話をするのをすっかり忘れていた。


 クロの飼い主は黒猫をとても可愛がったという。どうも、結婚したようで、夫とともにいっしょに暮したらしい。夫も猫を飼ったことがあるとかで、問題なく過ごせたとブラウンは言う。


「だったら、どうして、その、」

 離別することになったのか。

『なんだか、突然、知らない人間に連れ出されて放り出されたんだって』

「え?!」

 どういうことなのか。誘拐? まさか、猫を? では泥棒が家に入り込み、ひとりで留守番をするクロを連れ出したのだろうか。いや、わざわざそんなことをする必要はない。


 そこら辺の事情はよく分からないが、ともかく、飼い主もクロもどちらも嫌ったり憎んだりして別れたのではないということだ。

 まだ、クロは飼い主のことを家族だとみなしているから、洋輔に自分とではなく、おはぎと暮らすことを言ったのだろうか。


 クロのこともタビーのことも気にはなるものの、今日は営業部と業務部合同の飲み会だ。タビーに話を聞くのは後日にするしかない。

 飲み会は有志参加であったが、結構な人数が集まった。

 こういう場において、洋輔はもっぱら気の合う者ひとりふたりとのんびりしゃべる程度だ。

 ところが、どうしたことか、遠藤が目の前に座り、なにかと話しかけて来る。


 洋輔はあまり社内の人のプライベートに踏み込まないようにしていた。田所の上司ではないが、昨今ではなにがハラスメントに該当するか、分からないからだ。ハラスメントまではいかないまでも、なにが相手の癇に障るか判別しにくい。そのため、特に女性には積極的に話しかけずにいた。


 だが、遠藤は向こうから会話してくるのでそれに受け答えすれば良い。ついでに猫について質問することもできる。洋輔は知らないうちに、遠藤に自身から水を向けているということに気づいていなかった。それに気づかないくらいだから、もちろん田所の微妙に硬くなった雰囲気を察するはずもない。

 ぴくりとする田所や、にやりとする四谷に気づかず、洋輔はちょうど良いとばかりに猫について尋ね、あれこれ聞き出した。


 遠藤は実に楽しそうに愛猫のことを話す。その様子に、幸せそうだなと感じる。猫調査員たちは猫たちだけでなく、人間にも幸せを届けるのだな、と心温まる。

 その話題から洋輔がまったく無害であることを読み取った女性陣が話しかけて来る。

 女性は女性を呼ぶ。いつもは静かに飲んでいるのに、華やかかつにぎやかな輪の中にいた。

 そして、愚痴が後から後から出てくる。


「女性社員は男性社員や上司たちが気分良くなるためにいるんじゃないわ」

「本当にね。なにが「女は男の至らない部分を優しく包み込んでやるものだ」よ。自分は偉そうな物言いしかできないってのに」

「そうそう。わたしたちは彼らの理想を実現させる便利アイテムじゃないわ。わたしたちのワークライフバランスを整えるために働いているのよ」

「ごもっともです」

 それ以外言えようか。


「お茶くみやコピーは昭和で廃止って言うんならさ、自分の内線番号にかかってきた電話くらい、取ればいいのに。わたしは専属秘書でも電話交換手でもないわよ」

「え? ほかの人が内線を取り次ぐんですか?」

 各自ひとつずつデスクが与えられ、電話が設置されており、内線番号が与えられている。いわば、自分の電話にかかってきた社内連絡だ。それを取り次ぐというという行為が理解できず、洋輔は動きを止めた。

「そうよ。お前は大企業の社長かってのよ」

 アルコールが回って来たのか、幾分、口が悪くなっている。日頃のうっ憤も手伝ってのことだろう。

 ほかの女性がなだめるように同意する。

「まあねえ。大企業の社長だったら秘書のデスク自体、別の部屋にあるでしょうからねえ。隣の席の女性社員に取り次がせるって意味が解らないわ」


 ほかにも、出るわ出るわ。

「こっちは挨拶するのにさ、無視する同僚がいるの。だからこっちもしなくなったのよ。そうしたら、上司から「挨拶をしろ」って言われたわ」

 もちろん、挨拶しても無視されるのだときちんと訴えたという。ところが、それでも上司は頷かなかったらしい。

「それで、無視されても挨拶をしろというのですかって聞いたら、そうだって」

 洋輔は絶句する。そんな主張をする人間もいるのだ。上役でそんな人がいるというのは、ひと昔もふた昔も前のことだと思っていた。自分は無視するが挨拶をしてこいと主張する平社員もとんでもないが、それをそのまま伝える上司も信じられない存在だ。


 きちんとしている紳士的な男性は多い。なのに、一部、自分を大きく見せるために相手を便利に使おうという者こそが、男性の評価向上を邪魔するのだ。


「そういう人間は自分が気弱になったとたん、いたわって優しくして、っていうのよ」

「そう。自分はしないのに、相手には当然のように要求して、通らなかったらものすごい被害を受けたような顔をするのよ」


「こうされたくない」という話は結局のところ、相手に敬意をもって接しているかどうかということに帰結するのかもしれない。それは猫も犬も同じように思える。やさしくすれば愛情を返してくれる。邪険に扱えば、懐かない。


 不満は溜めこむと精神衛生上よろしくない。こういう場でみんなで言い合い、「えーっ」と言ってもらうと案外すっきりするのだ。洋輔も思わず「えーっ」と声を上げた事柄もある。


 話の内容はともかく、傍から見れば非常に華やかな一角につられて営業部の上司が輪に加わる。

「あれ、柏木君、猫派なの?」

「いえ、犬も好きです」

「でたー! 柏木節!」

 四谷ではない営業部の先輩が笑い声を上げ、洋輔は面食らう。

「なんですか、それ?」

「取引先の偉い人が言っていたの。いやあ、柏木、覚えめでたいよ。同じ会社だって分かったらすぐに向こうから名前を出して来たよ。お前、よくやっているよ」

 すみません、ボランティア(?)を兼ねているんです。熱意の元はボランティア(?)のせいです。そっちも下っ端なんです。そこそこ酔いが回った洋輔はそんなことを考えていた。

 だから、女性に囲まれる様子に、田所がやきもきしているのに、洋輔はまったく気づかなかった。


 いまだかつてないほど華やかな輪の中で飲み会を楽しんだ洋輔は、一次会で帰ることにした。

 二次会へ向かう者たちと別れ、ぞろぞろと集団で駅まで向かう最中、隣を歩いていた田所と話した。

「みんな、ああ言っていたけれど、最近、男性は女性に対して紳士的になっていると思うんですよね」

 田所は逆に、女性が同性に対して遠慮がなくなっているように思うと言う。


 歩いていると、狭い通路でかち合った自転車が通路内をふさぐ形で止まって通れなくなったとか、自転車で追い越して前をふさぐようにして停められたとか、停まっていた自転車を方向転換して道をふさがれたとか。

「ふさがれてばかりですね」

「そうなんです。しかも自転車にばかりね」

 言って、どちらからともなく噴き出した。


「でも、やっぱり、男性にはできないという鬱憤が同じ女性に向かって行っているような気がして、なんだか、申し訳ないですね」

「柏木さんのそういうところ、わたし、いいと思います」

 え、と声を上げる間もなく、いつの間にか駅についていたらしく、「それじゃあ、わたし、あっちの線なので、失礼します!」と言って行ってしまった。

 洋輔は、男性の悪いところばかりじゃなく良いところにも目を向けられる公正なのが由加里の良いところだと思う。


 後日、営業部の先輩に、褒められたりちやほやされているのに調子に乗ることがなく謙虚だと褒められた。

 心当たりはなかったものの、「飲み会の場は(猫の)情報収集の絶好の機会ですから」と言っておいた。

「お、良く分かってんじゃん」と言っていたから、大丈夫だろう。




※人物紹介

・柏木洋輔:総務人事部から営業部へ異動し、慣れない営業活動をする傍ら、猫たちの不思議な活動に参加することに。三十二歳なのに、猫たちからは「にゃあすけ」と呼ばれる。

・田所由加里:経理部。二十八歳。犬も猫も好き。実家暮らしで猫を飼っている。

・四谷樹:営業部で五年勤務。三十三歳。洋輔の教育係。爽やかなイケメン。

・遠藤さくら:経理部の新人。二十三歳。猫大好き。



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