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翌週月曜日、田所とその上司が懸念したのとは打って変わった晴れやかな様子で遠藤は出社して来た。
金曜日の悄然とした姿とは別人のようにてきぱきと仕事をしている。上司の方が気を揉んで休憩して来るようにと言い渡すほどだ。
気になった田所がそそくさと遠藤の後を追って休憩室に入る。その際、営業部に顔を出して洋輔を捕まえて連行する徹底ぶりである。
洋輔は珍しく気を回して田所と遠藤に飲み物を渡して話を聞く。
「それがですね、猫を拾ったんです。あの子とそっくりの!」
「「え?!」」
由加里はそんな偶然あるのか、という「え」であり、洋輔はずいぶん速いな、という「え」であった。
実は、金曜に遠藤に見せられた画像とそっくりの猫を洋輔は見ていた。それが、ゴールデンウィークの最終日に猫秘密結社のネットワークで連絡が回って来た、貰い手を探している猫だった。クロたちの後について猫を見に行っておいて良かったと思いつつ、洋輔はクロたちに遠藤と猫のことを話しておいた。
仕事帰りでもう日が暮れているというのに、クロたちは迅速に動いた。
早急に貰い手を探していた猫は「注文の多い猫」だった。
まず、男性が苦手だ。声が大きい男性は近寄るのもだめだ。
猫の習性に詳しい者、できれば飼ったことがある女性が好ましいという。さらに子供は却下。そして、多頭飼いも不可だ。
「条件が多いな」
『だから、難しい案件なんだ』
だが、ひとり暮らしの女性で猫を飼ったことがある人で、飼える環境にある者、というのがまず難しい。母親と、あるいは姉妹で住んでいる女性でも良いのだが、父親がいたり、夫がいたり、兄弟がいっしょに住んでいたらアウトなのである。
ところが、遠藤はそれらの条件をすべてクリアしていたのだ。しかも、似た模様の猫を喪ったばかりだ。それが吉と出るか凶と出るか。
クロたちから情報を得た猫調査員は次のエリアの調査員へ伝える。そうして順にバトンタッチしていき、とうとう遠藤の住むエリアの調査員が綿密に調べ上げ、彼女ならば、ということで件の猫が派遣されることとなったのだ。
迅速に動いた結果報告はまだクロたちにもたらされていなかったため、当然、洋輔もどうなったか知らなかった。
「今住んでいるマンションはペット可なの?」
田所の問いに、同じことで頭を悩ませている洋輔もそこが気になった。
「違うんです。だから、土日で探して見つけた新しいマンションに今月末に引っ越しする予定なんです」
それまで猫は実家に預かってもらっているのだという。
「あ、あのさ、お父さんってその、小柄? ほら、猫って知らない人、特に大きな人を怖がるって聞くから」
「そう! そうなんですよ。うちの父を怖がって。だから、世話は母がしてくれています。父はあまり猫と顔を合さないようにしているんですよ」
それを聞いて洋輔は胸をなでおろす。
ペット可の住まい。猫調査員たちも常にその障壁が立ちはだかるのだと言っている。
「実は、引っ越し資金が足りなくて、両親に頭を下げました」
遠藤はひとり暮らしを始めたばかりで、また引っ越すのには貯金が足りないのも当然だ。それでも、そうすることに踏み切った。
遠藤の母親も愛猫を喪った悲しみから一転、世話に明け暮れているのだという。
「父はちょっと寂しそうですけれどね」
と、遠藤は肩をすくめて苦笑する。
もう猫は飼わない。そう思っていたのに、そっくりな柄の猫がやって来た。
「帰って来た!って初めはそう思ったんです。でも、全然性格が違ったんですよね」
手が掛かる子で、と話す遠藤の表情はとても明るい。
「良かったなあ」
これならば大丈夫だろうと洋輔は安堵した。
田所もまた、別の意味で胸をなでおろしていた。ふたりは顔を見あわせてふふっ、と笑い合う。
「あー、なんで同じタイミングで笑っているんですか? 怪しーい」
「田所さんはずいぶん遠藤さんのことを心配していたんだよ。経理部の上司はハラスメントに恐れおののいて田所さんに丸投げしていたんだから」
田所はこんなことは話すまいと思って、洋輔はちくりと言っておいた。
「す、すみません!」
素直に頭を下げていたので、悪い人間ではないのだろう。ともあれ、心配しつつもぐだぐだしている自分と違って電光石火で猫のために動いた遠藤には感心する。
「猫を養っていかなくちゃならないし、バリバリ仕事を頑張ります!」
晴れやかな笑顔で言う遠藤がまぶしいくらいだ。
目を細める洋輔を、田所がなんとも言えない表情で見ていた。
そんなことは露知らず、洋輔はいそいそとクロたちに報告する。
さっそく猫が派遣され、新飼い主は意欲的に動いていると聞いたクロたちは喜んだ。
洋輔も初めて猫のマッチングにひと役買うことができて、達成感を味わう。
お祝いに、みんなの好きなフードを買い込んだ。事前にリサーチ済みだ。
『刺身だ!』
「身体に障るといけないから、ちょっとだけな」
目を輝かせるタビーに、洋輔は取り分けた紙皿を置いてやる。
『チーズ、チーズ!』
『鶏肉もあるわ』
ブラウンとシルバーが顔を見あわせてにっこりする。
『あれ、クロ、肉、好きだっただろう?』
チーズを咥えたブラウンが缶詰を食べるクロを怪訝そうに見やる。
『うん、でも、この缶詰も好き』
『あら、じゃあ、わたしと同じねえ』
おはぎがおっとりと笑う。
美味しいものでお腹がふくれた猫たちはなぜか、洋輔に頭をこすりつけてきた。
クロ、おはぎ、タビーがぐいぐいと。やがて、ブラウンもおずおずと。そうしながら、シルバーをちらりと見る。そっぽを向いていたシルバーは結局、一番後から最も強く押してきた。
「な、なんだよ? 一体どうしたんだ?」
クロたちから頭を押し付けられた洋輔は訳が分からなくて目を白黒させる。
しかし、猫たちは自由気ままで勝手なものだ。
存分に洋輔に頭を押し付け、お祝いを楽しんだ猫たちは満足して解散となった。
「なんだったんだろうなあ」
嫌われているというわけではないだろう。たぶん。
そんな風に思いつつ、今日は月曜日だ。まだ週は始まったばかりなのだから、次の日に備えるべく、洋輔も帰宅することにした。
『にゃあすけ!』
最初に猫の集会に参加したときと同じく、洋輔は呼び止められた。
「クロ、どうかしたのか?」
『にゃあすけ、俺といっしょに暮らそうって言ったでしょう? あのさ、おはぎと暮らしてよ』
おばあちゃん猫はもう先はあまりないから、人間はそういう猫は飼いたがらないと聞いたのだという。
「それはおはぎに聞いてみないとな。今度聞いておくよ」
つい先だって、遠藤が言っていた最期を看取るという言葉が思い起こされ、洋輔はそう答えた。
『……分かった』
真っすぐに見上げて来るビー玉のような瞳がなんだか不服げというか、寂しそうな気がして声を掛けようとしたら、タビーがひょこりと現れた。
『なんの話?』
とたんに、クロははっと目を見開き、身をひるがえして行ってしまった。まだ、話の途中だったのに。
しなやかな身体はすぐに夜の闇にまぎれて見えなくなった。
~みんなで応援しよう7~
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『猫缶食べたい!』
『あらあら、わたしもそうねえ』
『僕、刺身―』
『チーズ、チーズ!』
『鶏肉ちょうだい』
「要望じゃなくってさあ」
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柏木にゃあすけがそれに気づいて絶望に陥るまであと五秒。