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「にゃあ」

 あの缶詰を持っていかれたコンビニの前でクロがお座りしていた。

「クロ、今日も集会か? 迎えに来てくれたのか?」

「にゃ!」

 二重音声が聞こえずとも、そうだよ、と言っているのが分かる。


 クロを外で待たせてコンビニで缶詰を買うと、連れ立っていつもの公園へ行く。ジョン子の散歩コースにある公園とは違うこぢんまりした場所だ。洋輔は途中で別れてまずマンションに寄り、トイレと水入れを取りに行くつもりだ。


「なあ、クロ」

『なあに、にゃあすけ』

 クロが無邪気に答える。その声や表情、仕草にはなんの疑惑も警戒もない。それに励まされ、洋輔はずっと心に温めていた提案をする。

「あのさ、いっしょに住まないか? クロさえその気なら、ペット可のマンションを探すよ。ほら、この先、梅雨っていって、雨が降る日が多くなる季節になるからさ」

 洋輔の出勤に合せて朝いっしょに家を出て、夜に今みたいに待ち合わせて帰れば良いと話す。そうしたら、トイレも食事も、公園へ持ち運んですることはない。


「そうしたら、調査も続けられるだろう?」

 そうしたら、少なくとも飢えることはないし、温かくて安全な寝床を提供することができる。カラスに襲われることも、実験だといって毒を食べさせられそうになることもないのだ。




 洋輔にうちの子にならないかと問われ、クロはとっさに答えられなかった。

 クロの飼い主は女性で、仔猫の時分、とても可愛がってくれた。成猫となっても変わらず世話をしてくれた。やがて、飼い主はケッコンというのをして、引っ越しをした先につがいがいた。

 タビーではないが、引っ越しをしたら、慣れない環境に戸惑う。そして、初めて会う人間もいたのだ。クロは大いに戸惑った。けれど、飼い主の番は以前に猫を飼っていたそうで、クロの扱い方も心得ていた。

 飼い主ほど行き届いてはおらず、不愉快なこともあったが、そこはそれ、空気が読める黒猫である。飼い主の番とそれなりに仲良く過ごすことができた。


 けれど、飼い主のお腹が大きくなってしばらく経った際、飼い主も番もいない家に、唐突に知らない人間が入って来てクロの首根っこを掴んで連れ出された。

 クロはしゃにむに抵抗した。ひっかき、噛みついてやった。それに怒って怒鳴られ、クロは怯えた。猫は大きな音を嫌うし、怒声を怖がる。


 そのとき、クロは調査員ではなかったから、あまり人間の言葉を理解していなかった。飼い主や番が言う言葉はなんとなく分かったが、その人間ががなりたてるのは騒音でしかなかった。なにかの乗り物に乗せられ、そのひっきりなしに起きる振動と低い音に、その場に爪を立てて毛を逆立てるほかなかった。


 そうしてクロは右も左も分からない場所に連れて来られ、放り出された。

 一所懸命、飼い主の匂いを探してにゃあにゃあと鳴き回った。けれど、駄目だった。懐かしい匂いを見出すことはできなかった。

 外に出たことがないクロにとって、生きて行くのはとても大変なことで、飼い主を捜すことをいつしか行わなくなっていた。餌を探すことと危険を回避するので精いっぱいだったのだ。

 その後、いろいろあって白猫に助けられ勧められて、調査員となった。


 ほかの猫たちもクロと同じくとても飼い主に愛され、そして、その人間と別れることとなった。たぶんもう会うことはない。

 そんなクロたち猫の調査員は人間に愛された記憶があるからこそ、同じようなぬくもりを必要とする猫たちをぴったりマッチングする派遣の必要性を感じていた。その猫が安心して暮らせる環境であるかどうか、飼い主と相性が良いかどうかを調べ、機をうかがうのだ。

 優れた調査員はこれ以上ないタイミングをしっかり掴んで迅速に猫を送り出す。


 クロにあれこれ教えてくれる白猫は、あまりの見事さに人間の方でも猫秘密結社の存在がまことしやかにささやかれていると話した。そう言う白猫こそ、昔優れた調査員だったのだと、後になってシルバーから聞いた。


 おはぎもおばあちゃん猫だけれど、白猫もおじいちゃん猫だ。今は飼い主の番の人間のおばあさんといっしょに暮らしていて、縁側で丸くなっていることが多い。

 クロたちはたまに訪ねて行って、意見を聞いたりアドバイスをもらったりしている。白猫の飼い主の番のおばあさんは良い人間で、飼い猫の友だちがやって来たと言っては雨の日や風が強い日に縁の下に避難するのを容認してくれている。


 そして、ある日、洋輔に出会った。

 追いかけてきたから缶詰を取り返されるかと思った。でも、違った。できないだろうと言って缶の蓋を開けてくれた。人間は触りたがるのにそうせず、そっと立ち去った。大きな音をたてず、急激な動きをしないことは、とても安心することができた。

 クロができないことを代わりにしてくれようとした。嫌がることをしない人間だ。


 だから、おはぎが連れてきたとき、自分たちが話す声を洋輔が聞いてしまったのをとても喜んだ。洋輔がいっしょに調査員になったのもすごく嬉しかった。

 そして、いっしょに暮らそうと言ってくれて、胸がいっぱいになった。

 でも。






~みんなで応援しよう6~


 マウスと格闘する。飛び跳ね、跳躍し、飛び掛かる。

「ちょ、危ないって。マウスが壊れる!」

『だって、ネズミなんだもん!』

「「「「にゃー!」」」」


<ヘンなところを押してエラーとなり、ひとつ戻ります。今回は後退します>


「作業を進めるどころか戻っちゃったよ……」




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