夢で遊べば
会社の同僚が『俺は明晰夢を見れるんだ』と自慢げに話していたので、まさかなぁと思いつつもおだて、コツを教わった。
と、言っても頭の中で簡単な呪文を唱えるというものだ。
つまり、からかわれたのだろう。クソが……と悪態をつきつつもやってしまうのが男の性というものか。
俺は疲れている。この現実に。癒しが欲しいのだ。癒し……癒し……
「欲しいの? なんだってあげるよ?」
「ふぉ、ふぉふぉう!」
思わず変な声が出てしまったが彼女は気にする様子もない。優しい微笑み。
それもそうだろう、ここは俺の夢の中なのだ。そして、目の前にいる女は俺が長年好いてやまない芸能タレントの女。つまり、俺はこれから彼女と……。
「ふふっ、そんなに固まってどうしたのー? ねえ、もっとこっちにきて、ほら……」
彼女に肩を触られ、バキバキだった俺の体がふにゃふにゃになって、またバキバキになって、それもまたふにゃふにゃになり、そしてまたバキバキになって……。
と、繰り返すうちに目覚め。いつ以来だろうか、ここまで晴れ晴れとした気分の朝は……。
大学に合格した翌朝か、女を知った朝か、あるいは世に生まれたばかりの時か。何にせよ、同僚には礼を言っておかないとな。
……いや、偶然ということもある。まだいいだろう。とんだ単純能天気野郎と思われるのも癪だ。それにやることもある。資料集めだ……。
そして夜。俺は頭の中でまたあの呪文を唱えながら眠りについた。すると……。
「やっほー」
「ハァイ!」
「あはは」
「こんにちは!」
「どうもー」
「えへへ」
「素敵……」
「こっち来てぇ」
「おいでよー!」
美女、美女、美女。端から端までオール美女のオールスター。
ポリコレなんざクソ食らえ。俺が監督。これでいいんだ。これこそが夢。非現実。フィクション。空想架空。ここにリアルなんていらないんだ。美しいものだけでいい。世に数多あるラブコメ漫画のように冴えない主人公を無条件で好きになってくれる一途で都合がいい女たちに囲まれたまさに夢の世界で良いんだ……。
遊び、遊び、遊び。三日三晩、いや、さすがに昼間は働かざるを得なかったが、まあ、実際は仕事をサボり昼寝もしたから、あながち間違いではない。
とにかく起きている間は寝ることに没頭し、夢の中では美女と寝ることに没頭。
煩悩まみれ。百八人の美女を集め裸にし、俺の鐘をつかせた。
腹上死してしまうんじゃないかと心配になったほど。その場合はひとり、自宅ベッドの上でだろうが。
何もかも思いのまま。ご馳走も金も。いや、金は意味がない。
「――けいしてだって」
まあ、景気づけのようなものだ。放り投げればヒラヒラと桜のように舞い、なんとも風情があるじゃないか。酒池肉林に舞う花よ。
花びらびらびらはははははは、となんだ? え、今なんて言った?
「だからぁ、一度、お会計して欲しいんですって」
「え、会計?」
「そう、これまでの料金をね」
「それって……」
「そう、清算が終わったらまた遊びましょ。他の人の夢の中にも呼ばれてるから、じゃあね、ばいばーい」
「あ、ま、待って、あ、え、だ、誰……」
女たちに向けて伸ばした俺の手を掴んだのは、どこからともなく現れた黒服の男たち。
瞬間、目を覚ましたのは身の危険を感じたからか。
一安心……だが、逃げきれなかった。
次の晩。眠りについた俺がいた場所は鉱山のような場所。
つるはしを渡され、怒鳴られ、玉を蹴り上げられた。
岩を掘る間も、まさかまさかまさかと疑念と怒りを滾らせ、そして朝。
心なしか痛む体を逆手に取り、闘牛のように己を奮い立たせ、俺を巻き込みやがったあいつを問い詰めてやろうと鼻息荒く、出社したのだがオフィス内はどこか暗い雰囲気。
聞けば、同僚のあいつは何日か前に死んだそうだ。
過労のようだと。それも自宅のベッドの上で。
だが、あいつはまだ働かされていると俺は思う。