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二人の距離


 ロサリアの街に来るのは久しぶりだ。

 訪れるタイミングといえば、買い出し当番のときに月に一度来るか来ないか。

 なので正直、わたしには他人をエスコートできるほどの土地勘はない。


 しかし今回の同行者は、他所の街から来た小さなお姫様だ。

 頼りになるお姉さんらしいところを見せなきゃならない。

 なので事前にこっそり、ちゃんとしたお店をシスターから聞いてきた。


 準備は万端。

 天気も良好で絶好のお出かけ日和だ。

 何も心配などない。



 ──そのはずだったのだけれど……。



「えーと……、服屋服屋……、服屋は……」


 うん……。


 ……ここ、どこだ?


 わたしは手元の地図とにらめっこしながら、大通りを見回す。


 ちょうどお昼前ということもあり、メインストリートは人で溢れていた。

 さすがに大きな街なので、その分、人と店もやたらと多いのだ。


 くらくらと目眩を覚えるほどの雑多感。

 頼れるものといえば、このシスターお手製の手書き地図くらいなのだが……、正直雑すぎてよくわからないのである。

 ペンを片手に自信満々で差し出してくるものだから、よく確認せずに受け取ってしまったのは失敗だった。


「まずいわね、これは……」


 隣のミシュに聞こえないように、ぼそりと呟く。

 先程から右手の中に感じる、彼女の小さな手のひらの温もり。

 それは彼女がわたしを信頼してくれている証だ。


 頼られているからには裏切りたくはない。

 ましてや、ここは彼女にとっては見知らぬ土地。

 わたしがしっかりしなくては、ミシュだって落ち着いて外出を楽しめないだろう。



 冷や汗をかきながらも、必死に地図をひっくり返したりしていると──。


 ふと、くいくいと腕を引かれた。

 どきりとして隣の彼女を見ると、ミシュが「マルシェラお姉ちゃん……」と少し申し訳なさそうにこちらを見ていた。


 何か頼み事だろうか。

 それとも早く店に向かおうと急かされる……?

 

 何にせよ、頼りないところを見せるわけにはいかない。

 わたしは慌てて彼女に問いかける。


「ど、どうしたの、ミシュ?──ああ、べ、べつにわたし、道に迷ってるわけじゃないからね?!」


 思わず余計なことを口走ってしまった。


 はぁ、とため息をつきつつ黒髪少女を見下ろす。

 彼女は小さく首を傾げたあと、わたしを見上げて言った。


「えっと……、ごめんなさい。わたし、さっき通った道でハンカチを落としちゃったみたいで……。戻って取ってきてもいいですか?」

「ええ?そうなの?落とした場所はわかる?」


 わたしの質問に彼女は目を逸らし、「たぶん……、だいたい……」と曖昧な返事を返してきた。

 まあ、大まかでも場所がわかっているなら話は早い。


「じゃあ一緒に取りに戻ろう。一人は危ないから」

「ありがとうございます」


 そう言って、ミシュはわたしの手を引き──、足取りも軽く、ぐいぐいとわたしを引っ張っていく。

 その迷いのない歩みに少々違和感を感じなくもない。



 ミシュは先ほど曲がってきた通りの路地に差し掛かると、落ちていたハンカチをしゃがんで拾いあげた。


「ありました、ハンカチ」


 彼女はわたしを見つめて笑顔を見せる。


 あまりにあっさりとしたものだった。

 落とし物というのは、普通はもっと探し回るものだと思うのだが──。

 まあすんなり見つかったのなら、それはそれで良かったのかもしれないけれど。


「良かったね、見つかって──」


 そう言いかけたとき。

 ふと、向かい側の通りの看板が目に入った。


「あっ───」


 思わず声を漏らす。


 その看板に書かれている店名は、地図に示された目的地と同じ。

 少しお高そうな見慣れない店構えなので、うっかり見逃していたようだ。

 もっとわかりやすいように、軒先にでも服のマネキンとか並べといて欲しいものである。


 それにしても、偶然だなぁ。


 ミシュが落とし物をした。

 その事実がなければ、きっと今頃まだその辺をうろついていたことだろう。



 ──そこまで考えて、ふと気づく。



「………。ミシュ。ちょうどよかった。あそこの服屋さんで買い物しよっか」

「はい!」


 元気よく返事をするミシュ。

 わたしは彼女の手を握り返し、できる限りの笑みを返す。



 おそらくだが──。


 彼女はこの道を一度通ったときに、店の存在に気づいていたのだろう。

 自分がハンカチを落としたことにして、さりげなくわたしにそれを教えようとしたのだ。

 わたしの小さなプライドを折らないように。


 なんて思いやりのある良い子なんだろう。

 それに比べてわたしは自分の見栄ばかりで……。


 とほほ、とちょっと情けなくなりながら肩を落とす。


 そんなわたしの煮え切らない表情に気付いたのか、ミシュが不安そうに首を傾げる。


「お姉ちゃん?」

「あ、ああいや、なんでもない。入ろっか」

「はい……」



 少しのためらいの後、にこりと頷くミシュ。

 とりあえず、今日は彼女が主役の時間なのだ。

 たくさん喜んでもらえるように、わたしも精一杯頑張るとしよう。




************************




 その服屋の店内は、想像通りの高級感溢れる作りになっていた。

 本来はお金持ちや身分の高い人が訪れる店なのだろう。

 普段は自分のような人間には、遠巻きに眺めるだけのような場所である。


 わたしは豪華な店内の待合室のような場所で、ちょこんと一人椅子に腰をかけていた。


 わたしも元はといえば貴族の家柄。

 しかし生まれた頃には家はすっかり没落したあとだったので、こういう店とは全く縁がないのだ。

 なので、先程から少々落ちつかない気分である。




「──シスター・グレイスのご紹介ですね。以前にお話は伺っておりました」


 そう言って、店員さんは物腰丁寧にミシュの手を取ると、「少々お待ちください」といって彼女を店の奥へと連れて行った。



 そんなこんなで、一人置いて行かれたわたし。

 かれこれ15分ほど、こうしてぼんやりと店内の照明を眺めているのである。


 ふぅ、と一つため息を漏らす。


「それにしても、シスターって意外と顔が広いのねぇ……」


 さきほどの店員の対応。

 旧知のお得意様、といった感じだった。


 そういえば、孤児院の子供たちは一人一着、生地の良い他所行き用の服を持っている。

 なるほど、あれはここで仕入れたものだったのか。

 どういう繋がりかはわからないが、彼女はわたしが思っている以上に凄い人なのかもしれない。


 思い返せば、わたしも以前に一着、わたしには似つかわしくないくらいの上等な服をもらったのだった。

 普段はもったいなくてあまり使えないので、今ではすっかりタンスの肥やしとなっているのだが──。


 ……そうだ。


 あれをプレゼントしてくれたのは、たしか──。




 わたしが過去の記憶に思いを馳せた、そのときだった。


「大変お待たせいたしました。素材が大変素晴らしかったので、釣り合うお洋服を探すのに目移りしてしまいました」


 先程の店員さんの満足そうな声。

 待合室へと入ってきた彼女は、こちらににこりと笑顔を浮かべた。


 どうやら、ミシュの服を選んでくれていたらしい。

 彼女の手には、他にも候補として選ばれたであろう質の良さそうな洋服がぶら下がっている。

 


 そして、そんな店員の背後から──。


 一人の黒髪の美少女が、おずおずと姿を現した。

 わたしは見知ったはずの彼女の姿に、思わず声を漏らす。

 


「………ミシュ…?」



 ぽかんとして彼女を見つめていると、ミシュは恥ずかしそうに顔を逸らす。


「に、似合ってないですよね……。わたしなんかに、こんな上等なお洋服……」


 もじもじと体を縮める彼女。

 そして、すぐに申し訳なさそうにぎゅっと目をつむる。


「釣り合わないって何度も言ったんですが……。や、やっぱり着替えてきます!わたしには今の服があればそれで──」


「かっ……」


「………か?」


 わたしにとって、まさに脊髄反射と言えるものだった。

 追い縋るように変な声を漏らしてしまったわたしを見て、ミシュは戸惑いつつも首を傾げる。


 数秒、静寂の時間が流れる。



 わたしは全力で拳を握りしめると──、喉から歓喜の声を搾り上げ、ミシュへと走り寄った。


「──可愛いすぎる!店員さん……、グッジョブだわっ!」

「お褒めに預かり光栄です」


 満足そうにドヤ顔で一礼する店員さん。

 ほんとにナイスな仕事である。

 あとでお小遣いからなけなしのチップを弾んであげよう。



 わたしはあらためて、目の前で戸惑っている黒髪少女に目を向けた。


 シンプルながら鮮やかな赤色で統一されたワンピースと薄桃色の上着。

 いつもの煤けた色をした装いから一転、まるで良家のお嬢様のような雰囲気を醸し出している。

 彼女の黒髪ともばっちりの相性だ。


 思わずぎゅっとミシュを抱きしめる。

 すると、彼女はびっくりしたように身を跳ねさせたが、やがてそのまま体を預けてくれた。



 しばらくの間、そうして恥ずかしそうに身をよじっている彼女であったが──。


 やがて小さく頷くと、「良かった……」と小声で、わたしの腕の中で呟いた。


 その言葉に、今度はわたしが首を傾げる。


「どうしたの?そんなにお洋服が気に入った?」

「いえ、それもありますけど……」


 彼女は控えめに笑う。

 そして顔を上げ、わたしの目を見て言った。



「──やっと、マルシェラお姉ちゃんが笑顔になってくれたから」


 彼女のその言葉に、はっとした。

 わたしは思わず自分の顔を手のひらでなぞる。


 笑顔の作り方──。

 そんなもの、わたしには一生理解することはできないと思っていたのだけれど。


「……そうだね。……ありがとう、ミシュ」

「なんでお姉ちゃんがお礼を言うんですか?今からわたしが言おうと思ってたのに──」

「いいの。ちゃんと伝わってるから」


 彼女の小さな体を、もう一度優しく抱きしめる。


 昼過ぎの店内に差し込む光が、柔らかくわたしたちを包み込んでいるようだった。




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