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新しい家族


「マルシェラちゃん、セロリはぬいてっていつもいってるのにぃ……」

「シスター、エルフでしょ。野菜大好きなんじゃないの」


 とある昼過ぎ。

 わたしはシスターの文句に、そっけない返事を返していた。


 子どもたちとシスターと食卓を囲み、いつものようにみんなで昼食を取る。

 今日の献立は、パンと豆のスープと野菜炒めだ。


 さすがに七人分ともなると食費もばかにならない。

 一応お金の半分は国庫から出ているらしいし、生活に余裕がないわけではない。

 だが、それは贅沢をしていいということにはならないのだ。

 好き嫌いは御法度である。


 シスターは、むぅ、と子どもみたいに頬を膨らませた。

 

「エルフだからって野菜が全部大好きなんてのは偏見よぉ……。お肉好きな人だってレバーは苦手な人とかいるじゃない?」

「そうだね。まあどうでもいいけど。いいから残さず全部食べてよね。他の子たちの手前、好き嫌いなんて許さないんだから」

「むぅ〜………」


 フグみたいに膨らんだ彼女の顔をちらりと横目で流し、わたしは黙々と自分の食事に手をつける。


 わたしの本名は、マルシェラ・ヒルデガルドという。


 孤児のくせに大層な名前だと思われることも多いが、実際わたしの家は元々貴族の家系だった。


 領地は大陸の南の端。

 魔族との戦争の最前線だったうちの領土は、敵の侵攻により荒れ果てた荒野と化してしまった。

 戦争が終わった後も没落を続け、今では残ったものは名前だけ。

 金も権力も失った、かつて貴族だっただけの残り滓。

 片田舎でひっそり終焉を待つだけの、もはや終わった一族である。


「ちゃんと栄養考えてるんだから。わたしはニナ姉ほど甘くないからね」

「うぅ……、マルシェラちゃんだって、ここに来たばかりのときは何でも言うこと聞いてくれたのに……」

「いつの話をしてるのよ、まったく」


 シスターの愚痴を聞きながら、わたしはパンをもぐもぐと咀嚼する。


 ここに流れ着いた理由は、じつに酷いものだった。


 貧乏でプライドばかり高かったわたしの父親。

 母は、早々にわたしと父を置いて家を出て行った。

 最終的に、父親は食う金にも困り──、あろうことか、娘のわたしを奴隷商に売却しようとしたのだ。


 それを拒否したわたしは家を飛び出し、行く当てもなく一人になり──。

 いろいろあって、今ではこうしてこの孤児院に厄介になっているというわけだ。


 シスターや他の子供たちはわたしの家族。

 ここはわたしの大事なもう一つの故郷だ。


「はぁ……」


 わたしは小さくため息をつく。


 そして現在──。

 その家族の長であるシスター、ナタリー・グレイスは、ちまちまと皿からセロリを選り分けている。

 子どもたちの目の前で堂々と好き嫌いする様は、見ていて本当にみっともないからやめて欲しい。

 もっと大黒柱として、手本になるような言動を心がけて欲しいものである。


 わたしはぐるりと食卓を見回す。

 そしてシスターを凝視している子どもたちに視線を向けた。


「いい?みんなはこんな大人になっちゃダメだからね」


 わたしの言葉に、食卓を囲んでいる子どもたちが、「はーい!」と元気に返事する。

 うん、やっぱりみんな賢くて素直な良い子たちだ。


 さて、この中で一番聞き分けのない大人はどうするか。


 ちらりとシスターを見つめると、彼女は唇を尖らせる。

 そして、「わかったわよぅ……」と、渋々とセロリを口に運ぶのだった。




*************************

 



「──ああ、そういえば、うちの孤児院に新しく家族が増えるのよ」


「え?」


 食後の果物に手をつけた頃。

 シスターは思い出したようにそう告げた。

 いきなりのことに、わたしは思わず目を丸くして聞き返す。


 家族──。

 つまり、この孤児院に新しくメンバーが加わるということか。

 シスターはもぐもぐとリンゴを頬張りながら言葉を続ける。


「北の方の街の孤児院にいた子らしいんだけどね。ちょっと向こうの方になじめなかったらしくて。うちで引き取ることになったの」

「へえ。いつ来るの?」


 シスターの喉が、ごくんとリンゴのかけらを飲み込んだ。

 彼女は満足そうに微笑んだあと、「えーと……」と顎に人差し指を当てる。



「──たぶん、今日」


「今日っ!?」



 ばたん、と椅子から跳ね起きる。

 他の子たちの視線が驚いたようにわたしに集まるが、気にしている場合ではない。


「どうするのよ!何も準備とかしてないんだけど!」


 部屋とか着替えとか、諸々の用意をしておいてあげないと。

 来た当日から何の準備もされていないなんて。

 そんなのあまりに可哀想だ。


 だが、焦るわたしと対照的に、シスターはずずっとお茶を飲んで息をつく。


「まあ、大丈夫でしょ」

「大丈夫じゃないでしょ!せめて今日寝る部屋の準備くらいは──」


 わたしの言葉に、シスターは少し首を傾げる。

 


「大丈夫だって。ニナちゃんのお部屋ならそのまま使えるし」



 シスターは何でもないことのように、そう言った。

 わたしもその返答を聞き、机から身を乗り出した体を引っ込める。


「──ああ、そっか。ニナ姉の部屋か……」


 たしかに、彼女の部屋ならまだ生活感はそのままだ。

 部屋の主が去った後も、わたしが毎日軽く掃除をしていた。

 異なる住人が来たとしても、そのまま部屋として使うことができるだろう。


 けれど。


 ……なぜだろう。

 なんだか、少し寂しい気持ちになった。


 たぶん、それはつまり──。

 元の部屋の主は、もう二度とその部屋には戻ってこないということに他ならない。

 そもそも、わたしはなぜ彼女の部屋の掃除を続けていたのだろう。

 心のどこかで──、いつかニナ姉が帰ってくることを期待でもしていたのだろうか。

 だとしたら、わたしは本当に愚かだ。


 彼女はもう、この孤児院の一員ではなくなったのだから。



「そうだね。ニナ姉の部屋を使えばいいか。ごめん、シスター。わたし無駄に焦っちゃって」

「べつに謝らなくても……」


 しゅんと肩を落とすわたしに、シスターは驚いたように言葉を返す。


 ニナ姉の新たな門出は祝福されるべきだ。

 だから、わたしのこの未練たらたらな心も、彼女の旅立ちの日にすっぱり切って捨てるべきだったのだ。

 それが自分のためでもあり、ニナ姉のためでもある。


 わたしはこの孤児院の年長者ではあるが、やはりまだ子どもなのだろう。

 だからもう少しだけ──、もう少しだけ、わたしは大人にならなければいけないのだ。



「マルシェラちゃん?……どうかしたの?」

「……なんでもない。その子が来るまでに、わたしいろいろ準備しておくから」


 胸の内のもやもやを振り払うように、わたしは無理に笑顔を作る。


 そうだ。

 負の感情を表に出すような顔をしていてはいけない。

 わたしがこの孤児院に来たとき、ニナ姉は心からの笑顔で迎えてくれた。

 不安でいっぱいだったわたしは、その笑顔に随分心が楽になった。

 それを、今でもちゃんと覚えている。


 今度はわたしが──、新しく家族になるその子の不安を、安心に変えてあげる番だ。


 

 わたしは小さく拳を握って気合いを入れると、諸々の準備をしに食堂を後にするのだった。

 

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