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村での戦い

「──ディレット様!」


 レニアに続き、わたしたちは家の外へと飛び出した。


 玄関先にはディレットの姿があり、何やら集まっている従者たちに指示をだしているようだった。

 彼の周りには、既に武装を済ませた兵士たちの姿も見える。

 尋常でない物々しい雰囲気だ。

 わたしもごくりと唾を飲む。



 彼はふとこちらに気づくと、「レニアか」と一言呟く。

 そして、相変わらず感情の読めない顔でこちらへと歩いてくると、普段よりも早口に要件を告げた。


「レニア。おまえは村人たちの避難誘導を頼む。終わったらそのまま隠れていろ。決して前線にはでるな。わかったな」

「……は、はい。承知致しました、ディレット様」


 レニアは少しだけ歯痒そうに言い淀んだが、素直に頷く。

 そしてすぐさま踵を返すと、村の奥の方へと走っていった。


 彼女の後ろ姿が、小さく、遠くなっていく。


 レニアの心情的には、ディレットの傍で彼の力になりたいに違いない。

 だが、非戦闘員である彼女が側にいてもディレットの迷惑になるだけだ。

 レニア自身、それをよくわかっている。

 だからこそ、どんなに彼のことが心配でも、不満や異議を申し立てたりはしないのだ。

 

 レニアはディレットの迷惑になるようなことは絶対にしない。

 それがレニアの愛であり、枷でもある。


 それはとても愛おしく──、そして、もどかしい。


 もしわたしの行動で、少しでも彼女の不安を取り除いてあげられるのなら──。

 彼女の背中を後押ししてあげられるのなら──。

 

 わたしは、おしみなく手を貸すだろう。

 今だって、そう思わずにはいられないのだ。



「……あの、わたしたちも何かお手伝いできませんか?」


 気がつくと、その言葉を口走っていた。


 わたしだって非戦闘員だ。

 できることなんてたかが知れている。

 だがこんなわたしだって、仮にも英雄の娘なのだ。

 ちょっとかっこつけるくらいの生き様でもいいじゃないか。

 どんな状況であっても自分にできることを探すことは、間違っていることではないはずだ。


 少し驚いたように見開かれるディレットの瞳。

 彼の口は何かを言いかけるように開かれたが、すぐにそれは閉じられ、続く言葉を遮った。


 そして一拍の間ののち──、彼は無機質に首を横に振る。


「……村のことは村のものに任せておけばいい。おまえたちには関係ない」


 ぴしゃりとそう告げられた。

 明確な拒絶の言葉。

 

「それに、人間が魔族に関わるなど──」


 ……人間と、魔族。


 それは、彼の口から何度も聞いた言葉だ。


 気にしていないはずだった。

 他者から何を言われようと気にしない。

 少なくとも昨晩までは、そう思っていたはずなのだ。

 そのはずなのに──、今はなぜか前よりも格段に、無性に苛立ちを覚えてしまう。

 



「……そんなの、関係ないです!」




 食い気味に──、そんな言葉が自分の口から漏れ出る。


 ディレットが虚をつかれ、息を呑むのがわかった。


 だが、構わない。

 心の内にぐるぐると渦巻くモヤを振り払い、わたしはディレットの瞳を真っ直ぐに見つめた。

 伝えるべきは反論じゃない。

 今のわたしの、真摯な気持ちだ。



「人間のわたしだって、魔族のあなたたちを助けたい。本当にそれだけなんです」



 種族が違う。

 それは事実だ。

 たしかに、人間と魔族は敵同士だったこともある。

 それも間違いではない。


 でも──、今は昔とは違う。


 わたしは人間だが、魔族であるリーシャやメレルのことが大好きだ。

 レニアだって、魔族である己の主に心を惹かれている。


 その想いの間に、今さら壁を敷く必要なんてない。



 わたしたちのやりとりを見ていたらしい黒猫少女が、すっと前に出る。

 そしてディレットとの間に立った彼女は、彼を真っ直ぐに見つめた。


「わたしたちは魔獣との戦闘経験もあります。お役に立てるはずですよ。ねぇ、メレル」

「うん。ニナたちが戦うなら、わたしが手を貸さない理由はない」


 リーシャの言葉に、メレルは至極当然だというように頷いた。


 二人とも本当にいいやつらだ。


 出会えてよかった。

 本当に心から、そう思う。



 ディレットはしばらく何も答えなかった。

 周りの視線が彼に集まる中、しばし無言でわたしたちを見つめる。


 だが──。


 やがてため息をつくと、諦めたように目を閉じた。

 ……好きにしろ。

 そう言って、彼はぼそりと呟くのだった。



********************




 ディレットは振り返り、森の向こうの白煙を見つめる。



「……あの狼煙は魔泉が活性化した合図だ。魔獣はそこからやってくる」

「魔泉?」

 

 聞いたことのない単語が出てきた。

 わたしが小首を傾げているのを見て、ディレットは、ふむ、と頷く。


「濁ったマナの溜まり場みたいなものだ。そこに集まった魔獣が解き放たれるといったほうが正しいか」


 彼が指差す先。

 村の目の前に広がる深い森の一角。

 たしかにそこから、何か得体の知れない威圧感を感じるような気がする。


「マナの濁りは周囲の生物に影響を与える。種にもよるが、長い間影響化にさらされたものは最終的に自我を失う。

 そしてそのうちマナに溶かされ、ただの魔力の塊となり──、最終的に、魔獣となる」


 ディレットは、ため息とともにそう告げた。


 まるで疫病か何かだ。

 もし、霊樹の森で浄化が滞っていたのなら、あの森の生態系は終わりを迎えていたのかもしれない。



 彼はわたしたちを再度一瞥し、少しの躊躇いのあと──、ゆっくりと、絞り出すように言葉を続けた。


「……魔獣は、そこに生息していた者たちの成れの果てのようなものだ。そしてそれは──」


 そう、彼がいいかけたときだった。

 彼の言葉が続くより先に──。



 あたりの静寂が、突然破られた。



 ドン!という衝撃音。

 近くの木々から鳥たちが飛びだち、葉の擦れる音がざわざわと響き渡る。



 腹の底まで貫くような、激しい空気の振動。

 先程彼が指し示した方向の木々の間から、赤茶けて燻んだ煙が上がる。


 狼煙の白煙ではない。

 あれはおそらく、もっとべつの何かが、……決壊した煙だ。


「始まったか……」


 ディレットは一度息をつく。

 そして、彼の後ろに並ぶ従者と兵士に向かいあい、声を上げた。


「五分もすれば会敵する。みな、気を引き締めろ!一人たりとも命を失うことは許さない」


 そう言って、森の先を見つめる彼の目が細まる。


 わたしもつられてそちらに視線を向け──。


 ごくりと、息を呑んだ。


 

 魔泉から溢れ出した魔獣の群れ──。

 それはまるで、黒い川のようだった。





********************




 ディレットの予想どおり、それから五分ほどで二つの勢力はぶつかった。


 魔獣たちの群れは森の木々を薙ぎ倒し、ドルテルの村の入り口へと雪崩れ込む。

 地面が破裂するような音と振動。

 それだけで心の奥底へと沈めたはずの恐怖心が蘇る。



 ディレットは銀色の剣をすらりと引き抜いた。

 そして、まっすぐに魔獣のやってくる方向へと向ける。 


「ここで食い止めるぞ……!」


 ディレットの声に合わせ、村の衛兵たちが槍と盾を構える。

 

 そこへ、獣の群れが真正面から衝突した。


 ──まるで、濁流。

 堤防に堰き止められるように、黒い群れは兵士たちの盾に遮られる。


 一体一体は大した強さではない。

 大きさも、力も、霊樹の森の魔獣よりも数段劣るだろう。


 だが、いくらなんでも数が多すぎる。

 屈強な魔族の兵士たちとはいえ、少し下手をうてば数多の犠牲は避けられないかもしれない。




「──よし。それじゃあわたしも行ってきますね」


 ざわりと跳ねるリーシャの後ろ髪。

 彼女も臨戦態勢へと移行するようだ。

 だが、まるでちょっと買い物にでもいってくるというような口ぶりである。

 戦場のただ中ではあるが、ほんの少しだけ気分が和らいだ気がした。


 リーシャはぐるぐると腕を回し、前方へと視線を向ける。


「わたしが前に出てやつらを引きつけます。二人は浄化魔術の構築準備を」

「わかった!……気をつけてね!」


 黒猫が跳ね、鋭い残像を残して前線へと飛び出した。

 そして勢い任せにその爪を振り下ろし、魔獣の群れの中へと飛び込んでいく。


 さすがに、リーシャは強い。

 というか、まさにちぎっては投げ状態。

 まるで黒い暴風である。


 あれなら彼女自身の心配はいらないだろう。

 こんな状況でもちょっと安心してしまう自分が、なんだか少し可笑しかった。


 

 そんな中、メレルは杖を取り出しながらわたしへと振り返る。


「ニナ。今回は花の魔術の助けはない。浄化魔術の性能も落ちるけど、それでも消費魔力は……」

「わかってる。わたしの高品質な魔力が大量に必要なんでしょ。いいから絞り取れるだけ絞りとっちゃって!文字通り出血バーゲンセールってことでタダにしといてあげるら」


 ぐっと親指を立ててウインクしてやる。

 メレルは少しだけ驚いたような顔を見せた。

 そして、くすりと小さく笑うと、魔獣の群れを睨みつける。


「ニナ。わたしに触れて。ぎゅーって感じで抱きしめるといい」

「オーケー!任せて。役得ってやつだね」


 

「──構築。対象補足。複製。」



 メレルが杖を空へと掲げる。

 わたしは彼女の腰に手を回し、その華奢な体を包み込んだ。


 細いが、とても柔らかい体だ。

 あのときの花の匂いが鼻を掠めた。

 優しく繊細なメレルの香りに、なんだかとても安心する。


 魔力の風がふわりと漂い、絹のように波打つ。

 その後に渦を巻くように、一斉に風が巻き上げられていく。


 メレルに密着している肌から、ごっそりと魔力が奪われていく感覚。

 貧血に似たブラックアウトを、必死に根性で耐える。

 きついことはきついが、これでいい。

 無力なわたしにだって、彼女の燃料タンクになることくらいはできるのだ。

 それが、むしろなんだか誇らしい。


「───っ!」


 メレルの体が一瞬強張る。

 周囲の魔獣の視線が、一斉にこちらを向いたのだ。

 おそらく、メレルの魔術に反応しているのだろう。


 びくりと背すじを震わせる銀髪少女。


 ──無理もない。

 あの大量の魔獣たちの敵意を一身に浴びたのだし、畏れを感じるなというほうが無理だろう。


 だけど──。


「……大丈夫。メレル、続けて。わたしがついてる。それに──」


 リーシャもね。


 その言葉を待つまでもなく──。


 まるで暴風のように魔物を薙ぎ飛ばし、リーシャの小さな体がわたしたちの前に踊りでた。

 銀髪少女に飛びかからんとする魔獣を、黒猫少女が次々と引き裂いていく。


「メレル!お願いします!」


 戦場に響き渡る彼女の言葉。

 その声と、メレルが杖を掲げるのは、ほぼ同時だった。




「『ピュリフィケイション』」


 


 白く、清浄な光。

 メレルとわたしを起点に、魔獣を浄化する風があたりに広がっていく。

 あまりの眩しさに目をあけていられないくらいだ。


 兵士たちも呆気にとられたかのように足を止めた。

 ディレットも光に包まれていく周囲を見回し、呆然とその光景を眺め続ける。


「──この魔術は、まさか……」


 彼の言葉が終わると同時に──、光の風もふわりと空気に溶けて、ゆっくりと消えていった。



 そして──。

 先程まであたりを埋め尽くしていた魔獣の影。

 その恐ろしい黒い群れの姿は、そこから跡形もなく消え去っていたのだった。




*********************




「終わったぁ……」


 がくりとその場に膝をつく。

 体を襲う脱力感がやばい。

 というか、腰から下に力が入らない。


 メレルのやつ、ほんとに絞りとれる限界まで絞ったらしい。

 いや、やっていいと言ったのはわたしだけどさ。

 ものには限度ってもんがね……。


「あー、しんどかった……。メレルは大丈夫?」

「平気。ニナの魔力のおかげ。背中に柔らかい役得もあったし」


 ぶい、とピースをしてくる銀髪少女。

 彼女と顔を合わせ、へへへ、とにやけ笑いを交わし合った。

 まあ、いいか。全てうまくいったのだ。

 この疲労感も、むしろ心地が良いくらいだ。



 ふと顔を上げると、ディレットがこちらに歩いてくるのが見えた。


 どうだ。わたしたちだってちゃんと役に立てただろう。

 そんな気持ちを込めて精一杯ドヤ顔を作り、彼に向けてニヤリと笑う。


 彼はそんなわたしの表情を見て──、少し虚をつかれたような顔をした後、わずかに苦笑する。

 そして、こちらに向かい手を差し伸べた。


「すまない。助かった。この礼は後ほど──」




 そう──。

 彼が口を開きかけた、そのときだった。




 村の奥から兵士の一人が慌てたようにディレットの元へと走り寄ってくると、彼の前で急停止した。

 息を切らせ、必死の形相だ。

 その様子に、わたしもディレットもただならぬものを感じ取る。


「どうした?」

「村にはぐれた魔獣が一匹迷い込みまして──」

「……なんだと!?それで、どうなった!?」

「既に対処しました。ただ……」


 彼は言いづらそうに顔を伏せ、口ごもった。

 眉根を寄せるディレットの前で、兵士は苦しそうに言葉を続ける。



「その……、レニアさんが、襲われそうになった子どもをかばって……、負傷を……」

「───!?」


 まるで、何かに弾かれたかのようだった。


 風のようにディレットはその場から駆け出す。

 あっという間に小さくなる後ろ姿。

 

 わたしは呆然としたまま、その背中を見送るのだった。




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