村長と家政婦
村長の家は、村の最奥──、岩肌に面した一軒家だった。
といっても、大通りにある他の家屋とそう変わらない。
一瞬気づかず通り過ぎてしまったほどだ。
村の長の家というなら、もっと「わたしが村長だ!」みたいな自己主張のある家かと思っていた。
敷地もとくに広いといったことはなく、庭に金をかけている様子もない。
本当に庶民然とした質素なものだ。
「ほんとにここであってるよね……?」
再度玄関先から家を二度見する。
ヨザクラはまっすぐ行った先の丘の上と言っていた。
彼女の言葉を信じるなら、おそらくこの家で間違いはない。
そもそもここが今来た道の最奥だし、なによりこの先に家はないのだ。
間違っているもなにも、他に選択肢がないのである。
とりあえず、訪ねてみるしかないか……。
ここで立ち尽くしていても始まらないし。
「よし。行くよ!メレル、リーシャ──、……って、リーシャ?」
「………。」
目的の家の前に到着したはいいものの。
先程からリーシャのむっつり顔が、いまだに固まった状態から戻らない。
船酔いはもう治ったみたいだし、よほどさっきの鬼娘との邂逅が気に障ったのだろうか。
なんにせよ、そろそろ機嫌を直してほしいところである。
「もう、リーシャ……。いつまでむくれてるの?」
「べつに。むくれてませんけど?いつもどおりですけど?」
頬っぺたを膨らませながら言っても説得力皆無だ。
とりあえず村長宅を訪ねる前に、リーシャのご機嫌をとっておかなければならない。
相変わらず唇を尖らせてそっぽをむいているリーシャ。
彼女の顔を覗き込むようにして、わたしは彼女に話しかける。
「大丈夫だよ、リーシャ。あの魔族の商人──、ヨザクラさんだっけ。彼女はそんなに悪い人じゃないって。ほら、人間のわたしにも優しかったし」
ひらひらと両手を動かして自己アピールしてみる。
それに、誰だって一つや二つくらいは二面性を持っているものだ。
言いたくはないが、わたしだって人に言えないことの一つや二つある。
裏の一面ばかりを気にしていても何も始まらない。
とりあえず表の一面を信頼するところから始めていけばいいと思うのだ。
「だから、安心して。リーシャもそんなに不安になることないよ。わたしも一応注意はしておくからさ」
「それはわかってますよ。でも──」
言いかけて、再び彼女の口が閉じられる。
言おうとしたことを言えなかったような口ぶりだ。
なんだろう……。
言い方からすると、何か他に理由があるのだろうか。
わたしの視線の先で、もぞもぞと身を捩る猫耳少女である。
すると──。
おもむろに、魔術師の銀髪少女が、彼女の背後からひょっこりと頭を出した。
ウサギがなにかのような行動に、思わず毒気を抜かれる。
彼女はすたすたとリーシャとわたしの前に回り込む。
そして、わたしと猫耳少女の顔を見比べ、うん、と一つ大きく頷いた。
「ニナ。たぶんリーシャは、あの鬼の人が嫌だったからむくれてるんじゃない」
「そうなの?リーシャなら理由がわかるの?」
「わかる。わたしは最近、心の機微について、ちょっと詳しくなった自信がある」
えっへん、と胸を逸らすメレル。
ほほう、自他の心情にさえ疎かった彼女が、ずいぶん成長したものだ。
そんな彼女の様子に、リーシャが「ふん」と鼻を鳴らす。
「いい加減にしてください。メレルにわたしの心中の何がわかるっていうんですか」
「まず、リーシャはニナが大好き」
「──ぶっ!??」
あまりのぶちまけっぷりに、ずっこけそうになる猫耳少女。
対して、それにまったく構わず、メレルの言葉は続いていく。
「リーシャはニナと付き合いも長い。なので、大好きなニナなら当然自分の味方をしてくれると思ってた。でもニナは、リーシャじゃなくてあの鬼の味方をした。だからイライラしてる。つまり、これは嫉妬という感情」
「ああああああっ!!ち、違います!違いますから!!」
ドヤ顔を披露するメレルの横で、半泣きで顔を真っ赤にして否定するリーシャ。
お湯でも沸かしそうな勢いである。
知り合いに秘密を全部打ち明けられてしまった感じで、ちょっと同情する。
いや、まあリーシャが慕ってくれるのは嬉しいけどさ。
メレルはもう少し人の心の機微を勉強しなおした方がいいと思うよ、うん。
「どう?自信がある。わたしも成長した」
「まあ、そうだね。凄いと思う……」
「でしょ」
可哀想に。
恥ずかしさのあまり、彼女の隣で「うう……」と頭をかかえてうずくまるリーシャである。
とりあえず慰めてあげよう。
最近あんまりスキンシップとってなかったしね。
「大丈夫、わたしはリーシャの方が大事だからねー。撫で撫でしてあげようねー」
「や、やめ──、にぁあああ………」
頭と尻尾の中程あたりを撫で撫ですると、気の抜けたような声でへたりこむリーシャであった。
こういうのも久しぶりで、もふもふの質感が手のひらに嬉しい。
なんかこう、体の中で何かが満たされていく感じがする。
他人の家の前でぐりぐりと少女を撫でまわしていると。
「──おい、そこで何してる」
「……え?」
手のひらの中で黒猫少女の尻尾を転がしているとき。
唐突に、背後から声をかけられた。
わたしは急ぎ振り返り、そちらを見る。
大柄で、険しい表情を浮かべた一人の男。
突然現れたその男は、その鋭い目をさらに細め──、こちらを睨みつけているのだった。
*************************
家の裏手からやってきたということは、おそらく彼が村長か。
無精髭と鋭く細い目。
無骨な身体は、歴戦の戦士といった印象だ。
どう見ても交流とかが好きそうなタイプじゃない。
どちらかといえば、仲良くなれた人に対しても寡黙に黙っているような人間──、もとい、魔族に見える。
やばい。
他人の家の前で、ちょっと変態チックな行為にはげんでしまった。
第一印象最悪だし、少し怒っているようにも見えなくもない。
だが、まずは冷静になろう。
先ほどリーシャに先入観だけで人を見るなといったばかりだ。
話してみれば、案外気さくな良い人だったりするかもしれない。
とりあえず、お互いにとって印象は大事。
今からでも爽やかに、クールに、自己紹介といこうじゃないか。
「えーと、こんにちは。わたしは──」
「おまえは……、……人間か。何しにきた」
開幕から異常に険しい空気である。
淡々と要件だけ話すその姿勢は、間違っても歓迎ムードとは程遠い。
わたしは早速出鼻をくじかれ、「あー……」と続く言葉を見失った。
挨拶のために差し出そうとした右手が行き場を失う。
──人間か。
その言葉に、ヨザクラの言っていたことを思い出す。
高齢な魔族の中には、いまだに人間に敵意を抱いているものもいると聞いた。
どう見ても彼の表情からは穏やかなものを感じないし……。
つまり、これがそういうことなのだろうか。
これはのんびりしている時間はないかもしれない。
追い返される前に、早いとこ本題にうつったほうがよさそうだ。
「あの……」
「この村は人間がいるべき場所じゃない」
「うぅ………」
「さっさと国へ帰るのが身のためだ」
とりつく島もないとはこのことか。
面と向かってここまで厳しい言葉を投げかけられるのは初めてだ。
さすがに少し気持ちが消沈する。
だが、わたしだって遠路はるばるここまで来たし、やらなければならないことだってある。
ここでビビって引くわけにはいかない。
わたしは軽く声の調子を整えると、玄関前で守衛のように立ち尽くす男に話しかける。
こうなれば否定される前に問いただしてやるのみだ。
「あの……!アイリス・プライオリアという名前に聞き覚えはありますか……!?」
全てを無視し、大声で叫ぶ。
こちらだってなりふり構っていられないのだ。
村長は魔族だ。
寿命は人間よりもはるかに長い。
アイリスがこの村に来たのは間違いないし──、望みは薄いかもしれないが、彼がアイリスのことを覚えている可能性はある。
これで何の反応も見せなければ、この村での遺産の手がかりは皆無になってしまうのだが……。
──その心配は、杞憂に終わった。
なぜなら、男が見せた反応は予想を超えるものだったからだ。
「おまえ……」
村長の目が、はっとしたように見開かれた。
その表情に込められた感情が読みきれない。
怒り?悲しみ?謝意?
それと、──少しの、懐古、……か?
やはり、彼はアイリスのことを覚えているのだろうか。
「……おい、レニア」
「──はい、ディレット様。何かご用でしょうか?」
男が家の裏手方面に声をかけると、一人の女性が建物の影から姿を現した。
おさげに結んだ茶色の髪が可愛らい、落ち着いた雰囲気の女性だ。
家政婦か何かだろうか。
彼女の服装やかしこまり方からみて、嫁さんや家族という雰囲気ではない。
村長はわたしたちにくるりと背を向け、レニアと呼ばれた女性に言い捨てる。
「……客だ。相手をしてやれ。人間同士の方が接しやすいだろう」
そう簡潔に言い残して、彼は一足先に自宅へと入っていった。
とりあえずどうでもいい人間から、一応の客扱いまでランクアップしたらしい。
わたしの必死の選択は間違っていなかったようだ。
ひとまず緊張の糸がほぐれたわたしは、ふぅ、と息を吐き胸を撫で下ろす。
だが、もう一つ気になることができてしまった。
彼が別れ際に言い残していったセリフ。
その中で一つ気になる単語があったからだ。
彼女のほうに自然と視線が向く。
「人間同士……?」
たしかに、村長はそう言った。
ということは、この人もわたしと同じ……?
レニアと呼ばれた家政婦さんは、わたしたちに一度深く頭をさげ──、ほんのり笑顔を浮かべると、先ほどよりも柔和な声で口を開いた。
「それではみなさま。客間にお通しさせていただきます。どうぞこちらへ」
「は、はぁ……。どうも……」
どきまぎとするわたしの様子に気づいているのかいないのか。
彼女はじつに丁寧な所作で、わたしたちを村長宅へと招き入れてくれたのだった。




