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ゲーム


 食堂の長テーブルの上のスクロールに、一人の女性が映っている。


 鮮やかな赤い髪に、つり気味の瞳。

 いかにも気の強そうな風貌そのままに、どっしりとした面持ちでこちらに視線を向けている。

 存在感──、とでもいうのだろうか。

 ただそこにいるだけで、なんだか気配が違う。


 もっとも、これはただの記録された過去の映像だ。

 それでも威圧されるように感じるのは、やはり彼女が英雄の器たる所以なのだろうか。



 メレルはわたしの隣に移動してくると、彼女の顔をじっと見つめる。

 そして、「むぅ……」と小さく声を漏らした。


「どう?メレル」

「うん、間違いない。わたしの知ってる顔。やっぱりニナの母親だったんだ」


 銀髪少女の返答。

 その声を遮るように、スクロールの中の英雄アイリスはニヤリと笑った。


『さて。このスクロールを見てるってことは、タステルの街についたんだよね。さっすが我が娘!』


 年甲斐もなく、ばちこんとウィンクをかますアイリス。


『ちなみに、そのケーキはお祝いの印。この街で一番の味だよ。ああ、あとナマモノだから実体化したら早めに食べてね。もし旅の途中でお友達ができたなら、みんなで仲良く食べるように』


「そのお友達がケーキの下敷きで伸びちゃってるんだけど……」


 巨大スイーツの下で、もはやぴくりとも動かなくなったリーシャ。

 そのそばで、メレルがぺろぺろと生クリームを舐めている。

 そして神妙な面持ちでそれを見つめるわたし。

 うん、けっこうカオスな状況だ。


 アイリスは当然そんなこちらの状況などおかまいなしに、ふむ、と頷きこちらを見る。


『さてと──。それじゃ、さっそく遺産の話ね。今回もあなたに一部を譲渡しようと思います』


 ぱちぱちぱち、とスクロールの向こうで両手を叩くアイリス。


 よし、きたきたー!

 森で迷ったり海水浴したりで忘れかけたりもしたが、この旅の目的の半分くらいは金である。

 残りは、まあいろいろだ。

 仲間たちとの絆とかそういうのだ。たぶん。

 

 餌を与えられる犬のような心構えで、わたしは続く言葉を待った。


 何を買おうかな。

 旅の旅費もけっこうかかるし、その分はとっておくとして。

 アクセサリーとか小物なら旅の邪魔にもならないし悪くないよね。

 いくら野宿の多い旅になりそうだからといって、女の子はオシャレを忘れてはいけない。

 ああ、それにスクロールも買い足しておかなきゃ。

 あとはこの街にある美味しいもの巡りでもして……。


 

 だが、英雄様は、そんなわたしの妄想を予想していたのかもしれない。

 唇の端を歪め──、そして、不敵に笑った。





『──と、思ってたんだけど。ただ渡すだけじゃ面白くないよね?』




「………は?」


『……うん。やっぱり、それじゃあ面白くない。──おもに、わたしが』


 おまえがかよ!

 いや、わたしはべつに面白くなくていいんですけど!



 拳をわなわなさせて憤るわたしと対称的に──。

 彼女は静かに息をつき、アンニュイな遠い目をする。


『娘と離れ離れになった今……。悪いけどわたしの楽しみは、成長した我が子があたふた慌てる姿を想像することだけなんだ……』

「ねぇ!この人、性格悪くない!?ほんとに英雄!?わたしの母親だよね!?」


 わたしの指差す先で、およよ、と悲しそうな表情でのたまう彼女。

 外見こそ見目麗しい英雄様だが、言ってることはおよそ聖人には似つかわしくない。

 わたしのこの上がりきったワクワクはどこに捨てればいいんだ?

 まとめて丸めて投げつけてやりたいが、相手は既に故人なわけで、そらもうやりたい放題のやられたい放題である。


「ぐ……、か、金だ、金のためと思って我慢だ……!」


 落ち着けわたし。相手のペースに乗るな。

 守銭奴さながらのセリフを吐いてしまったが、しばしの辛抱だ。

 

 結局希望を捨てきれないわたしの横で、メレルがリーシャをケーキの下からずるずると引っ張り出している。

 生クリームまみれの猫耳が、ぴくりと反応を示した。

 ──あ。良かった、生きてる。

 でもごめん、リーシャ。

 ……今のわたしには、あなたの生存を喜んでいる余裕はないんだ。



 わたしが睨みつけるようにアイリスを見つめる中、彼女は再び、にやりと笑う。

 悪戯っぽく、妖艶に。

 まるで、まだ見ぬ未来の娘に、挑戦を叩きつけるかの如く──、言葉を続けた。




『ひとつ、ゲームをしましょう。もしそれをクリアできたなら──、そのときはきっと、わたしの遺産も見つかるはずさ』




 ルビーのように、深く、赤いその瞳。

 その無血の英雄の視線の先は、たしかにわたしを見つめているような気がした。



***********************



『さて。ルールは簡単。ちょっとした宝探しゲームだよ』


 アイリスは、ぴんと人差し指を立てる。

 そして、その指の先を、棒立ちのわたしのほうに向ける。


 ──いや、違う。


 おそらく彼女が意図する対象は、別のものだ。


『──そのケーキ。それを作った人を探してみてね。ヒントは、この街で一番美味しい料理を作れる人』


 ……ふむ、なるほど。

 ………。

 ……いや、それヒントになってなくない?


『とりあえず、この街の美味しいスイーツ巡りでもしながら探すといいよ。戦争が終わったら、ここはきっと素晴らしい観光地になっているだろうから。きっと探しがいもあるはず』


 まあ、わたしは見れないだろうけどね、とアイリスは苦笑する。


『ま、何にせよだ。この程度のお宝探しもろくにできないんじゃ拍子抜けだし、この先の旅路も無理だろうしね。遺産の話もここまでってことになるかな』


 ──それじゃあ健闘を祈る!


 最後に早口ですっぱり言い残したあと、英雄アイリスはスクロールの上から姿を消した。

 巻物の紙面から光が消える。

 そして、あたりは再び静寂へと立ち戻った。



 食堂の時計が、こちこちと音を刻んでいる。


 あとに残ったのは、なんとも言えない微妙な空気。

 そして、生クリームまみれの黒猫少女に、それをぺろぺろしている銀髪少女。

 最後に、部屋の中央に我が物顔で鎮座する、巨大な白いケーキだけだ。

 

 うん、なんかもうなるようになれ、という感じである。





「い、いったい何があったんですか?!……え、ケーキ……?──ていうか、リーシャさん大丈夫ですか!?真っ白でドロドロなんですけど!?……ああっ、メレルさん!汚いのでリーシャさんについてるの舐めない方がいいですよ!──あ、いや、リーシャさんが汚いというわけじゃなくて、あわわわわ……!!」


 食堂へと皿を片付けに入ってきたカトレアが、そのカオスな光景に目を丸くする。

 まるで転居したてのハムスターのような混乱ぷりだ。


 わたしはそんな慌てふためく彼女の瞳を、まっすぐに見つめる。

 そして、柔らかに優しく微笑んだ。


「──カトレアさん、落ち着いて。そして聞いて。

 ……この街でスイーツ売ってるお店、いくつある?」

「え?……す、スイーツ?」


 わたしの突然の質問に、彼女はとまどいながらも返答する。

 きっと彼女には、この状況でなんの話をしてるんだコイツ、と思われてしまったかもしれない。

 でも、今のわたしには大事なことなのだ。

 生クリームまみれのリーシャよりも大事なことなのだ。


「さ、さあ……。ビーチ沿いのレストランはもちろんですけど、観光地ですのでお土産屋さんも多いですし。なんなら住宅街の小料理屋でもスイーツくらいは扱ってますね……。タステルはけっこう大きい街ですので」


 そりゃそうだ。

 おそらく母がこの街を訪ねたのは十数年前。

 ましてやタステルは元々流通の要所でもある経済都市だ。


 戦争がおわり、成長の障害が取り除かれさえすれば──、それはもう乳離れした乳幼児のごとくすくすくと育っていったことだろう。


 まあ、彼女がこの街一番の料理人とまで言うほどだ。

 よもや店が潰れてなくなっているということもあるまい。

 どこかは見当もつかないが、どこかには必ず存在しているはずだ。



「仕方ない。街全体しらみつぶしに歩いて、総当たりで探すしかないか……」


 ぼそりと呟いたわたしの言葉。

 その声が届いたとたんに、背後のメレルがびくりと肩を震わせる。


 ぎぎぎ、と錆びついたブリキ人形のようにこちらを振り返る銀髪少女。

 そして彼女はすばやく立ち上がると、「ごめん。わたし、ちょっと野暮用」と言って、くるりとその場から回れ右をした。



 ──その肩を、がしりと掴む。



「メレル〜。どこいくの?手伝ってくれるよね?」

「──いやだっ!動きたくないっ!歩きたくないっ!」


 おいおい、聞いたことないレベルの大声でたよ。

 出会ってからここ一番の自己主張っぷりだ。

 そんなに働くの嫌なのか。


 まあ関係ないけど。


「メレル、要望あるならなんでも言ってって、前に言ってたじゃん」

「体使うことは対象外!」

「いいじゃんたまには運動しなよ。ほら、わたしは南方面探すから、メレルは東、リーシャは西ね!」

「い、いやだぁ……、許してぇ、許してぇ……」


 泣き叫ぶメレル。


 すまんが慈悲はない。

 大金とわたしのプライドがかかってるのだ。

 それに、飯代と宿代くらいはしっかり働いてもらわないと困るのである。


 力なく叫び続けるメレルと、いまだ目を回しているリーシャの首根っこを引っ張り──、わたしは意気揚々と、街へとくり出したのだった。





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