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少女の旅、小走りの猫、銀色の髪



「おぉ、ちゃんとした道だっ……!」


 わたしたちは無事に霊樹の森を抜け、近くの街道に出た。


 数日ぶりに現世に舞い戻った気分である。

 もう道とは呼べない道を行く必要はないのだ。

 決して広い道とはいえないが、舗装された道路を踏み締めるだけでも安心感が凄まじい。


 遠くに見える海岸線が眩しい。

 タステルの街はきっとあの先だろう。



「ようやく次の街に行けるね、リーシャ!よーし、張り切っていこう!」


 目指すは南。

 港町タステルだ。

 まあいろいろ寄り道になってしまったが、べつに急ぎの旅ではない。

 ここからまたあらためて前に進んでいけばいいのである。



 わたしが気合いに満ち満ちた心持ちで、一歩踏み出したときだった。


 相棒の猫耳少女が、むすっとした顔でその場で立ち止まっているのに気づく。

 なんだろう。腹でも痛いんだろうか。

 もしそうなら、もうその辺で済ますしかないぞ。



「あの、次の街へ向かえるのはとても嬉しいことなんですが……」


 リーシャはぼそりと呟いた。

 そして、自らが背負う特大リュックの上部を仰ぎ見る。



「……なんで、メレルがついてきてるんですか!」



 しかも当然のように定位置なんですけど!と猫耳少女はぷんぷんしながら等身大のリュックを振り回した。


 メレルはリュックにしがみつきながらも、真剣な表情で頷く。


「まあ、やることなくなったから。暇だし」

「そんなちょっとそこまで遊びに出かけるみたいな理由で!?ていうか、けっこう危険な旅だし、時間もかかる旅ですよ?」

「いい。それに、あなたたちと一緒にいけば、どこかで師匠のことも聞けるかもしれないし」


 メレルはいつもの定位置で、だらりとしながら答える。

 すっかり実家みたいなくつろぎ方だ。


 そんな彼女の様子に、リーシャの口からは、はぁ、と盛大なため息が漏れた。


「ああ、そういえば師匠がいるとかいってましたね。でも、わたしたちの目的はヘイムドールへの旅です。寄り道はしませんよ」

「わかってる。でも、なんだかいろいろと、──予感はする」

「──?」


「たぶん、運命ってやつ」


 わたしの赤色の髪と、リーシャの黒髪を交互に見て、一人で頷く銀髪少女。

 

 彼女はたまによくわからないことを言う。

 だがまあ魔術師というのはそんなものなのかもしれない。

 前にも思ったが、黙々と我を貫くところがなんだかウサギっぽい。

 ウサギと猫。

 可愛らしくていいじゃないか。

 なんにせよ、旅路に仲間が増えるのはいいことだと思う。


「まあまあ、リーシャ。魔術師がいてくれるなんて心強いじゃん。わたしはいいと思うよ」

「う……、ニナさんがそういうなら……いいですけど……」


 リーシャは、むぅ、と口を尖らせて頷く。


 なんだかちょっと渋っているように見えなくもない。

 そんなに嫌なんだろうか。

 二人の間に言い合いは多いが、あれはじゃれ合いみたいなもののはずだ。

 べつにリーシャとメレルの仲は悪くないと思っていたんだけど……。


「リーシャ、もしかして何か不安なことでもある?」

「いえ、不安はないです。どちらかというとちょっと不満というかぁ……」


 最後の方は独り言のように口をもごもごさせているリーシャ。

 その口元には、隠しきれない不満さが滲み出ている。

 だが、メレルに向けて敵意のようなものは感じない。

 どちらかというと、会った時よりもずっと親しげな空気さえ感じるのだが。

 いったい何が原因なのだろう。



 メレルは、そんなリーシャをじっと見つめていた。

 他人の感情の機微にうとい彼女にとって、人間観察は趣味のようなものらしい。


 彼女はしばらくもじもじする黒猫少女を見つめていた。

 そして数秒後、「ああ。なるほど」と両手をぽんと叩く。



「リーシャは、ニナと二人旅が良かった?なぜなら、リーシャはニナのことがとっても大好きだから」



 メレルの言葉に、黒猫少女が口を開いたまま固まった。

 その後一拍おいて、その顔がみるみる真っ赤に染まっていく。


「ばっ…………?!?……ち、違いますよ!違いますからっ!ニナさんのことはべつにそんな……」


 ものすごい勢いで腕と頭を振り、全力で否定するリーシャ。

 わたしは、ふむ、とその様子を微笑ましく観察する。


 ああ、もしかして図星なのか。

 ということは──、つまりただの嫉妬か。

 可愛いやつめ。


 ちょっとイタズラ心がむくむくしてくるじゃないか。



「え……、違うの?リーシャ、もしかしてわたしのこと嫌いなの……?」


 およよ、と悲しげに目元を伏せながら、ちらりとリーシャを流し見する。

 孤児院でもシスターにおねだりするときによくやっていた、必殺の嘘泣き作戦である。


 リーシャは「ええっ!?」と両手をあわあわさせ狼狽していた。


「い、いや……、そういうわけでは、ないんですけどっ……!」


 戦っているときの凛々しさとは正反対のうろたえぶりだ。

 そんな彼女に対し──、メレルは追い討ちをかけるように、申し訳なさそうに頭を下げた。


「気づかなくてごめん。わたし、他人の心を察するのが苦手だから……」


 心なしか、しゅん、とした表情である。

 しばらく顔をふせる銀髪少女。


 その後──、突然顔を上げると、勢いよくビシッとその親指を立てる。



「もし二人でいちゃつきたいときは、わたしはいないものとして扱ってくれていい。見なかったことにするので」


「い、いちゃ……!?……はぁ?!そんなことしませんよ!バカなんですか!」


 ナイスアシスト。ここはすかさず追撃だ!


「え、リーシャ……。もしかしてわたしといちゃつくの嫌なの……?わたしのこと嫌いなの?」

「い、いや、そういうわけではないんですけど!………や、でも違くて……!いや、違くはないんですけど……!」


 あたふたと慌てふためく猫耳少女。

 ほんとからかいがいがある子だなぁ。

 彼女からしかとれない栄養素がある。

 間違いない。


 ふと見ると、無表情なメレルの口の端も、にやにやを抑えきれていない。

 最近ちょっとわかってきたが……。

 このメレルって子、意外とSっ気あるぞ。

 いい友達になれそうだ。



「──さてと。リーシャの可愛い姿も見れたことだし、そろそろ出発しようか」


 からかわれたことに気づいたのか、黒猫少女は再びむすりとした顔に戻る。

 わたしは苦笑しつつも、彼女の頭を撫で、リュックの後ろから顔を出している銀髪少女へと視線を向けた。


「じゃあ、あらためてよろしくね、メレル」

「うん。二人には恩もある。魔術には自信があるし、何か要望があるなら遠慮なく言って欲しい。力になる」


 メレルの言葉にリーシャがぼそりと返す。


「じゃあ、自分で歩いてくれませんかね……。重いんですけど」

「わたしも本当は歩きたい。でも、ハーフエルフは歩くのに大量の魔力が必要だから……」

「えぇ、そうなんですか……。──って、それ絶対嘘ですよね!?」

「うん。ほんとは疲れるしめんどくさいだけ」

「ついに言い訳すらしなくなった!?」


 リーシャは盛大に肩を落とし、首を振った。

 どうやらついに観念したらしい。


 苦労をかけてすまんね。あとで美味しいスイーツでも奢ってあげよう。


「はぁ、もういいですよ……。好きにしてください。わたしは早くタステルの街にいって、宿でゆっくり寝たいです」


 背中にリュックとメレルを背負い、リーシャはずんずん歩いていく。

 

 わたしは、その後ろ姿を眺めつつ、晴れ渡る空を見上げた。

 この空は、きっと魔大陸の果てまで続いている。

 空も、世界も、こんなにも広いのだ。

 まだ見ぬ旅の先も、きっと楽しいものになる。


 新たに増えた仲間とともに、ここからまた一歩ずつ踏み出していこう。

 急ぐことはない。

 見知らぬ街に、まだ見ぬ出会い。

 焦らずゆっくり味わっていこう。

 それこそ旅の醍醐味というものだから。



 わたしはリーシャとメレルの背中を追いかける。

 足早に、二人の方へと駆け寄る。



 そして──、前を歩く黒猫少女の小さな肩を、ぽんとたたいた。




「リーシャ、方向違う。タステルはこっち」


「………っ!!?」




 ……うん、やっぱりわたしが前を歩くことにしよう。

 

 後ろを小走りでついてくる猫耳少女の足音を感じながら、わたしはそう思うのだった。



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