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ウサギと猫


 ──空に向けて枝を広げる霊樹。


 その根本で、わたしはスコップを振るうリーシャを眺めていた。


「リーシャ、ほんとに大丈夫?荷物運んでもらったし、疲れてるんじゃ……」

「全然平気です。あの程度なら三日は不眠不休でもいけますね」

「あはは、そりゃ頼もしいね……」



 わたしたちは今、霊樹の根元のあたりで、花を植えるための穴を掘っている。

 べつにそれくらい自分でできるからいいと、彼女には言ったのだが──。

「お願いします!このくらいはしないと、わたしただの荷運び兼介護人じゃないですか!」と泣きつかれた。

 まあ、そこまでいうなら、ということで花植えの作業を手伝ってもらっている。


 リーシャは少しでも今回のミッションのキモに関われるのが嬉しいらしい。

 機嫌良さそうに尻尾を振りながら、黙々とスコップを地面に突き立てていた。


 ちゃんと命令してください、なんて言ってた頃のリーシャからすると、自分から進んで仕事に携わるのはかなり成長したのでは、と思う。

 ──だがその反面、反動で行きすぎたりしないかが心配でもある。


 何ごともほどほどが一番だ。

 無理して身体を壊されても困るしね。


 まあ、今回は彼女も嬉しそうだし、リーシャがいいならべつにいいか……。

 少々社畜根性丸出しな気もするが、成長だと思っておくことにしよう。



 わたしは霊樹の根っこに座り、ぐるりとあたりを見回した。

 空へと枝を伸ばす霊樹が壮大なのはもちろんだ。

 だが、先ほどは見えなかったその根元にも、驚くべき光景が広がっていたのだ。



「それにしても……、まるで花畑だね」



 霊樹の根元に広がるのは、絨毯のように咲いている一面の花々。

 メレルの家の敷地の何倍もある広さだ。

 たしかに、たくさんの花が必要だとメレルは言った。

 だが、その光景はわたしの想像を軽く超えていたのだ。


 広大な地面を、彼女の育てた白い花が覆っている。

 風に揺られて揺れる様は、まるで波立つ湖畔の水面だ。

 それはむしろ来て良かったとすら思えるほどに──、美しく、見事な光景だった。



 これだけの花を、メレルは毎日毎日、一人で植え続けてきたのだ。



 薬を作り、花を育て、霊樹の元へ植える。

 そのサイクルを、子どもの頃から、何年もずっと──。


 残りあと二輪、と彼女は言っていた。


 おそらくそれにより浄化の魔術の構築が完了するのだろう。

 それを手伝ってあげられるのは光栄なことだし、何より彼女にお礼をできるのが純粋に嬉しい。

 この森で道に迷ったことも、ある意味で無駄ではなかったのだ。

 



「掘り終わりましたよ。こんなもんでどうですか、メレル」


 リーシャはスコップ片手にメレルを呼ぶ。

 メレルはリーシャの掘り終わった穴をじっと見つめ、ぱちぱちと拍手した。


「ありがとう、リーシャ。とても助かった」


 続いて今度は逆に、はぁ、とため息をつく。


「でもちょっと雑。花にとって土は寝床と同じ。リーシャは雑なのとしっかりしてるの、どっちがいい?」

「うぐ……。たしかに、たかが花と侮っていたかもしれません」


 ふむむ、と悩むリーシャに、メレルは続けて語りかける。


「まずは、小石を取り除く。あとは土を柔らかくするといい」

「どのくらい柔らかくすればいいでしょうか」


 スコップ片手にざくざくと土に手を入れていくリーシャ。

 そんな猫耳少女に、メレルは「どれくらい……」と少し悩んだあと、


「うーん、だいたいリーシャのおっぱいくらい?」

「ばっ……!?突然なに言ってんですか!?」

「というのは冗談。それだと全然足りない。わたしかニナのくらいは必要」

「……ほう。それ喧嘩売ってますね?売ってますよね……?」


 怒れる猫の迫力に気圧されたのか。

 メレルは慌てて、追われたウサギのようにわたしの後ろへと隠れる。

 避難所みたいな扱いだ。

 だが、リーシャには効果抜群のようである。


 それにしても、ウサギと猫。

 ……言い得て妙だ。やたらしっくりくる。


 そんな子ウサギはわたしの背中から顔だけだすと、黒猫に語りかけた。


「ごめん。リーシャと話すの楽しいから、ついからかいたくなる。手伝ってくれたことは、本当に感謝してる。リーシャはとてもいい人」

「ぐっ……、またそんな恥ずかしいことをどストレートに……」


 そんなこと言われたら怒るに怒れないじゃないですか、と口を尖らせるリーシャ。


 彼女は、良くも悪くも素直な感情を向けられることになれていない。

 対して、世捨て人同然の森暮らしのせいか、メレルは相手に素直な感情をぶつけること以外のコミュニケーションを知らないのだ。



 ──この二人、なんかいいな。

 


 凸凹に見えるが、合わせると素直にはまる感じ。

 それが、見ていてとてもすっとする。


 こうしてはいられない、わたしも混ぜてもらわねば。


「ねぇねぇ、メレル。わたしはわたしはー?」

「ニナと話すのも楽しい。ニナもいい人。リーシャの1.1倍くらい良い人」

「わたし負けてるじゃないですか!?しかもなんか微妙に……。その差がなんなのかむしろ気になるんですけど!」



********************



 それからしばらくの後。

 メレルの指示通りに、穴掘りは完了した。


 さて、あとは花を植えるだけだ。


 メレルから花を受け取り、地面へと埋める。

 慣れていない土の手触りがやけに心地よい。


「そのまま花に触れてて」という彼女の言葉通り、わたしはその茎と花弁に指を触れていたのだが──。


「うぉおぉ……?なんか吸われてるぅ……!」

「花に魔力を吸われてるだけ。頑張って、ニナ」

「これ、意外ときつい……!」


 例えていうなら、指先から体中の血液を抜かれている感覚とでもいうのだろうか。

 痛いとか苦しいとかではないのだが、ひたすらに虚脱感がものすごい。

 魔力というか、生命力そのものを抜かれている感じだ。


 魔術師ってのはいつもこんな感覚で魔術使ってるのか。

 メレルは凄いなぁ。

 わたしは絶対職業にはしたくないぞ。


 などと作業の裏で考えていると、数秒後にメレルがぽんと両の手のひらを叩いた。


「はい、完了。もう手を離していい」

「ひぃっ、つ、疲れた……」

「ニナ、凄い。普通の人ならたぶん魔力切れで白目むいてぶっ倒れてる」


 これってそんな危険なやつだったの……。


 まあ、何はともあれ、成功ではあるらしい。

 わたしとリーシャの努力も無駄ではなかったようだ。


「よし。これで明日、残りの一個を植えて完成だね」


 地面に植えられた花を見ながら、わたしは一息つく。


 うん、やっぱり綺麗だ。

 白い花弁はぼんやりと光を放っている。

 この先、わたしの植えた花は花畑の一員として、この敷地に咲き続けるのだろう。


 ふう、と額の汗を拭う。


 そして、霊樹の根っこに腰を下ろそうとした、そのときだった。





「──ニナさん!メレル!離れてください!」





 緊迫したリーシャの声。


 どうしたの?と聞き返そうとした次の瞬間──、その場にぞわりとした気持ちの悪い空気が立ち込める。

 

 背筋に冷や汗が流れ落ちた。


 ……そうだ、わたしは、この感覚を知っている。

 今でもアレに追われた恐怖は覚えているし、脳裏によぎった死の輪郭も鮮明に覚えている。


 だが、これは……、あのとき感じたときよりも、ずっと色濃くて重苦しい──。

 

「リーシャ……、これ……」

「……ええ」


 黒猫少女のその言葉が、やけに重く響き渡る。



「……魔獣です」



 視線の先。

 木々の立ち並ぶ輪郭の向こうで。


 このまえ追いかけられたものとは比較にならないほど、おぞましく巨大な影。

 爛々と光る赤い瞳が、獲物に狙いを定めたがごとく、こちらをじっと見つめていた。



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