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霊樹


 ──翌日。

 

 夜が明け、日が登り始めた頃。

 メレルの頼み事を聴くことにしたわたしたちは、霊樹へと続く獣道を歩いていた。


 さすがに人の手の入っていない深い森だ。

 目的地を目指すのにも一苦労である。

 道とは呼べない道が続くし、体力もかなり削られる。

 ときには腰ほどもあるシダをかきわけ、苔むす岩の間を進む。

 

 ちなみに、メレルは早々のうちに体力が底をついたらしい。

 今はリーシャの背負う特大リュックの上で、ゴロリと仰向けに伸びていた。


 一見すると、絨毯か何かをくくりつけて運んでるみたいでちょっと面白い。


 文句を言いたそうな顔で口を尖らせているリーシャには、次の街で好物のスイーツでもごちそうしてあげるとしよう。



 わたしはリーシャのリュックの上のメレルに問いかける。


「ねぇ、なんか凄い道だけど……。これ、方向あってるよね?迷ってないよね?森の中心部に行くほど迷いやすいって聞いたんだけど……」

「そんなに遠くないし平気。わたしの言うとおりに歩けば安全。わたしはこう見えてもこの森で育った魔術師なので」


 ちょっと得意げに答える銀髪少女。


 へえ、そうだったのか。

 つまり、この森は庭みたいなもの、ということだろうか。

 もしかすると、魔術を使用した道しるべ的なものを感じ取れるのかもしれない。

 わたしにはさっぱりわからないけれど。

 


 それにしても、珍しくドヤ顔を浮かべているメレルの姿がちょっと微笑ましい。


 世捨て人のような彼女の生活っぷり。

 それはわたしの魔術師のイメージに合致するし、実際間違ってはいないと思う。

 だが、普段の無表情の裏には、やはり人並みに可愛い女の子の性格が隠れているのだ。



 リーシャは、ふんと鼻をならし、メレルを乗せたリュックを大袈裟に揺らした。


「背負うのは百歩譲っていいとして……、魔術師なら体軽くする魔法とか使えないんですか?重いんですけど」

「わたしは重くない。リーシャが貧弱なだけ」


 ぐでー、っとしたまま、リュックの上から答える銀髪少女。


 リーシャの猫耳が頭の上でぴょこんと跳ね、眉根がぴくりと寄せられた。

 お、あれは相手の言動がちょっと気に障ったときの反応だな。


「ほほう、いい度胸ですね……。わたしが貧弱ですか……!あそこの崖下までぶん投げてやってもいいんですよ!?おまえなんか片手で充分なんですけど!?」

「わたしはニナの命の恩人。そんなことしたらニナが悲しむ……」

「うっ……、ぐぅっ……!」


 意外と口達者なメレルである。

 

 彼女の掌が、むすりと顔をしかめるリーシャの猫耳頭をよしよしと撫でる。


「それに──、今、わたしの魔力はとても枯渇してる。魔法はむやみに使えない。念のため魔力も温存しておきたいし」

「ふん、そうですかっ……。…………ていうか頭撫でないでください!噛みつきますよ!?」

「乗せて運んでくれてることには感謝してる。お礼に、あとで食べ物あげるから。人参と牧草どっちがいい?」

「馬扱いやめてくれませんかね?!」

「じゃあお魚はどう?にゃんこはお魚大好き」

「猫でもない!ていうか、まずわたしを動物扱いすんのやめてください!」


 ぜぇぜぇと肩で息をするリーシャ。

 先程からツッコミのたびにパタパタと動く尻尾が愛らしい。

 ああいうところ、猫そのものなんだけどなぁ。


 思わずクスッと息を漏らしてしまい──、そこをすかさずリーシャの鋭い視線にじろりと睨まれた。

 

「なにニヤニヤしてるんですか、ニナさん……」

「いや、仲良さそうだなって。リーシャに友達ができたみたいで、わたしも嬉しいな」

「ばっ……、な、仲良くなんか……、それに友達なんかじゃ……っ!」


 顔を真っ赤に蒸気して否定するリーシャである。

 こいつほんと可愛いやつだな。



 そんなやりとりの最中──、ふと、メレルががばりと体を起こし、リュックの上から飛び降りた。


 がさり、と彼女の足が落ち葉が踏みしめ、軽やかな音を立てる。


「……?メレル?」


 わたしの問いかけに、彼女の人差し指が、とある方向へと伸ばされた。

 


「──着いた。あれが霊樹」 

「え……?」


 彼女の指差す先──。

 

 森の木々をかきわけるように、一段高くなった丘の上。

 きらきらと輝く朝日を背に、その大樹はわたしたちの前に姿を現したのだった。



********************



「あれがそうですか。なかなか威厳ありますね」

「そうだねぇ」


 わたしは改めてその大樹を見つめる。


 まず、驚くべきはその大きさだ。

 ちょっとした木の幹ほどもある根が放射状に広がり、巨大な大樹の本体を支えている。

 空に向かって伸びる幹は無数に枝葉を伸ばし、まるで風を捕まえようとする網のようだ。

 動物でいうなら、間違いなくこの森のヌシに当たるだろう。

 他の森の木々とは、存在感と風格がまるで異なるのだ。



 ──だが、ふと気づく。

 

 大きく伸び、張り出した枝。

 その枝の先の葉は立ち枯れし、枝の皮もところどころ剥がれ落ちている。

 葉も茶色く汚れ、他の木のように緑の生気を感じられない。


 幹の中心の方は問題なさそうだが──、

 素人目で見ても、明らかに正常な状態とは言い難い姿である。


 なるほど……、これがメレルの言っていた霊樹の危機というやつか。


 当のメレルは前髪を揺らし、その大樹を仰ぎ見る。


「……霊樹は今、濁った悪いマナの毒に侵されてる」

「……濁ったマナ?」

「魔物も濁ったマナから湧いてくる。濁ったマナはそこに住む生物の体調や精神にも影響を与えるし、良くない物。放っておくと周囲の木にも広がっていく」


 なるほど、まさに毒だ。


 濁ったマナがどんどん広がっていくとしたら、それは森の死を意味するだけに止まらない。

 森と人は生活においても一心同体だ。

 いずれわたしたち人間にとっても他人事ではなくなるだろう。

 どうやら彼女はその毒の拡散を防ぎたい、ということらしい。


「えっと……、それでわたしたちはどうすればいいの?」

「この薬を使う」


 メレルはごそごそと懐をあさると、赤い薬の入った瓶を取り出した。

 少々えぐみのある色をしたそれは、瓶の中でちゃぽりと音をたてる。

 

「これは濁ったマナを浄化する魔術薬。わたしと師匠が開発した自信作」

「へぇ、これが……。ていうか、メレルの師匠がいるんだ。会ってみたいな」

「それは無理。今はどこにいるのかすらわからない」

「そ、そうなんだ……」


 気まずい空気が流れる。

 まずい、ちょっと地雷踏んだかも……?


 そう思ったのも束の間。


 メレルは何ごともなかったかのようにてきぱき動くと、リーシャのリュックの中から、一つの頑丈そうな箱を取り出した。


 中身を開くと、鉢植えに植えれられた花が現れた。

 先程のえぐい色をした薬と違い、こちらはふんわりと青白く光っていてとても綺麗だ。


「この花、どこかで……」


 一瞬思考を巡らせ、すぐに思い出した。

 メレルの家の庭に植えられてたものと同じだ。


 彼女は鉢植えを両手で持ち上げ、わたしたちに向き直った。


「これは、さっきの魔術薬を使って育てた花。植えた者の魔力を使って、周囲のマナの濁りを浄化する力がある」


 そっと植木鉢をなでるメレル。

 それを見て、リーシャは、ふむ、と頷いた。


「ほう。つまり霊樹の根元にこれを植えれば、霊樹も元気になるということですね。さしずめこの花は、薬の注射器ということですか」

「そう、正解。リーシャは賢い。とっても意外」

「……馬鹿にしてますよね……?」


 なるほど。

 彼女の家の周りに魔獣が近寄れなかったのはこの花のおかげか。

 花から土壌へ、土壌から霊樹へ。

 仕組みはわからないが、そういう魔術効果なのだろう。

 彼女も、彼女の師匠も、やはりわたしが想像できる以上に優秀な魔術師らしい。

 旅の途中で会うことがあったら、ぜひお話ししてみたいところである。



 メレルは、両手の鉢植えに視線を落とす。

 しばらくそれを見つめたあと、ふぅ、と一つため息をついた。


「でも、この花はたくさん植える必要がある。今までは毎日ずっと、わたしが霊樹の根元にこれを植えてきた。でも、既にわたしの魔力は枯渇寸前。

 だけど、これを含めて……、あと二つ植えれば魔術は完成。霊樹は自力で復活できるくらいに回復する」


 銀髪少女の前髪がさらりと揺れる。

 彼女の琥珀色の瞳が、わたしへと縋るように向けられた。



「良質な魔力を持つニナに、ぜひお願いしたい。

魔力消費も大きいし、魔術師じゃないニナにお願いするのは酷かもしれないけど……。

 ──わたしの代わりに、この花を霊樹に植えて欲しい」

 


 真っ直ぐな視線だ。


 彼女がどれほどの間、この花を繰り返し植えてきたのかはわからない。

 わたしにはその努力は推しはかることはできないし、安易に賞賛するのも失礼だろう。


 普段は無表情に見える彼女の顔。

 だが、その瞳の奥には、彼女がこれに賭ける熱意が見える。

 こんな目を見せられて断る人間にはなりたくないし、何よりわたしが彼女の助けになりたい。


 頑張っている人は、絶対に報われるべきだ。



「いいよ、引き受けた!わたしなんかで良ければ是非手伝わせて欲しいな」


「………っ!ありがとう。……感謝するっ」



 あれ?今、一瞬──。


 おそらく彼女自身すら気づいていないのかもしれない。

 けれどわたしは、はっきりとそれを見た。


 いつもの無表情の仮面。

 一瞬だけ──、ほんの少しの間だけ。

 仮面が剥がれ落ちた、その瞬間の顔。



「……なんだ、ちゃんと笑えるじゃん」

「………?」


 きょとんと首を傾げる銀髪少女。


 すっかりいつもどおりの無表情に戻っているが──、まあレアな彼女がみれたということで。

 記録はわたしの脳内にしっかり保存しておこう。

 あとで思い出してニヤニヤできるやつだ。

 こういうのはわたしの大好物なのだ。



 さて、そんなやりとりを後ろで聞いていたリーシャもやる気になったのだろう。

 身を乗り出してメレルに問いかける。


「あ、あのあの!わたしは何をすればいいですか?」

「あー」


 やる気満々のリーシャに対し、メレルはちょっとだけ申し訳なさそうに眉をひそめた。


「リーシャの魔力は美味しくないので、何もしなくていい」

「うぅ、そんなっ……、ということは、結局わたしは荷物持ちだけですか……」


 がっくりと肩を落とす猫耳少女である。

 そんな彼女の肩にぽんと手を置き、メレルは「そんなことない」と慰めるように優しく声をかけた。


「荷物だけじゃない。わたしも運んで欲しい」

「あなたはいい加減自分で歩いてくださいよ、もうっ」


 霊樹の森に、猫耳少女の悲痛な叫びがこだまするのだった。


 

 


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