6 世界観とストーリーを繋ぐ、敵による誘因「クライシス」
「システム」の次の要素「クライシス」はストーリー上で「危機」という問題を引き起こす主要なワードではあるとは前述したが、前回の記事における「クライシス」とは、ストーリーのタイムライン上で「現在の地点」を指すものとして定義付けていたことを記述し忘れていた。
基本的に「危機」とは現在の地点において発生するものであるが、それが発生する引き金となる出来事はストーリー上では展開しない「過去」のタイムラインで起こるものとなっている。
つまり、ストーリーで起きる「危機」が発生する誘因はストーリー上の「過去」で起きるものなのだ。
以前このブログを一新する前の記事「ストーリーの根幹を成す二つの対立構造」でこのことについて述べたかと思う記憶があるのだが、改めてこの「過去で危機の誘因が起こること」を記述させてもらうことにする。
その記事では以下のような内容を書いていた。
両者の対立はいつ、どのようにして発生するのか?
それは、主人公のいる現在より昔の時代、つまり過去から始まり、敵サイドが主人公の側にいる味方サイドに因縁を吹っ掛ける事件を引き起こすことから発生するのだ。もっと言うと敵サイドが抱く感情の部分、つまり「妬み」や「憎しみ」などの負の感情や、果ては彼らの「生存」の危機や「価値観」などにおける差異、あるいは平和な世界の均衡を「蹂躙」または「支配」しようとする邪念が発端となって、結果的に味方サイドを攻撃するのである。この「因縁」を消化するための果たし合いが現在における対立として表層化していくことになるわけだ。
これらの文章は前回の記事「問題提起する上で使う三つの構成要素」で書いた内容のある部分を詳しく説明していることになるのだが、どの部分かお分かりだろうか?
それは、「社会構造における欠陥や不和」のことを指しており、それが「世界の闇となりうる温床」へと変わる、という部分である。
これがなぜ繋がっているのか、何となく想像できる方もおられるかもしれないが、詳しく説明させて頂く。
主人公にとって敵対者となる存在も初めは世界を危機に陥れるほどの野望や目論みは持ち合わせていなかったはずである。何らかの負の体験をして悪しき方向へと変貌してしまったという経緯があることは読者の方もおそらく理解はできるはずである。
そういった体験をした敵対者はその温床化した「社会の欠陥や不和」を肥大化させ、やがて世界の存亡を左右するほどの均衡の揺らぎ、つまり「危機」を発生させる目論みや陰謀を画策していくことになる。その変貌は現在の地点から始まる作品もあるのだが、多くは過去で何らかのきっかけがあって(その意図や真意が語られないまま目論みだけを描く作品も多い)、それが現在に持ち越される、というパターンを取る。
そういった意味を踏まえてもう一度おさらいすると、敵役が発生するタイミングは「物語の舞台となる現在」と「物語を構成する過去」の二つがある。
「現在」の特徴としては敵役となる登場人物の感情の変化を描きやすい。
デメリットとしては敵の抱く陰謀や計画の規模が現在に収束してしまうため、主人公などの味方サイドへ与える打撃のインパクトやその衝撃的印象が弱い。
「過去」の特徴としては現在における一連の時間の流れを経て陰謀や計画が用意周到に緻密化されているため、いざそれが実行された時のインパクトが大きい。
デメリットとしては陰謀や計画に対する敵役の感情移入が過去から現在へわたって暗黙の了解として維持される設定になるため、いかにしてそのモチベーションを維持してきたか、その内面を具体的に必要なタイミングで描き出すことが難しい。
読者がどちらのパターンを選択しても、「これが正しい」とか「これは間違っている」といったことはない。ご自身が描きやすい方を取れば、そして、ストーリーに辻褄の合った一貫性が成立しているのなら、それが最善だ。
ただ、このブログではのちに「ストーリーの構築」編で「バックグラウンド」というワードを使うことになり、それが意味するものがこの「過去」と深くリンクしていることを後々記述する機会が訪れるので、前述した選択肢のうち後者を詳しく展開していくことにする。それについては後ほど書くタイミングが来た時に執筆させて頂く。今回の記事ではタイトルにもある通り、「その世界において、敵役が危機を引き起こすきっかけが結果的にストーリーという変化を生み出す要因となること」、その意味で「世界観とストーリーを繋ぐ、敵による誘因」がこの「クライシス」であることをもう少し詳しく説明する。
前回解説した「ストーリークエスチョン」こそは「問題提起」であるということを述べたが、それを改めて簡略化して表現すると、ストーリークエスチョンにはこの「問題」(=危機)が必ず含有されている。つまり、ストーリークエスチョンとは「主人公はこのストーリーにおいてどんな問題を解決するのか?それが実現するのか、しないのか?(前回の記事で書いた可か、不可か)」と簡潔に括ることができる。その本質は敵役となる存在が危機を起こすことでその世界における均衡が崩れ、味方と敵に分かれる(一つだったものが二つになる)という意味での「因数分解」であり、やがて主人公の敵役との対峙そして打開によって再び均衡が保たれる(一つに戻る)、ということも、これまでの文脈を読むことで汲み取ることができる。
これらを踏まえてストーリーと呼ばれる「変化」が発生するタイミングとは、「敵が危機を起こした時」という定義に持っていくことが可能になる。そう言述する所以はこれまでの記事の文脈を読みかえしてもらえれば、恐らくご理解頂けると思う。
こういった、「ストーリー」=「変化」=「因数分解」=「危機の発生」という一連のプロセスまで来てここで新たな意味を含めて改めて強調したいことがある。
ストーリーの代名詞ともなる「変化」、つまり「問題」となる「危機の発生」には必ずそれが引き起こされるための「土台」つまり「環境」、分かりやすく換言すると「世界観」に何らかの「欠陥や不和」が必要である、ということは述べたが、そのきっかけを起こす出来事、つまりアクシデントやハプニングと呼ばれるものは、敵が世界に対して目論みや陰謀などの意図を画策する要因となりえるように、その敵役にとって一つの目的、あるいは到達点として設定する必要がある、ということである。つまり、敵役にとってメリットとなること、利益や利害において有益となることが前提条件となる、ということである。その目的が実現することで敵が何かしら得るものがあることを設定し、それが世界にとって危機となりえるように設定することである。
敵は何のメリットもなく単に世界を危機に陥れようとは考えないはずだ。そこに何らかの得たい事柄やモノ、到達点などが存在して初めてその均衡を崩そうとするはずだ。例えばの話、人類が必要とするエネルギー資源を独占し、力を得ることでその社会全体を危機や紛争に誤導させる、といったように。ということは、敵役にとって「得たいと思っている何かしらの事柄」を目的として設定する必要が生じる、ということになる。筆者がよく使う創作方法の最初の段階として、ストーリーのタイムライン上における過去で、敵が目論みを抱くきっかけとなる出来事(これを「バックグラウンド」と定義している)を作り、そこから発展させて敵の目論み、つまり、敵役にとって目的となるものを先に設定する。こうすれば、危機という問題提起が起こされる形になり、その段階ですでに「ストーリークエスチョン」を設定できたことになる。筆者の場合は諸々の構成要素の背景にある前提条件をあぶり出して、そうした「はじめに必要な一番根幹的な骨組み」を設定している。
それに関してはさておき、結論として言いたいことは、敵役にとってのメリットが生じるためには、その「欠陥や不和」が、敵を「得たいものを得る」という心理状態にするための出来事になっているか、ということである。敵にも存在する意味、もっと的確に言うと「登場することになった役目や役割」を明確にしないと、「なぜ、彼は世界を滅ぼしたいのだろう?」という見解を読者に与えてしまうからだ。まとめると、敵役には危機を起こしたが所以の「目的」が存在する、ということだ。
だが、この「目的」というものは敵役だけに当てはまるわけではない。全ての登場人物に当てはまることである。その中で最たる重要性を秘めているのが、言わずもがな「主人公」である。その「主人公」は敵が起こした「危機」を解決していく役割を担っている。それこそが次へと繋がる「ソリューション」である。
ここで意味する「ソリューション」は単に主人公という存在に当てはめた代名詞ではなく、主人公が問題を解決するための「手段」として機能する何らかのモノやコトなどを表現したワードである。
次回はその「ソリューション」について解説していく。




