沈んだ太陽と煙草
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↑こちら同一人物の話となります。良ければぜひ
太陽みたいな幼馴染がいる。
馬鹿みたいに明るくて、本当に馬鹿で、優しくて、親切で、あったかい人。
家が隣で、幼稚園も小中高も同じで。
『おれはひとみこのことすきだぞ?』
私を嫌った男の子が悪口を言っても、本心から肯定してくれた。
『瞳子は頑張ってるじゃん』
委員長になって空回りして、失敗して、泣いていた時、慰めてくれた。
『おかえり瞳子』
ブラック企業に勤めて、心身共に病んでしまった時だってあった。酷いことだって言った。忙しいくせに、下手なくせに、料理を作って待っていてくれた。
『なぁ瞳子!』
ずっと支えてくれた。お互いずっと側にいた。家族“のよう”に思っていた。
……そんな幼馴染が天涯孤独になった。
『おとーさんも、おかーさんも、もうあえないんだって』
ご両親は陽太が小さい頃に交通事故で亡くなって、おばあちゃんと二人で住んでいた。とても優しい人で、私のことももう一人の孫のように扱ってくれた。
そして、そのおばあちゃんが、老衰で亡くなってしまった。晩年は認知症もあって、施設で過ごしていた。
思えばその頃から陽太は一人であったのだけれど、もう一生会えないのと、離れて暮らすのでは、全く違う。
お葬式も精進落としも終えて、家に戻ってきて、ひと段落ついた所だった。
「陽太」
「……」
「陽太。ねえ陽太ってば」
「え、あ、悪い瞳子。葬式のことなら……」
「陽太、もう終わったよ」
「そうだった……ごめん」
いつもとは全然違う、暗い顔。それでも無理して、いつも通りにしようとして。余計酷くなっている。
私達は結局、家族”のよう“な関係なのだ。
いくら寄り添おうとしても、所詮は他人。陽太はひとりぼっちだ。このままじゃ、ずっと。
「ねえ、陽太」
「ん?」
気がついたら、この言葉を溢していた。
「家族になろう」
ふと我に返って口に手を当てた。
私、今、なんて言ったの?
「どう……や……って」
「え。け、結婚……するとか?」
「……俺たち、結婚するのか?」
「う、うん……」
自分が自分じゃないようだった。
けど、それもまた好都合で。もう、陽太をひとりぼっちにさせなければ、どうでもよかった。
「……結婚すれば、陽太は一人じゃないでしょ」
「うん。いい……のか?」
「いつも一緒にいたじゃん。幼馴染から夫婦に変わるだけだよ」
何も変わらない。ただ、側にいる理由ができただけ。それだけ。
「っありがどう……」
おばあちゃんが亡くなってから初めて、陽太は泣いた。私も、少しだけ泣いた。
泣き止んだら、陽太の顔は酷く腫れてて、笑ってしまった。
「陽太、精進落としで全然食べてなかったでしょ。お腹空いてない?」
「瞳子もだろ」
「そうだね。私もお腹空いたや。何か食べたいものある?」
陽太は腕を組んで首を傾げた後、閃いたように立ち上がる。
「俺瞳子のクッ」
「キーは時間かかるから却下。当たり前でしょ?」
「えーー。じゃあご飯と味噌汁食べたい」
「えーとお味噌汁の具は……」
冷蔵庫の中はほぼ空っぽ。幸いなことに、棚の上に乾燥ワカメを見つけた。
「てか作れんの? 冷蔵庫空っぽだったはず……」
「お米と味噌はあるし、今乾燥ワカメを発見した」
「おーワカメ! 某一家の次女!」
いつもみたいに馬鹿なこと言えるくらいには調子が戻ってきたらしい。少しホッとしながら、台所に立った。
大人になって働き始めてからは、めっきり減ってしまったけれど、昔は毎日のように陽太の家の台所に立っていた。おばあちゃんが足を悪くしてしまって。私も役に立ちたくて。
「確か、お鍋はここ」
コトコトと音を立てる鍋が、酷く懐かしく感じた。冷蔵庫にかろうじて残っていた野菜を炒めている間に、お米も炊けたらしい。早炊き機能に感謝。
「はい、おまちどうさま」
「おーうまそー!」
「クッキーはまた今度焼いてあげるよ」
そういえば陽太の好物だったことを思い出した。久しく焼いてないけれど、おかしいほど大量に作っていたせいか、まだレシピを覚えている。
「よっしゃー。じゃあ……いただきます」
「いただきます」
手を合わせて、箸を持って、お茶碗を持って。3人でご飯を食べていたあの頃と何も変わらなかった。
「なあひほみこ」
「コラ。ものを口に入れたまま喋らないの」
「どこに住むんだ? これから」
「あ、そっか。結婚するんだもんね」
味噌汁を啜りながら考える。今更ながら、二十代半ばで、しかも陽太と結婚することにちょっと驚きながら。
「うーん。流石にここは古いし、とりあえず賃貸にでも引っ越す? 私も今の部屋解約するから」
「というかここどうしよう」
「相続問題も追々考えなきゃね」
もぐもぐパクパクと、ご飯を食べながらあーでもないこーでもないと話して。
「ご馳走様でした!」
「お粗末様でした」
なんだか、収まるところに収まった気もしなくなかった。
その後も悩んで、二人で住むのにちょうどいいところに引っ越した。
「じゃあ、おやすみ陽太」
「おやすみ瞳子ぉ……ぐががが」
気がつけば交際0日。恋愛感情を感じることもないまま、結婚していた。喪中だからと結婚式を挙げることもせず。普通に暮らしていた。
「ん……あれ?」
真夜中。ふと目が覚めると、隣に陽太がいなかった。
トイレかな……そう思ったけれど、どうにも胸騒ぎがする。カーディガンを羽織って、リビングに向かうも、いない。
「陽……太……」
ベランダに人影があった。陽太は遠くを見ながら、柵にもたれかかって、煙草を吸っていた。
「瞳子……」
私を見ると酷く驚いた顔をして、下を向いて顔を顰める。まるで見られたくなかったような仕草だ。
「いつから、吸ってたの?」
「ばあちゃんが死んでから、かな。なんとなく」
「全然気づかなかった」
「気が向いた時に、たまにだったから」
「そう」
お互いに怒ってるわけでも、悲しんでいるわけでもなく、ただただ、淡々と、言葉は紡がれていく。
「煙草って、一本で寿命が五分三十秒短くなるんだって」
「うん、聞いたことある」
「俺、もう一人になりたくないんだ……もう。……自分勝手でごめん」
幼い頃、陽太は弱くて泣き虫だった。ご両親が亡くなったばっかりだったからかもしれない。いつも私について回って、一人でいることを嫌がった。けれどいつの間にか、そんな陽太はいなくなっていて。
「そっか」
いなくなってなんてなかったのだ。ずっといた。あの時、一人にしないで本当によかった。
「ねえ陽太」
「ん?」
「私は、陽太を置いて逝かないよ」
「……俺が百年生きても?」
そんなの、答えは決まってた。
「陽太が百年生きるなら、私は百年と四十九日生きるよ」
私はきっと、陽太を愛している。これが恋や愛と言わずになんというのか。
*
昔、父さんが仕事から帰ってくると、いつも少し煙の匂いがした。
『あなた、たばこはやめてって言ってるでしょ!』
『……いや、仕事の付き合いで断れなくってさ』
母さんはそれを怒って、叱られた父さんは弱ったように首を掻いていた。
『タバコを吸うと、一本で寿命が五分三十秒短くなるらしいのよ。テレビで聞いたんだから』
『次から断れるように頑張るよ』
『陽太のためにも長生きしなきゃ』
『そうだな』
俺が、おかえりと言ってしがみつけば父さんはだき抱えてくれて。
ご飯の前に陽太と一緒にお風呂入ってきて、と母さんは言うのだった。
『陽太、大好きだぞ』
『おれもおとうさんすき!』
『あら、お母さんだってそうよ。ほら、早くお風呂入ってきて』
そんな、古い夢を見た…….
*