21・親父娘の乙女心は大混乱(2)
あの時の明さんの笑顔がモヤモヤする。
「特別じゃなくても、俺以外にもあんな顔見せるんだ…」
「咲、心の声漏れてる。
そんなに不安なら、自分で聞けば? ほら、スマホならそこに転がってるわよ」
不安? このモヤモヤが?
「久しぶりに見た彼氏がいつもとは違う格好で、知らない女の人と二人っきり。
しかも、美人でスタイルバツグン。
何だろね~?」
「面白がるなよなぁ」
ニマニマしているミオの鼻を強めに挟んで、お猪口の冷酒を一気に煽った。
「面白がるでしょう」
隣に座ってるクマの縫いぐるみのアキラさんに抱きついた。
「面白くない、ぜ~んぜん、面白くない!
特別ってなんなんだよ! 知らない女に、あんなにヘラヘラしちゃってさ。
明さん、本当に俺のこと特別って思ってくれてるのか? ってか、何? あのスーツ。
いつものタクシーの制服のほうが似合うし、あの頭だって顔だって、俺が綺麗にしてんじゃん!
俺が綺麗にした外面で、なんで他の女と会うんだよ。
ちくしょう、カッコよかった! めちゃくちゃ、カッコよかった! でも、なんで隣が俺じゃないわけ?!」
縫いぐるみのアキラさんは答えてくれない。
「あのさ、女性としての自分に自信がないのはしょうがないと思うけどさ、お相手は年頃の男性なわけよ。
一史なんか性欲の塊の時期を、手だけ繋いで我慢していたわけだ」
怒るわけでもなく、ミオは自分の分を取り分けると、冷ましながら食べ始めた。
「あんなんでも、一応、自分の欲望より咲の気持ちを優先してくれていたわけじゃん。
そこは、称賛に価するとおもうよ。
まぁ、当たり前のことだけどね。
咲は、そんな一史の優しさに胡坐をかいてたわけだ」
ミオの言葉に、酒を呑む手が止まった。
「まったく、気が付いてなかったわけじゃないし、まぁ、そっちの知識は一応あるし」
そこまでお子様じゃないし。
「でも、そういう気持ちになれないっていうか、怖いっていうか… こんな俺が性的対象になるっていうのが信じられないっていうか… まぁ、店の先輩にも突っ込まれたけどさ」
そう、そこだ。
もう少し、女らしい体系だったら、もっとこう… そういう雰囲気になっても、殴ったり蹴ったりして逃げ出さなかったんじゃないかと思う。
でもきっと…
「そこまでの感情が湧かなかったんだろうな。
合コンやナンパに行ったって分かっても、何とも思わなかったんだから」
そうなんだ、何とも思わなかった。
ただ、後輩の胸を触ったことは頭に来た。
それは浮気に対しての怒りじゃなくて、可愛い後輩を襲おうとしたことに対しての純粋な怒りだろうな。
「工藤さんにも?」
優しく聞かれて、思い出した。
あの女の人と二人でいた明さんを。
思い出して、一度落ち着いた気持ちがまたグチャグチャし始めた。
しかも、一気に。
「俺、明さんの特別になったんだよな? なら、こんな気持になっても、それを言葉にしてもいいんだよな? ってか、なんだこれ…」
涙… 俺、泣いてる。
「あらららら~咲、どうしちゃったのよ? ほら、ティッシュ」
驚いた声を上げて、ミオがティッシュを数枚取って俺の鼻を強くつまんだ。
「聞けばよかったぁ! …聞けなかったけどぉ! 喫茶店を出る前に、明さんに聞けば済むことだけど、怖くて聞けなかった!」
呑んだ分だけ、涙が出ている気がする。
止まらない。
「まだお猪口、二杯だよね? 悪酔いどころの話じゃないけど… 咲? ちょっと大丈夫?」
オロオロしながら、ミオが優しく俺の背中をさすってくれた。
「大丈夫じゃない! だってさ、もう特別じゃないって言われたら? 仕事ばっか優先するから飽きられたかな? いい年して、手をつなぐだけで満足してちゃダメか? やっぱり、胸ないとダメか? 胸って、大きくするのは明さんに揉んでもらえばいいのか? その前に、もう飽きられちゃってたら? … 俺、どうなっちゃうんだよ? どうすればいいんだよー!」
こんな気持初めて過ぎて、自分がわからない。
分からないけど、涙が止まらない。
その涙は、抱きしめた縫いぐるみの明さんが全部吸収してくれた。
「アキラさ~ん」
この日、俺は恋愛で初めて大泣きして、そのまま縫いぐるみのクマを抱きしめてソファで寝落ちしたらしい。
起きたら、布団が掛けられていた。
夕飯の後片付けは綺麗にされていて、代わりに朝食代わりの菓子パンが置かれていた。
その横に『睡眠と食事はしっかり取ること』って、ミオのメモが添えられていて、ありがたくそれを 食べて、仕事に向かうも… 頭痛が酷かった。
酒のせいじゃない、泣きすぎだ。
目も腫れていたし。
まぁ… とりあえず、仕事はこなした。