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賞金稼ぎのフェアディ・ドーラン

 賢吾は驚きに目を見開いた。この絶体絶命のタイミングで、まさか助けが来るとは思ってもみなかった。


 見下ろしてくる男はかなり背が高く、筋肉質で均整の取れた身体の上に造作の整った甘いマスクが乗っかっていた。麦藁みたいな髪の毛を肩まで伸ばして、顎には無精ひげを生やしており、カウボーイのような服に身を包んでいた。


「お前は、民間人なのか?」

「え……、は……?」

「人質か、それとも仲間割れかって聞いてるんだぜ」

「民間人だ! こいつらに捕まった。そこで縛られている女の子も……。頼む、助けてくれ」

「ここらじゃ見ない顔だな。わかった、今、縄を切ってやるからじっとしていろ」


 そう言うと男は、地面に膝をついて賢吾の縄をナイフで切ってくれた。賢吾は礼を言う間も惜しんで、すぐさま晶の方へ駆け寄る。彼女はまだグッタリしたままだったが、戦いに巻き込まれてはおらず、無事だった。


「そっちの彼女の縄も切ろう」

「頼む。……ぐぅっ!」

「痛そうだな。怪我をしているのか」

「ああ……」

「なら、その子は私が引き受けよう」


 賢吾はすぐに返事をすることができなかった。その迷いを見てか、男がフッと笑う。


「悪いようにはしないさ。こんなところで彼女共々倒れられちゃ運ぶのに人手がかかって困るんでな」

「じゃあ、任せる。……ありがとう」


 男はニッと笑って頷くと、晶の縄を解いて横抱きにかかえ上げた。周囲ではもう戦いの音は止んでおり、賢吾たちを苦しめた盗賊たちが続々と縄で縛られていく。


「なぁ、あんたはいったい……」

「私はフェアディ。フェアディ・ドーランだ。まあ、暴力的なことを生業としている何でも屋と言ったところかな」

「それは……賞金稼ぎ的な?」

「それも私の仕事だ。今回はこのあたりを根城にしている盗賊団退治さ。妙なところに居合わせたものだが……、お前たち、幸運だったな?」

「ああ。おかげで助かった」


 荒くれ稼業に身をやつしているにしては、フェアディという男には上品さがあった。盗賊団を壊滅させた男たちは、いかにも傭兵らしく不揃いな鎧姿で、これではどっちが盗賊かわかりゃしないなと賢吾は思った。


 そんな男たちの中で唯一鎧を身に着けていないフェアディは、やはり彼らのリーダーなのだろう。フェアディが男たちに労いの言葉をかけたり、さらなる指示を与えたりしているのを見ながら、賢吾はそう判断した。


「おっと、すまんすまん。お前たちの面倒も見なくちゃだったな。とにかく野営地まで戻るから、ついて来い。怪我の手当てもしたい。お前、名前は?」

「俺は賢吾。賞金稼ぎってことは、あんたは腕が立ちそうだな。ここまでこうやって乗り込んでくるんだし」


 普通はしないもんだろう? と素直に感心する賢吾。フェアディは何のてらいもなく頷いてみせた。


「そりゃ、まぁな。こいつらをまとめ上げるにも腕っぷしが必要さ。そして頭もね。さぁ、とにかく今は下山することだけを考えてくれ。もうすぐ日が暮れてしまうからな。ここの後始末は、副団長に任せてある」


 そう言うと、フェアディは大股で進み始めた。洞窟の外はすぐに斜面になっている。だが、フェアディはそこを下るのではなく、上り始めた。


「お、おい、下山するんじゃなかったのか」

「そうとも。道はこっちだ」

「ちょっと待ってくれ、俺達の荷物がまだ置きっぱなしなんだよ。だから取りに行けないか?」

「どこに」

「……山の、どこかだ」

「じゃあ、諦めろ」

「簡単に言うなよ。俺たちは、あれがないと困るんだよ」


 賢吾はフェアディにそう、訴えた。彼には言えないが、地球から持ってきた荷物は、帰るためにも必要かもしれなかったからだ。それに、旅支度はすべてあの中にあり、これからかなりの時間をこの世界で過ごすことになるのなら、やはり手元に持っておきたかった。


 置いてきた荷物は賢吾たちを助けてくれる便利な道具であると同時に、心の寄り処でもあった。あの中には美智子から貰った物も入っているのだ。


 フェアディは顔をしかめ、少し考えるそぶりをしたが、やはり首を横に振った。


「すぐに日が暮れると言っただろう。探すのなら明日、団員に手伝わせる。今はとにかく山を下りて治療しよう。彼女のためにもそうするほうがいい」

「わかった。確かに山は日が暮れると危ないからな」


 山遊びの経験がある賢吾は、山の怖さを知っていた。というより、必死になるあまりそれを失念していたと言ったほうが正しい。都会での生活に慣れきっていたことも手伝って、その恐ろしさから遠ざかっていたのだ。


 もうすでに松明がないと自分の足元すら危うい暗さだった。木々の影に隠れて月の輝きが弱い。フェアディと仲間たちについて斜面を登りきると、そこには(なら)された道があった。


 道の端にある篝火台に松明が設置され、辺りは明るかった。山の中だというのに幌付きの馬車が三台も停まっている。鎧姿の男たちが荷物を積み込んだり下ろしたり、何だか騒々しい雰囲気だ。


「これは?」

「あの盗賊団が作った道さ。近隣の街や通りかかる馬車を襲うのに、彼らもまた馬や馬車を使うんだ。隠されていたこの道を見つけるのが大変だった」

「そういうことか。でも、なんで荷物を下ろしてるんだ?」

「逮捕した連中を突き出すにも、もう夜だからな。今夜は副団長と何人かにあの場所で見張りをさせるんだ。飯やなんかも運んでやらないといけない」

「そうか」


 賢吾は馬車に乗せられ、晶は荷台に寝かされた。一緒に乗り込む男たちは好奇の目を向けてはくるものの、特に何も言ってこない。彼らのテリトリーを侵しているようで、賢吾は居心地の悪い思いをしながら馬車に揺られた。


 ある程度道を進んでいくと、平地に出た。山を降りたのだろう。そのまま街か村に行くのかと思いきや、馬車はほんの少し先にある、天幕が張られた野営地で止まった。


「さぁ、中に彼女を寝かせろ。それで、お前は手当だ、ケンゴ」


 一番大きなテントの中に誘われた賢吾は、布のベッドに晶を寝かせた後、フェアディから治療を受けた。骨が折れていないか、筋を痛めていないか、フェアディはじっくり調べていく。


「ところで、なんであんな場所にいたんだ、ケンゴ」

「それは……説明をしづらいな。迷い込んだというか、放り出されたというか……」


 打撲や擦過傷に薬を塗りつつフェアディが聞く。


「人買いか? お前たち、この辺りの出じゃないだろ。連れの女は妻か? 妹か?」

「…………」

「まぁ、喋りたくないなら無理に喋る必要もないさ」


 自分たちの情報をあまりペラペラと話したくなかった賢吾は、フェアディがすぐに引いてくれたことにホッとした。逆に、自分からもフェアディに質問してみる。


「なぁ、ここらへんは、どこなんだ?」

()の北、グレーイッシュ渓谷の南さ。その中でもサヴォイ湿地帯の端の端、辛うじて人間の住めるソルブレン公国だよ、ここは」

「は……?」


 ソの国? 渓谷?

 湿地帯に、ソルブレン公国?


 いったい何のことだかサッパリわからなかった。そんな賢吾にフェアディは湯気の立つマグカップを押し付けてくる。


「ほら、とりあえずこれを飲んで身体を休めろ。元気の出る成分を配合してあるから、今はまず栄養を摂れ」

「ああ……どうも」


 混乱の中、出された温かいお茶を飲み、身体も心も温まる賢吾。しかし、この後のまさかの展開を、賢吾は予想することなんてできなかった。

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