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ちょっとだけセンチメンタル

「めっちゃウマそう! すげー!」


 大猪を倒した礼にと、村から振る舞われたごちそうを前に流が叫ぶ。あの猪ではなかったが、猪の炙り肉に蒸し鶏のサラダ、野菜がゴロゴロ入ったスープ、ピクルスにほかほかのパンなど、素朴ながら美味しそうなメニューだ。


「ふたりとも、好きなだけ食べて。ミチコには私が取り分けよう」

「やっほ〜、いただきま〜す!」

「ありがとうございます、カイヤさん」

「遠慮しないでくれ。ひとりきりでない食事は久しぶりなんだ。ふたりが来てくれて、私も楽しいよ」


 急に押しかけた形になったのに、カイヤはとても嬉しそうで会話も弾んだ。


「へ~! カイヤ以外にも、オレたちみたいな地球人に会った奴がいるんだ!」

「ああ。通りすがりの私と違って、一緒に生活していた期間も長いようだったし、責任感の強い男だからね。彼なら何か知っているかもしれない」

「確かに、詳しい話が聞けたら、帰る方法もわかるかもしれないわね。けど……」


 美智子はそこまでの道のりを考えて少し暗い気分になった。


(賢ちゃんたちを見つけてもらうにも、異世界人の話を聞くにも、大聖堂に行かなくちゃいけない。でも、この足じゃ……)


 あの森からここまでは、”藍の草原”というだけあって、ほぼ平坦な道のりだった。だが、くじいた足はどんどん痛みを増しつつある。もしかしたら、明日は歩けないほどにひどくなるかもしれない。


 もし歩けたとしても、かなり時間がかかるだろうし、何日かかるかわからない。悪化してしまえばその場でまた足留めだ。


 カイヤは大聖堂まで一緒に行こうと言ってくれているが、仕事もあるのに長い間彼を拘束するなんてとてもできないと美智子は思っていた。


(どうしよう。我慢して大聖堂まで行くべきかしら……。それとも、流クンとカイヤさんだけで行ってもらうべき?)


 流とカイヤで大聖堂に行けば、時間を無駄にしなくて済む。でも、まったく見知らぬ土地で頼れる相手もなく、しかも怪我をしている状態というのは、あまりにも危険で不安だった。


 カイヤは悪い人間ではないかもしれないが、他の現地人もそうとは限らない。ひとりきりで取り残されるのは怖い……。


 そんな美智子の考えを読んだかのように、カイヤが言った。


「大聖堂までは乗り合い馬車で行こう、ミチコ。田舎道ではあるけど、交通の便はあるんだ。何と言っても、大聖堂はアウストラルで一、二を争う観光名所だからね」

「へ~。でも馬車ってめっちゃ揺れそう」

「もう、流クン! ありがとうございます、カイヤさん。でも、本当にいいの? 私たち、ここのお金なんて持ってないし。何か差し上げられるものがあればいいんだけど」


 何をするにもお金はかかる。たとえ乗り合い馬車を使わなくても、食べ物や薬だって無料(タダ)ではないのだ。


 この世界の通貨を持たない美智子たちにできることは、どうにかしてお金を稼ぐか、持ち物を売ることくらいだ。自分たちの持ち物の中にカイヤが欲しい物があるなら、それが何であれ、美智子は譲り渡すつもりだった。


「気にしなくていいよ、ミチコ。私が友人に会いに行くついでなんだから。それに、さっきの巨大猪を村が買い取りたいと言ってるんだ。それがきっと交通費になってくれるさ」

「それなら、いいんですけど」

「ったく、美智子ちゃんは心配性だなぁ。だいじょぶ、だいじょぶ。何とかなるって!」

「貴方が心配しなさすぎなのよ、流クン!」

「まぁまぁ、ミチコ。そんなに怒らずに」


 カイヤが庇ってくれる後ろで、流は悪びれなくペロリと舌を出した。


「流クン!」

「え、なになに? オレの顔に何かついてる?」

「……私の足が治ったら、絶対! 往復ビンタしてあげるからね!」

「ひえっ……」

「ミ、ミチコ……落ち着いて……」


 と、美智子が大噴火した一幕もあったが、それも食後の甘いパンプキンパイのおかげで大分機嫌は直った。


 その後美智子はカイヤの寝室に案内されて、すぐに休むことになった。お湯を貸してもらい、身体を拭いて着替えると、ホッとする。気づかない間にかなり緊張していたようだ。


 寝る前にはもう一度、湿布を貼り替えにカイヤが来てくれた。流も一緒だったが、特に役には立たなかった。


 なんのために来たのかと美智子は呆れていたが、部屋を出ていくとき、流が美智子にコッソリ耳打ちしてきた。


「今夜は、オレがちゃんとカイヤのこと見張っとくからさ、美智子ちゃんは安心して寝てくれよな!」

「流クン、貴方まさかそれを言うためだけに来たんじゃ……」


 流は無言で親指を立てると、ニッと笑ってドアを閉めた。


「ウソでしょ……」


 まさかの観点だったが、確かに、絶対にあり得ないとは言い切れない。警戒心を持つことは大切なことだ。


「いやでも、カイヤさんに限って……。ねぇ……」


 痛み止めを飲み、温かい毛布にくるまりながら考えるのは、やはり恋人の賢吾のことだった。不安なときだからこそ側にいてほしい。この世界に一緒に飛ばされたのが流ではなく賢吾だったら、親切にしてくれたひとに疑惑の目を向けなくて済んだのに。


 流も流なりに頑張ってくれてはいるが、安心の程度で言えばいまひとつだ。カイヤの豹変を心配している彼だって、いつオオカミになって襲いかかってくるかもわからない。手放しで信頼できるほど、流とは親しくないのだ。


 たかが一日、旅先で一緒になって行動しただけの間柄だ。確かに、力を合わせてピンチを乗り越えはしたけれど。それだけの関係だ。


(賢ちゃん、無事でいるかな。まさか私たちだけ飛ばされたわけじゃないと思うし……。早く会えるといいな)


 染み込んだ疲れが美智子のまぶたを重くする。不安と痛みはやがてまどろみの中に消えていった。そしてその頃、賢吾たちはというと、とんでもないピンチに陥っていたのだった。

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