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カイヤの家へ

 カイヤの言うとおり、村まではすぐだった。藁ぶきの屋根が見えてくると、ようやく人間のテリトリーまで来ることができたのだと実感して、美智子はホッとひと息ついた。


「やったーー! は~~、マジ怖かった! 途中でまた襲われるんじゃないかと思ってさ~。ね、美智子ちゃん?」

「ちょっと、急に耳元で叫ばないでよ」


 しかめっ面をする美智子だったが、すぐに笑顔になって流に向き直った。


「ここまで肩を貸してくれてありがとね。流クン」

「こっちこそ。猪やべーとき、助けようとしてくれてサンキュ。足だいじょぶ?」

「さぁ……? 今夜次第かしらね」

「カイヤさ~ん、夕飯なに? うまいもん食いたいオレ。あと、お風呂ある?」

「……ほんっと、反省してないわね、君」


 三人の姿に気づいた村人たちがやってきて、猪と荷物は台車に載せて、美智子はカイヤの腕に抱かれて運ばれることになった。


「すまないけど、ちょっとの間我慢してほしい」

「いえ……こちらこそ、お世話になります」


 抱き上げられて緊張している美智子に、カイヤは優しく言葉をかける。カイヤが寝泊まりしているこじんまりした借家は、生活感がありながらもよく片付いた、居心地の良い場所だった。


「ミチコ、薬箱を借りてくるから、待っていてくれ」

「オレも行く〜。ってか腹減ってきちゃった」

「急ではあるけど、用意してくれるはずさ。ちょうど今から夕飯の支度するみたいだしね。足りなかったら干し肉でも炙ろう」

「肉なら何でもいいや」


 流とカイヤはそんなやり取りをしながら、笑い合っている。家を出ていくふたりの背中を見送って、美智子は深くため息をついた。


(今回、キャリーケースが手元にあって良かったわ。着替えも、痛み止めも、歯ブラシもあるし)


 美智子は化粧ポーチに入れてあった痛み止めの錠剤を確認し、元に戻した。寝る前にこれを飲めば、今夜は眠れるだろう。


(でも、四回分しかない。今夜飲んだら三回分になっちゃう。捻挫が治るわけじゃないし、もしかしたら、足が良くなるまで静養しなきゃいけなくなるかもしれないのよね。どうしよう)


 美智子の心は沈んだ。薬があるだけ恵まれているのかもしれないが、いきなりこんな場所に投げ出され、賢吾とも離れ離れで、不安にならないほうがおかしい。


 どうなっているのか、これからどうなるのかもわからないのに、ラッキーなことだけを頭に留めて、前向きにだなんてできやしない。


 しかも一緒にいるのは、よりにもよって頼りにならない年下の男子高校生だ。


「……あの子、本当に呑気よねぇ」

「ただいま! 美智子ちゃん、村長さんが夕飯ごちそうしてくれるってさ! 肉が食える〜! いぇ〜い!」

「…………そう、よかったわね」


 現れた流は、悩みなんてひとつもなさそうな満面の笑みで、美智子は深く深くため息をついたのだった。





 戻ってきたカイヤはすぐさま美智子の手当に移った。魔術での治療ができないので、古くからこの地方に伝わる薬草で湿布する民間療法だ。


「じゃあ、薬を塗るよ。冷たいからね」

「はい……つめたっ!」

「包帯を巻くけど、あまり動かさないように。今日はお湯で身体を軽く拭くだけにしたほうがいい。また寝る前に薬を取り替えるから、声をかけてくれ」

「わかりました。ありがとうございます」

「どういたしまして」


 美智子の包帯を巻き終えると、カイヤは寝室に着替えに行ってしまった。入れ違いに流がやってきて、近くの椅子に行儀悪く腰掛ける。


「あのさ、美智子ちゃん。今夜のことだけど、カイヤのベッド使ってドウゾ、だってさ。この家狭いから、ベッドひとつしかないんだってよ」

「ええっ! それはありがたいけど、なんか申し訳ないわ。ここまで良くしてもらってるのに」

「でも、変なとこで寝ると具合悪くならねぇ?」

「それはそうかもしれないけど……」


 逆にどうしてこの男はすべての親切を平然と、それが当然のものとして受け入れられるのか、美智子にはそっちのほうがわからない。もう一度お説教が必要かもしれない。


「貴方ねぇ」

「あとさ、こっちで人探しするなら、聖堂騎士に見つけてもらうのが早いってさ。聖堂には色んな情報が入ってくるし、オレたちみたいに困ってる人間を受け入れるのも仕事なんだってさ。だから、あんま気にしなくていいって」


 流はニカッと笑って続けた。


「せっかく助けてもらったのにそんな顔するほうが失礼じゃね? 顔のシワ、戻んなくなるぜ?」

「今度はビンタされたいのかしら? 何も反省してないわね?」

「こえ〜〜!」

「流クン!?」

「まぁまぁミチコ、落ち着いて。興奮すると良くない」

「カイヤさん」


 ちょうどいいタイミングでカイヤが戻ってきた。鎧を脱いだカイヤはシンプルな生成りのシャツに濃茶のスラックス、ショートブーツと清潔感のあるラフなスタイルだ。


「ナガレも。ちゃんと謝ろう」

「へへへ……ゴメンナサイ」

「まったくもう」


 わりと本気で爆発しそうだった美智子だが、カイヤのとりなしを受け入れて一時休戦することにした。


 お腹が空いてきたこともあるし、流相手にムキになるのもバカバカしい。そう自分を納得させる。


「そうだ、ナガレからお茶を受け取ったかい?」

「もらってないわ」

「やっべ、忘れてた!」


 カイヤの言葉に、流が応接間を飛び出してキッチンに駆け込んでいく。


「……そのようだね」

「まったく!」

「じゃあ、一服していてくれ。私は夕飯を受け取ってくるよ。食べながら、さっきの話の続きをしよう」


 カイヤはそう言って微笑んだ。

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