エピローグ 光に包まれて
六人が慌てて外に飛び出すと、ちょうどプールのある辺りに勢いよく音を立てて水柱が噴き上がっていた。日の光に水の粒がキラキラときらめき、小さく虹がかかっている。
「水路が……蘇っていく……」
泉から湧き出た水は二本の水路を通じて辺り一帯に運ばれていく。荒野の乾ききった空気が少し和らいだ気がした。しゃがみこみ、水路に指を差し入れる晶の横で、賢吾と美智子は水柱を眺めていた。
「お、おお……これこそまさにファンタジーって感じだな」
「そうね。でも、この後ってどうなっちゃうのかしら?」
空だった泉が満たされるのは良いのだが、そうなったところで果たしてどうなるのか。ふたりにはまるで予想がつかない。目許を潤ませた晶が立ち上がり、微笑みながら少しかすれた声で言う。
「ここは、私が初めて呼ばれた場所です。そして、私と流はここから元の世界に戻りました。だから、きっとここから帰れるはずです」
流もその横に立ち、輝く宝珠を日に透かしながらつぶやく。
「そうなんだよなぁ。これも別に持って帰るつもりなかったのに勝手にあったやつだし」
「……これは、ここに置いて帰ったほうがいいわよね。今度こそ」
「そうだよなぁ」
そうこぼしつつ、流はその宝珠をプールにぽちゃんと落とした。
「あっ!」
「えっ?」
「ちょっと、あんたなにやってんのよ!」
すかさず美智子のグーパンチが流の腹に直撃する。
「ぐ……えぇっ……」
「な、流……!」
体をくの字に折る流に、美智子はさらに追い打ちをかける。
「それは置いて行くんじゃなくて、どう考えても捨ててるわよねぇ!?」
「いや、ちょっ、まっ、痛い痛い! こ、これが一番正しいと思ったんだよ〜〜〜!」
「だからってね〜〜!」
流の背中をバシバシ叩く美智子を賢吾が羽交い締めにして取り押さえる。
「落ち着け美智子。必要なら取りに潜らせればいいだけだろ」
「それもひどくない!?」
流が泣きそうな声で悲鳴を上げた。
「待ってください、ほら、あれを見てください」
晶がプールを指差すと、水面が宝珠と同じ色に包まれていた。中はまるで別の空間に繋がっているかのように、底の見えない不思議な光が揺らめいている。
「あのときと同じ光……。ここに飛び込めば、きっと帰れます!」
「ほらね〜〜〜! やっぱオレが正しかったじゃん!」
「そ……そうなの? あ、殴ってごめんね」
バツが悪そうな表情で美智子が流に謝る横で、賢吾は見守っていた聖堂騎士ふたりを振り返った。
「……俺たちの旅はどうやらここで終わりのようだ。あんたたちにも少しだけだったけど、色々世話になったな」
「それほどでもないさ」
「まぁな。感謝しろよ」
ほぼ同時に間逆なことを言うカイヤとロドウィン。背の高い二枚目美男子と小柄で癖の強いイケメンは互いに真顔で相手を見つめた。
「カイヤ、ありがと〜! 元気でな! あ、ロドウィンもな」
「チッ!」
「ナガレこそ……元気で」
笑顔で別れを告げる流を、カイヤはぎゅうっと抱きしめた。その情熱的なハグに流は困惑しつつ、その肩を抱き返す。
「カイヤ?」
「ここまで、よく頑張ったね。君との旅は楽しかったよ」
「うん、オレも! こんな遠くまで、マジでありがとうな、カイヤ。カイヤがいてくれなかったら、オレたちここまで来られなかった。カイヤは大恩人だぜ」
「ああ……。寂しくなるよ。向こうでも体に気をつけて暮らすんだよ」
「おう!」
カイヤは名残惜しげに腕を解いて、流に握手を求めた。それを見ていた美智子がボソリと率直な感想を述べる。
「うーん、これがボーイズラブってヤツか……まさにゲイ達者よね」
「えっ……。ど、どど、どういう意味ですかっ!」
「いやあ、ほら、深い意味はないけどぉー……つまり、ほら……ね、察してよね」
ぎょっとした晶が美智子の胸ぐらを掴んで揺さぶるが、のらりくらりと躱される。
「男同士が抱き合っていれば、そういう感じに見えちゃうしぃー。そういうことでしょ、うん。そういうことにしておきなさいよ」
「まさか……そんなのダメですっ!」
きゃあきゃあと騒ぐふたりを一歩引いたところから見ていた賢吾は、「こっちはこっちで一歩間違えれば百合とか、ガールズラブってやつになるんじゃないのか」と心の中でつぶやいていた。
カイヤは続けて美智子たちにも挨拶に来たが、長く共にいた美智子に求めるのは握手だけで、なかなかサラリとした別れだった。それだけに晶は疑惑を拭い去れない。
(えっ、まさか本当に……)
思わずまじまじと流を見るも、彼女の恋人はやはり鈍感で、ヘラヘラと笑っているだけだ。
「お前らがいなくなるのはせいせいするぜ。これ以上、揉め事も起こらないしな。あばよ、ガキども」
「るせーや、虐めてきたくせに……!」
「へへっ、なかなかいい悲鳴だったぜ」
「このドS! クズ騎士!」
「ハッ! なんとでも言え!」
「くそ〜〜!」
「まあまあ、ここまでついてきてもらったんだし、助けてもらったんだし、もういいじゃないのよ」
美智子が割り込んで話を終わらせる。このままロドウィンを刺激し続けると、いつまたプッツンして襲いかかってくるかわからない。流は悔しそうにしながら引き下がった。
「話は終わったのか? じゃあ、俺から飛び込むぞ?」
美智子たちのやり取りを見守っていた賢吾は、会話が一区切りついたのを見届け、いよいよ水の中に飛び込むつもりでそう言った。
「待ってよ賢ちゃん、私も一緒に行くわ!」
「じゃあ、ほら」
「せーの…………うっ!」
美智子は差し出された手を取り、ふたりはバッシャーンと水の中へ消えていった。
「なら、オレたちも」
「ええ。……長かったような、短かったような。以前に来たときの名残がほとんどないのが、残念だけれど……」
「しゃあないって。水が戻ったんだし、また誰かが村を作るかもしれないぜ」
「そうかも、ね」
流と晶はカイヤたちを振り返り、手を振ると一緒に泉へ飛び込んだ。強い光がふたりを包み込む。水の感触はなかった。
「まぶし……!」
光の奔流に顔を覆った次の瞬間には、もう、足が硬い地面についていた。遠くクラクションの音がし、雑然とした朝の空気が体にまとわりついてくると、いきなり異世界に飛ばされた日のことが鮮明に思い出された。
「帰って、きた……オレたち」
四人はまじまじとお互いの顔を見合わせた後、同時にフッと笑みを咲かせた。
「とりあえず朝飯にするか」
「そうね。このホテルの近くでご飯にしましょう!」
「むしろここに部屋を取って休みたいくらいです。ああ、今すぐカフェオレが飲みたい気分……」
「わかるわかる!」
「オレもすげージャンクな飯食いたい! 早く行こうぜ!」
こんなおかしな経験も何度目かとなれば、生還した感動よりも物欲のほうが勝つ。四人は和気藹々と雑談に興じながら雑踏の中へ戻っていった。
おわり
マッハ! ニュージェネレーションさんより
お言葉をいただきました(’-’*)♪
今回は若い人たちのコラボでした。
今までの作品とは違い、言動にフレッシュさが出ていたらいいなと思います。
読了ありがとうございました。




