パズル!
結局、全員が地下のスペースから地上へやって来たことになる。流はこれまでの経緯を話すと共に、今や完全にひとつとなった宝珠を見せて説明した。
「オレたちが出てきた扉が、そのまま未来に繋がってる。だから、そこをくぐって帰るぞ、晶」
「ええ。でも、それじゃ……」
「うん、僕はここまでのようだね。お別れだ」
灰色猫のキャルレが「うん」と頷いて、晶に握手を求めた。
「君たちの行く末はわからないけれど、ここまで見送ることができて良かったよ。元気で。アキラ、ケンゴ」
「キャルレさん」
「お、おう……。今まで色々と世話になったな。そっちこそ、身体に気をつけて元気でな」
「キャルレさん、今まで本当にありがとう! 私たちがここまで来られたのも、ぜんぶ、貴方のおかげです」
「いやいや。これも何かの縁だったのさ」
晶が膝をついてキャルレの手を取る。そして、キャルレの背に腕を回して彼を抱きしめた。
「お元気で……!」
「うん、君たちもね。……アキラ、さっきのことだけど、あまり気に病まない方がいい。彼は悪人で、君は正しいことをしたのだから」
晶は困ったように笑いながら、医者猫の言葉に頷いてみせる。
「ええ……。でも私、怖いんです。また同じようなことがあったときに、きっと私はまた……」
「力を行使する者には、責任が伴う。うん……気に病むなとは言ったけれど、忘れてはいけないよね。でも、君ならきっと、正しい答えを探せるはずさ」
「……はい」
美智子と流もキャルレと握手をし、彼とはここで別れることになった。キャルレはロバに乗り、晶と賢吾を運んできた馬を引き連れて荒野をまた戻っていく。それを見送った四人は階段を降りて地下遺跡に戻ることにした。
「…………」
「晶。だいじょぶだって、オレがいるだろ」
「ええ……」
ためらう晶の肩を美智子がそっと手で包み込んだ。
「罪悪感なんて、本当は感じる必要、ないわよ。まぁ、そう言ったってあなたは気にするんでしょうけど……」
「美智子さん、もしかして」
「貴女には流クンがいるわ。私に賢ちゃんがいてくれるようにね。さ、さっさと帰りましょうよ、私たちの世界へ」
「はい……!」
階段を降りてみると、フェアディの死体は消えていた。先に降りたカイヤとロドウィンがを片付けたのだろう。六人は改めて、なんの変哲もない謎の石扉を見据える。
「ここを抜ければ、本当に未来なんだな」
賢吾の言葉に流が頷く。
「ああ。そうだよ」
「でも賢ちゃん、期待しないでね。時間が過ぎただけで、なんの変わり映えもしないから」
「お、おう」
美智子の言うことは事実だった。晶も賢吾もそれなりの緊張感を持って扉をくぐったのだが、見えている景色も振り返った景色も、今までとまるで同じだったからだ。
「本当に、変わらないのね……」
「上に行けばわかるよ。オレたちが乗ってきた馬がいるもん。……いる、よね?」
「いなかったら困るだろうがよ」
「いって!」
自信がなさそうに振り返る流の肩を、ロドウィンがどついていた。カイヤがそれをやんわりたしなめながら口を開く。
「ただ、問題は君たちがどうやって帰るのか、だ。そこはまだ、ハッキリさせていなかった部分だろう?」
「はっ!? なんだそりゃ、ずいぶん話が違うじゃないか……」
「流……?」
晶も不安そうに恋人の表情を窺い見る。信じたいという気持ちと、疑ってしまう心の狭間で揺れているようだ。
「えっと、えっと。帰るためには、ほら、プールに水が入ってなくちゃいけなくて、そのためのヒントを求めてここに下りてきたらさ、晶の幽霊と会ったじゃん? だからまだ、部屋の先を覗いてねーんだよ。きっとそこに、何かがあると思うんだけどさ……」
「なるほどな。つまり、あの先に進めってことか」
賢吾の視線の先には、まだ触れたことのない扉があった。入り口と同じく紋章が彫られた石製の両開きのものだ。
「これ、どうやったら開くんだ?」
近寄った賢吾が押してみるがビクともしない。
「オレが、開ける。この宝珠が鍵だと思うんだ」
流が賢吾の横に立ち手をかざすと、扉はゆっくりと開いていった。ロドウィンとカイヤが警戒を強める気配がする。しかし、新たな扉の向こう側には通路があり、その先はただの部屋が広がっているだけだった。
部屋の大きさは三十六畳ほど。床には黒と白の市松模様のタイルが貼られている。今まではただの石床だったのに、この部屋だけはやけに整えられているようだ。
「通路と部屋、だな」
「なんだ、ここ。あからさまに仕掛けがありそうだなぁ。カイヤ、なんか石とか投げてみてよ」
「わかった」
流れに指示され、カイヤは手頃な石を床に転がしてみる。子どもの拳大くらいの石だ。しかし、特に変化はない。
「やっぱ、乗ってみないとダメかな……」
「じゃあ言い出しっぺが乗ってよね」
「えっ、ちょ、うわっ! 美智子ちゃん!」
流の背中を美智子が押した。前につんのめった流は彼女の思惑通り、手近な場所にあった窪みに乗る。
「ぎゃ〜〜〜〜!?」
「流!」
「……何もねぇや」
「もう! 流クンたら……。それより、さっき」
「ああ、音がしたな……」
「明らかに仕掛けが動いたのに、オレまだ死んでない……。ってことは、罠じゃなくてパズルかもな」
「どういうこと?」
晶が尋ねる。こういうゲーム的なものに一切触れたことがないため、彼女にはわからなかったのだ。逆に大学ではそういう娯楽サークルに所属していた美智子は流の言葉に頷いていた。
「これを解かなきゃ、先へは進めないってことね。試しに壁を調べてみる?」
「いやでも、致死の罠とかあるかもしれないぜ、美智子ちゃん」
「だったら困るわね。ハズレを踏んだら即死…なんて笑えないわ」
軽口の応酬の裏にあるものを感じ取って、晶は青ざめた。思わず助けを求めるような視線を賢吾に送るが、彼もまたこういう分野には晶に負けず劣らず疎かった。途方に暮れる脳筋組をよそに、流と美智子のコンビはあーだこーだ作戦を立て始めるのだった。




