晶の涙
賢吾は聖堂騎士ふたりと一緒に、フェアディの部下たちの死体を運び、並べていた。ついてきた美智子は「気分が悪くなった」と、離れた場所にいる。今回だけでなく以前も異世界で過酷な目に遇い、命の危機にも何度となく晒されたことがある美智子だが、間近で死を見るのはやはり好ましいものではない。正常な反応だろう。
「……こいつら、並べてどうするんだ。穴を掘るんじゃないのか」
「は? 穴なんか掘ってどうすんだよ」
「ロドウィン、術士のいない場所では土葬はわりと普遍的な埋葬方法だよ。すまない、ケンゴ」
「いや、構わないけど……」
じゃあどうするのかと思いきや、聖堂騎士たちは死者を前にして聖句か何かを朗々と唱え始めた。これが彼らの死者を悼むやり方なのだろう。自分たちに襲いかかってきた盗賊たちとはいえ死者は死者だ、賢吾もまた目を閉じ黙祷を捧げた。
彼らの詠唱が終わると、男たちの死体が端から徐々に崩れ始めた。まるで砂のように、風に乗って消えていく。
「うおっ!?」
賢吾は初めて見る光景に目をみはった。その砂はすぐに荒れ地にまぎれてわからなくなる。自然へ帰った、ということなのだろうか。
「なぁ、今のそれ……」
賢吾がカイヤたちに尋ねようとしたそのとき、背中の方から足音が聞こえてきたかと思うと、晶がいきなりぶつかってきた。振り向いた賢吾はすぐに彼女の様子がおかしいことに気が付いた。
「おい、いきなり……どうしたんだよ? 何か変だぞ?」
「あ……ああっ、私、私……」
取り乱した様子の晶の目から、ポロリと涙がこぼれた。どうしたらいいかわからないまま、賢吾は顔を覆って泣き出してしまった晶の肩の辺りに手をさまよわせた。
「いや、えーっと……え? な、何があったんだ?」
「フェアディが……」
「なにっ」
「いきなり、流に襲いかかって、私……! 守らなくちゃと、思ったの……。咄嗟に、加減ができずに、殺してしまった……!」
「…………」
賢吾は思わず渋面を作っていた。あの男にとどめを刺さなかったのは自分だ。完全にノックアウトしていたのだが、なかなかにしぶとく意識を取り戻した後も気絶したフリで機会を狙っていたのだろう。
咄嗟のことに晶が対応できて幸運だった。でなければ、流のみならず彼女もまた危うかった。フェアディの死などそれに比べたらどうでもいいことだ。どう考えても正当防衛で、それは元いた世界でもこちらでも変わらないだろう。
しかし、と賢吾は少し考えてみる。おそらく初めて誰かの命を奪ってしまい、後悔と罪悪感でいっぱいの彼女がかけてほしい言葉はそういうものだろうか。そんな正論で彼女の、晶の心が救えるのか。
晶は今までずっと、賢吾に対して一線を引いた態度で接してきた。それは賢吾に大怪我をさせてしまったことや、この世界に引き込んだのではないかということに対する負い目からだった。
その晶が今、賢吾のところへ、賢吾を頼りにやって来たのは、やはり自分が彼女と同じく戦う者だったからだろうと賢吾は直観していた。一緒に地球からやってきて、ときに背中合わせに戦い、己の命を危険に晒し、そして相手の命を奪った者同士、というわけだ。
「成長したな」
「えっ……」
見上げる晶の目は真ん丸に見開かれていた。かけられた言葉があまりにも意外だったからだろう、パチパチと繰り返される瞬きに涙が振り払われる。賢吾はそれを見ながら、ゆっくり口を開いた。
「上手くは言えないが……身につけた力を振るうってことが、どういうことかってわかっただけでも、大きな進歩だと俺は思う。俺も……あまり大きな声じゃ言えないが、人を殺した」
「賢吾さん……」
不可抗力。正当防衛。言葉にすれば確かにそのとおりだろう。しかしその時確かに、この手で人間の生命を絶ったのだ。生と死の重みを思い知った賢吾は、後悔や罪悪感に苛まれ、それでもやはり戦い続けることを選んだ。
「磨いてきた技術と心構えを思い出せ。お前が研ぎ澄ませてきたその力は、誰かの命を奪うことができるものだ。だが、その力でお前は、自分の身を守ったし、俺や恋人の命も守ったんだ、それは事実だろう。だから……今はつらいだろうが、受け止めろ。進むにしても止まるにしても、成長する機会をもらったんだと、そう思うことにしろ。それがきっと、一番いい」
「でも……」
「頑張ったな。もう、大丈夫だ」
「あ……」
そう言いながら、賢吾は晶を優しく抱きしめた。晶も抵抗することなく賢吾の胸で目を閉じる。それは恋情でも愛情でもなく、友情ともまた違う、同道の先輩が後輩に胸を貸すようなものだったが、それを見た美智子にはそうとは思ってもらえなかった。
「あっ……えっ、ちょ、ちょっと!? 何よこの状況!? え、何がどうなってるのよ!?」
遠くからふたりを見て走ってきた美智子は、賢吾のまさかの裏切りにパニックを隠せない。そして晶を追いかけてきた流はもっとパニックだった。
「あーっ、何してんだよてめぇ! 晶も!」
「あっ、こ、これは違うの、流!」
咄嗟に賢吾を突き飛ばして距離を取る晶。
「おっ、ちょ、ちょ……おい、せっかく慰めてやってたのに……!」
「慰めてた!? つまりそれってどういう意味なワケぇ?」
邪険にされ戸惑う賢吾の言葉は、美智子にはどうやら違う意味に聞こえたらしい。そんな押し問答状態の四人を、キャルレが「まぁまぁ」となだめる。
「ごめんなさい、私、動揺してしまって飛び出して、それで」
「そんなん、どうでもいい。……オレのとこに来るべきだったろ!」
「ごめん、流……、ごめんなさい」
キャルレの執り成しもあって、こちらはすぐに和解したようだ。雨降って地固まる。抱き合うふたりは観客をよそにいい雰囲気になっている。しかし……
「……って訳だから、とりあえず落ち着けって……な?」
「い・ち・お・う、信じてあげるね?」
「おいおい……」
説明しても美智子のジト目はそのままだった。




