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最悪の展開

 賢吾は床に倒れ伏したキャルレに手を伸ばしたが、その体に矢が突き立っているのを見て途中で動きを止めた。矢の飛んできた方向を見やると、ニヤリと笑ったフェアディと目が合う。


「きゃああ!」


 遅れて晶が悲鳴を上げる。まだ状況が呑み込めないでいる彼女に警告しようと口を開いた賢吾の左肩に、右膝に、フェアディの配下が放った矢が突き刺さった。


「ぐぅあ!」


 思わず片膝をついてしまった賢吾にフェアディが迫る。その不安定な姿勢の右肩から左下腹部までを、フェアディのロングソードが的確に斬り裂いた。


「げへぁ!?」


 自分は今、生と死の狭間にいるのだと感じつつ、賢吾は叫ぶ。


「あ、晶……逃げろっ! 逃げろおおお!!」


 どうにか足に力を入れて立ち上がる賢吾だが、フェアディの蹴りが喉に決まる。


「ぐえっ! っ、ごほっ、がへっ!」

「逃がしゃしねぇよ。お前もな」

「ぐうおああああああ!」


 無情にもロングソードの刃が賢吾の左の腿を斬り裂いた。絶叫する賢吾。急所はわざと外したのだ、苦しみを長引かせるために。


「賢吾さん!」


 晶はフェアディの三人の手下を蹴り飛ばし、賢吾を振り返った。男たちは無傷で晶を捉えようと素手で掴みかかった結果、返り討ちにあっていた。その不甲斐なさにフェアディは舌打ちする。


「馬鹿、なんで……」

「今、助けます!」


 賢吾は胸が焦げる思いで晶を見ていた。痛みも何も感じない。すでに自分は死んでいるも同然だ、と賢吾は自嘲した。


(あのまま外に逃げていれば、お前だけは助かったかもしれないのに……。美智子、すまん、俺は……)


 賢吾の思いも晶の願いも嘲笑うように、フェアディは無造作に、しかししっかりと、賢吾の心臓をロングソードで刺し貫いた。


「ぐふっ」


 そのまま、前のめりにもたれかかる形で、賢吾は息絶えた。


「いやぁぁあ! 賢吾さん!」


 晶の涙が宙に舞う。フェアディは胸の悪くなるような醜悪な笑みを浮かべた。そして、自分に寄りかかるようにして絶命している賢吾を足蹴にして転がし、その胸からロングソードを引き抜いた。ポタポタと、血の雫が床に紋を描く。


「ははははは! これで四対一だな、お嬢ちゃん! 大人しく足を開けば優しくしてやるぜェ?」

 

 フェアディの言葉に三人の部下たちも下卑た笑い声を上げる。晶は倒れたまま動かない賢吾とキャルレを交互に見やり、悔しさに目元を歪めた。


(ふたりとも……本当に死んでしまったの? どうしよう……どうしたらいいの。助けて、流……!)


 このままではフェアディたちに捕まってしまう。そうなれば、犯され殺されるだろう。いや、殺されるならまだいい。奴隷として売り飛ばされてしまったら、いったいどれほどの苦しみと絶望を味わうことになるのか……。晶は絶望に目眩がした。


「お前たちには何人も仲間をやられちまったからな……借りは返してもらうぜ」


 ねっとりとした猫撫で声が晶の耳朶を舐めるようにかすめる。無精髭でざらついた頬に浮かぶ笑みに、鳥肌が立つ。


「近づかないで! 貴方たちの仲間が何人死んだところで知るもんですか。私たちに余計なちょっかいをかけるからでしょう」

「うるせぇ!」

「!」


 ビクッと肩をすくめる晶。フェアディは大きく一歩を踏み出しながら言葉を続けた。


「こっちはせっかく捕まえたお前らが逃げ出して大損害なんだ! 魔術師の猫も男も殺しちまったんだから、お前にはせいぜい高く売れてもらわなきゃなんねぇ。無駄な抵抗はやめろ」

「性奴隷として飼われるなんて、絶対に嫌……! そんなことになるくらいなら死んだほうがマシよ!」

「なにっ!」


 晶は足元の砂と石を靴の先で掬い取り、フェアディの顔めがけて投げつけた。キックボクシングとバレエで鍛えた足の器用さは、自在なコントロールを発揮する。乾ききった砂に目を潰されうめくフェアディに背を向け、晶は開きつつあった遺跡の奥の扉に身体をねじ込んだ。


 その隙間はようやく人間の頭ひとつ分に達するかというところで、子どもがひとり通れるか通れないかといった狭さだ。細身の晶だからできる芸当だった。


「クソッ! 待て、女! お前ら、なんとかしろ!」


 フェアディは叫ぶが、もう遅い。晶は彼らの手をすり抜けて向こう側へと入り込んでしまった。


「こじ開けろ!」

「へ、へい…!」

「……! 閉じて、お願い……!」


 男たちがどんなに力をかけても石の扉は開かない。ようやく鈍い音を立てて動き出したかと思えば、ほんの少し開いていた扉は閉じていった。まるで晶の祈りが通じたかのように。フェアディたちは慌てて指を離し、扉を叩いて叫ぶ。


「おい、開けろ! こんなところに閉じこもったって、オレたちが外にいるうちは出られないぞ!」

「…………」

「こんな荒野の真ん中で、水もないクセに、干からびたいのか!」


 晶は暗い部屋で泣きながら扉にもたれかかった。力が抜け、ズルズルと床にへたりこんでしまう。


「ううっ……流……流! 帰りたい……会いたいよ……流!」


 闇の中に蒼い光が生まれた。

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