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聖なる泉

「ここが、私が呼ばれた谷のはずなんですが……」


 晶が案内した場所には、荒涼とした大地が広がっているだけだった。すでにこの地の民は滅んだと聞いているが、残っているのは建物があったと思しき遺構(つまり建物の基礎部分のみ)がかろうじて判別できるのみで、そうでなければここに集落があったとは思えない有り様だ。


 晶はゆっくりと歩みを進め、賢吾たちはそれについて行った。彼女は何かに導かれるように、どんどん先へ進んでいく。やがて、枯れた水路に行き当たった。


「ここです……」


 水路は石を削って四角に仕上げたブロックによって整えられている。そこを辿っていった先には一段高い場所にある四方形の枠と崩れかけた壁、反対側に続くもう一本の水路がある。


「ここは?」

「これは私を呼び出した十支族の要、レオの有している聖なる泉です」

「泉……」


 賢吾は三メートル四方の枠の中を覗き込んだ。壁のある一面以外からは底に向かって階段が積まれており、中は歪な擂鉢(すりばち)状と言える。底までの深さは二メートル程だろう。


「なんでこれ枯れちゃってんの? もしかして枯れてから凄く時間経ってんじゃないの? 水入れないとやばいんじゃないの?」


 とりあえず枯れてしまっている水路を見て、賢吾は少しでも水を入れた方がいいんじゃないかと提案する。晶は困った顔で首を振った。


「わかりません……でも、私がこの世界に来た時には、水は満ちていました。もしかすると、このままでは帰れないのかも」

「そうだねぇ。しかし、水を入れると言っても、おそらく水源はここだろうし、どうしようもないんじゃないかな」


 キャルレが泉の周りを調べながら言う。晶は賢吾に申し訳なさそうに声をかけた。


「もう少し周りを散策してみませんか?」

「じゃあ、手分けして探してみよう。何か手掛かりになるものが見つかるかもしれない」


 賢吾がそう言い、三人はそれぞれ別の方向に歩きだして手がかりを探った。しばらくして、キャルレが大きな声で二人を呼んだ。


「何か見つけたのか?」


 手を振るキャルレの元に向かった賢吾と晶は顔を見合わせた。彼が見つけたものはどうやら地下へと続く遺跡の出入り口らしい。


「どうだい、賢吾も入れそうかい?」


 長く続く狭い階段を見せて、キャルレが言う。通路は所々崩れていて、岩が邪魔している。だが、小柄で細身な賢吾と晶なら、どうにか通れそうだった。岩をどかすには時間と力が必要だ、無理をする必要はないと賢吾は考えた。


「ああ、このくらいなら大丈夫だ。明かりはどうしようか」

「ランタンで事足りるんじゃないかな。わざわざ松明を作る必要はないと思う」

「じゃあ、それで」


 キャルレはロバを呼び、荷物に括り付けていたランタンを手に取る。その間に賢吾は飲み水やロープの確認をしていたが、晶が青い顔で立ち尽くしているのが目に留まった。


「どうした」

「空気が、悪くて。……本当に行くんですか?」


 賢吾は文句を言いたい気持ちをぐっとこらえた。元はと言えば、賢吾たちをここへ連れてきたのは彼女だ。だというのに、ようやく見つけた、何かが残っていそうな場所へ入るのは嫌だと言う。それは少しワガママだと思った。


「ここは、行くしかないだろ。だってこの場所にもしかしたら元の世界に帰れるヒントがあるかもしれないんだぞ?」

「嫌な予感がするんです……」

「だったらここにいろ。無理に来なくたっていい」


 気が進まない晶を、賢吾はあえて突き放す。嫌な予感がしたとしても、『虎穴に入らずんば虎子を得ず』で、行かなくては何も掴めず、そうなってはここまで来た意味がないのだった。


「そんな言い方しなくたって……」

「まぁまぁ」


 賢吾はキャルレの用意したランタンを掻っ攫うと、ひとり先に進み始めた。


「アキラ、行こう」

「…………」


 晶は迷っていたが、キャルレの勧めに従い、賢吾を追って階段を降りることにした。ランタンで照らしながら進んでいくと、ちょうど二階層くらい下ったところで通路に出た。そこで賢吾は立ち止まった。


「扉だ」


 三メートルほどの高さのある、両開きの無骨な石扉だ。かなり古代のものらしく岩そのもののような荒削りな出来だが、表面には彫刻が施されており、なんらかの重要な施設が中にあるのではないかと思われた。


「何だこれ? 何かの暗号か?」


 しかし、その彫刻にはまったく見覚えがない。もしも何かの暗号だとしても、賢吾には解けそうになかった。


「とりあえず押してみて……んー、だめだ」


 賢吾は押したり引いたりしたが扉は動かない。


「もしかして横開きとかいうオチじゃないだろうな」


 と、思いつつやってみるが、これもダメだった。賢吾はキャルレと晶の顔を見て無言で訴える。


「ふむ。どれ、ちょっと見てみよう」


 そう言って今度はキャルレが挑戦してみるが、扉が動く様子はまったくなかった。


「無理だねぇ」

「よし、じゃあ次は晶、行け」

「私に命令しないでください」

「怒ってんじゃねーよ。ってかさっきから機嫌悪いぞ。ここにきてビビってんのか?」


 あえて挑発してみる賢吾。これで晶のやる気が起きるかぶん殴られるかは一か八かの賭けだった。


「……どいてください、やってみます」


 晶は機嫌の悪いまま扉に近づいた。そして、彫られている紋章に手をかざし、扉を調べていく。しばらくは何もないように思えたが、やがて、ゴロゴロと地鳴りのような音がして扉が動き始めた。


 ゆっくりと動く扉に注目していると、ひゅんひゅんと風切る音がふたつして、キャルレが妙な音を立てて倒れた。


「ぐっ……! こほっ……!」

「キャルレ?」


 いち早くそれに気づいた賢吾がキャルレを見ると、彼は二本の矢に貫かれて死んでいた。

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