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晶の気持ち

 賢吾が目を覚ましたとき、辺りは薄暗かった。どこか部屋の中なのだろうか、と思ったが、寝具の柔らかい感触に賢吾はアレクサの街の宿までやって来たことを思い出した。中途半端な時間に目覚めたのは、空腹と、晶たちの話し声のせいだった。


「僕らも祈りを捧げるけれど、それは救ってほしいからというわけじゃないなぁ。何者にも等しく助けの手を差し伸べてくれる存在なんていないからね。あるのはただ、『この生き様も、死に様も、天よご照覧あれ』という覚悟だ」

「生き様も、死に様も……、ですか」

「そう。そちら側の『神』と呼ばれるような存在はいない。一番似ているのは祖霊かな。ご先祖さまたちだよ。彼らなら、まぁ、手助けしてくれることもあるかもしれないものね」

「私たちの世界にも、祖霊信仰はあります。部族、親族を守ってくれる存在ですよね」

「そうとも。彼らは我々とは異なる世界、魂だけの場所にいる。それは天にあると言われているんだよね。源流の白き龍も黒き龍もまた天にいる。だから、天には何かしら見てくれているものがいるというわけだ」


 賢吾はふたりが何を話しているのか、理解できなかった。おそらく宗教的な話題だろうとは思うが参加する気にはなれない。どうせ眠いだけの講義なら、このまま寝てしまおうとそのまま目を閉じていた。


「僕らは単に生きて生き(ながら)えるだけが目的じゃない。この生の果てには、魂はもう一度生まれ直して続いていくんだ」

「輪廻転生、ということですか」

「ああ、その言葉はとてもしっくりくるね。そう、僕たちは旅人なのさ。肉体はただ、魂を運ぶ乗り物に過ぎない。最後まで生きようと努力することが大事なのだという考え方なのさ」


 キャルレは面白そうな声音で言った。この灰色猫の医者は、哲学者か宗教家でもあるようだ。


「逆にね、誰かのために祈りを捧げる場合は、やはり無事を願うことが多いね。そのひとの生きる力を信じること……。僕らも信じよう、賢吾は負けない。きっと良くなるよ」

「はい……」

「あまり、自分を責めないで」

「はい……、でも……。この世界に賢吾さんを引き込んだのは、私なので。私が巻き込んでしまったから、こんな……」

「やめなさい、ほら、泣かないで。君のその仮説も正しいとは限らないんだし。アキラはもう寝なさい、後は僕に任せるんだ」


 食い下がる晶だったが、キャルレはそれをなだめすかしてどうにか寝かしつけ、賢吾の側にやってきた。


「で、寝たふりしてるケンゴは彼女のことをどう思ってるんだい?」

「…………どうって言われてもな」


 何が原因でこの世界に飛ばされて来たのか、確証もなければ確かめるすべもない。晶の言葉を鵜呑みにして、彼女を責めるのは間違っているように思う。そうでなくても、あれだけ自分を責め続けている彼女をさらに追い詰めるような真似はしたくなかった。そうキャルレに伝えれば、彼もまた頷いた。


「それに俺は彼女の恋人でも友達でもないしな。あんまり踏み込めないだろ」

「ああ、そうか。ふたりにはお互い、恋人がいるんだったね」

「そうだよ。……今頃どうしてるんだろうな」

「遺跡で手掛かりが掴めるといいね。それが無理でも、王都まで行けばあるいは」


 いつも明るく振舞ってはいるが、それなりに弱いところもある美智子。おそらくは晶の恋人である青年と一緒にいるのだと思うが、美智子よりも戦い慣れていなさそうな彼が頼りになるとは思えなかった。


「早く見つけてやらないとな」

「そうだね。向こうもきっと無事で、君たちを探しているさ。世界は広いけど、人伝に辿って行けばいつかは会える。後は、上手く世界を跨げるか、だね」

「ああ」


 頷きながら賢吾は以前から気になっていたことを尋ねてみた。


「なぁ、なんであんたは俺たちにこんなに良くしてくれるんだ?」

「うん?」

「異世界から来てカネもない、知識もない、おまけにヤクザみたいな連中に追われてるし。怪我してるのも治療してくれたし、旅費も道具もぜんぶ。正直、何も返せるもんはないぜ。今さらだが」

「はははっ、確かに今さらだ」


 キャルレは面白そうに笑って言った。


「そうだね、最初はただの気まぐれだったんだ。悪そうな連中に囲まれていただろ? 大怪我してても、僕の療術ですぐに治せると思っていたし。それがねぇ、蓋を開けてみれば、おとぎ話にしか出てこないマレビトで、ひとりは世話しないと死んでしまうし、もうひとりは精神的に参ってるし」

「お、おう。面目ねぇ」

「医者として長年暮らしているけれど、村から村への渡り猫をしていると、ふっと、冒険に出たくなるときもあるのさ。だから、僕は今、楽しいよ」

「そうか。……なぁ、せっかくだからその伝承、最後まで見届けていかないか? 俺たちがマレビトってやつだったとしたら、あんたはその生き証人になる」


 賢吾の言葉にキャルレはきょとんとした顔になった。そして、ニヤリと笑う。


「いい誘い文句だね、ケンゴ。そう言われたら、断るわけにはいかない。いいよ、どこまででもついて行こうじゃないか!」


 賢吾とキャルレは互いに笑みを浮かべて頷いた。どちらからともなく出された掌が打ち合わされる。冒険を求める少年の心というものは、種族関係なく胸に秘めているものなのだろう。


「じゃあ、さっさと体力を回復して、それから出発しよう。善は急げ、って言うしな」

「そうだね。しっかり寝られるのも人里にいる間だけ。よく寝てよく食べて、体の調子を取り戻したまえよ、ケンゴ」


 戦いに備えて、とはどちらも口にしなかったが、フェアディの脅威をふたりとも忘れてはいなかった。賢吾は無理やり寝ることで体力の回復をはかり、次の日、三人は荒野へ旅立った。

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