かかったな!
「うわああああああああっ、美智子ちゃあああああああああん!!」
さっきまでの威勢はどこへやら、流は叫びながら船内を逃げ回り、時にゴミ箱や木箱を後ろに投げながら走る。
(怖いぃぃい! なにアイツ無言でキレてるぅう! くっそ、今までの人生の中で出したことないトップスピードだぜこりゃ。頼むぜ、美智子ちゃん!)
客たちの間をすり抜け、遠回りしながら目指すは美智子と約束した場所だ。狭い船内で槍を振り回せないカインズは、素人のクセになかなか捕まらない流を相手に苛立ちが頂点に達し冷静を欠いていた。倉庫に飛び込んだ流を追いかけ、無防備に足を踏み入れたカインズを美智子の罠が襲う。
「せい!!」
「ぐびゅ!?」
ものすごい勢いで倉庫のシャッターが閉まり、その直撃を受けたカインズは奇妙な呻き声を上げた。船の倉庫のものだけあってなかなかに重い金属製のシャッターで、カインズは挟まれたときに咄嗟に魔術を繰り出していたものの、庇えなかった部分の骨を痛めてしまっていた。
痛みに悶絶し、足の力が抜けてうつぶせに倉庫の中に倒れこんだカインズに、さらなる追撃が加わる。
「うりゃ、うりゃ、うりゃあああ!」
「この、この、このおおおお!」
「うぐっ……クソ……」
流は以前のロサの街外れでやられたとき、そしてその前の宿屋の時のお返しも含めてカインズの顔面や頭に向けて蹴りを食らわせた。美智子はカインズの背中や脇腹に連続でサッカーボールキックを入れる。
カインズの槍を持つ手をガンガン踏みつけ、手放させてから蹴飛ばして、身動き取れないようさらに攻撃しているところへカイヤが追いついてきた。
「ナガレ! ミチコ?」
「カイヤさん、コイツ縛って!」
「わ、わかった」
痛みで起き上がることができないカインズをカイヤが素早く縛り上げていく。ついでに魔力を絶ち術者を無力化する隕鉄の鎖も巻きつけ、うつ伏せに倒しぐっと押さえる。
「これでいい、今の彼は術も出せないよ」
「なに? マジックアイテム?」
「ああ。特別な金属で作られているんだ」
「すっげー!」
流はカインズを捕まえた興奮のままテンション高く叫んだ。美智子はまだ肩で息をしながら流に尋ねた。
「はぁ~、はぁ、はあ……で、このチビどうする? シメる?」
「シメる!」
「気持ちはわかるよ。だが、その前に……本当の事情を詳しく聞いてみようじゃないか」
「コイツが、オレの持ってる欠片寄越せって言ってた。けど、そんなん関係なく襲いかかってきて殺されそうになったんだ。だよな!?」
カインズの主張は「聖堂のため」ということだったが、それが本心とは流には思えなかった。同じ聖堂騎士であるカイヤはまだ彼のことを信じたがっているようだ。椅子を持ってきて側に座った美智子はにっこり笑って言う。
「へーそうなの。じゃあおチビちゃん、私たちを追いかけてきたのはその宝石が目当てだったのかしら?」
「……見せてくれって、丁寧に頼んだだけだろ?」
その物言いに美智子のこめかみがピクッと動いた。カインズの顔を足でつんつんしながら言い募る。
「丁寧? へ~~~~~~~、て・い・ね・い? あれが? どこが? なにが?」
「……やめろよ、アバズレ」
「うるさいわね」
美智子はカインズの顔を軽く蹴った。ギラついた青い瞳が美智子を射る。
「ミチコ、腹が立つのもわかるけど行儀が悪い」
「怒られてや~んの!」
「ちょっと! じゃあそっちでちゃんと仕切ってよね?」
からかう流に美智子が凄んで見せた。
「そもそも、あなたも腹が立ってるはずだけどね?」
「そりゃそうなんだけどさ」
流は床の上で縛られた男にちらりと目をやった。こうしていてもなお、いきなり飛び掛かってきそうな、静かなパワーを感じる。口ごもる流に、カインズが諭すように言う。
「何度も言うけどよ、俺はただ、聖堂騎士としてお前が持ってる品物を確かめなくちゃ気が済まねぇだけだぜ? おとなしく寄越しゃあこっちだって手荒な手段に出なくても済んだのによ」
「ちょっと待ちなさいよ。手荒な前をする前に、その宝石を見せてくれって流クンにお願いしたのかしら?」
今さら殊勝なことを言い出すカインズを、美智子が問いただす。流はキッパリと首を横に振った。
「めっちゃ武器で脅されたけど、頼まれたりなんてしなかったぜ!」
「チッ!」
「ほら~~~! 見てよ美智子ちゃん、この、顔!」
「じゃあやっぱりタチの悪い奴じゃない!」
「やめろっつってんだろ!」
つま先で顔をつんつんしまくる美智子にカインズが吠えた。
「で、オブザーバーのカイヤさん。この展開は結局誰が一番悪いと思うか、判定どうぞ」
「……ロドウィン・カインズ、君の負けだ。非を認めて謝罪しろ」
「…………」
「ただ、これじゃずっと平行線だ。ひとまず、彼を納得させるためにも、あの宝珠の欠片を見せてやってくれないだろうか、ナガレ」
「ええっ!?」
カイヤの提案に流は驚き、意見を求めるように美智子を振り返る。
「私も見せた方が良いと思うけどなあ。というかそうしないと、このしつこい奴はタチ悪そうだし、地獄の果てまで追いかけてくるんじゃないかしらね?」
「見せろったって……。いいけど、コイツ噛まない?」
「犬じゃねえってんだよ、俺は!」
「噛みそう。すごく噛みそうだわ」
カイヤの腕の下でカインズが暴れる。美智子は嫌そうな顔をして、足を引っ込めながら脅しておく。
「とりあえず嚙んだりしたら今度は鼻の骨が折れるくらいの強さで顔面蹴るからね。わかった、ちび犬聖堂騎士!?」
「ちび言うなクソッタレ。……気の強い女は嫌いじゃねぇが、オタクみたいなのは好みじゃねぇんだよな」
「うるっさいわね、それが人に物を頼む態度なのかしら!? 騎士だか何だか知らないけど、社会常識を少しは学びなさいよね、このちび犬! 負け犬! かませ犬!!」
「ぐぐぐ……!」
頬をグリグリとつま先でいじられ、カインズは顔を歪めて悔しそうにうめく。
「ミチコ、それくらいにしておいたほうがいい」
「ひえ~~っ、ドSじゃん」
美智子は嗤う流の鼻先スレスレに右ストレートを放ちにらみつける。
「ひえっ」
「なに? 何か言った?」
「イイエ。なんにも……」
冷たい声音に、流は思わず肩をすくめて小さくなった。それを見ていたカインズが高笑いを上げる。
「ははっ! なんだよ、尻に敷かれてんじゃん! いいぜ、オタクらごときカスみたいな人間に、大それたこたぁできなさそうだ。もういいよ、そっちの聖堂騎士が全責任を負うってんなら、もうお前らのことは追いかけねぇよ」
その、あまりにも身勝手なセリフに三人は呆れかえった。




