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大陸に渡ろう

 街外れの空き地で聖堂騎士ロドウィン・カインズを落とし穴に嵌めてから、流たち三人は聖堂騎士たちの目をかいくぐってロサの街を脱出した。


 カイヤの灯す魔力の火と月明かりを頼りに夜通し歩き続け、明け方になって親切な農夫の荷車に載せてもらった。目的地方面に行く人に出会ったのは幸運だった。


「いててて、どこもかしこも痛ぇ……」

「しばらく寝ておいで、ナガレ。落ち着けるところまで行ったら手当しよう」


 黒術で出した水で流の顔や傷口を洗いながらカイヤが言う。あの男は戦いに関してド素人の流をいたぶったのだ。細い体に打撲や裂傷の痕が痛々しい。


「あのサディストチビ……!」


 美智子は流の傷を見て顔をしかめた。


「腐っても聖堂騎士だから、職務に忠実なだけでやり過ぎがあったとしても悪意はないっていうのは何だったのかしら」

「それは…う〜〜ん。すまない、ミチコ、ナガレ……」

「カイヤのせいじゃねぇよ。それより、カイヤの手って冷たくて気持ちいいな……」

「まずい、発熱し始めている。ミチコ、彼の着替えを取ってくれ」

「えっ、まさかここで着替えさせるつもり?」

「風は遮るさ。どこまで効果があるかはわからないけど、このままよりマシだ」


 荷馬車の上で無理やり手当を終え、毛布で流を包んだカイヤは、農夫に交渉して医者のいる村に下ろしてもらった。そこで流と美智子は治療を受け、三日後、改めて王都へ出発した。


「だ〜いぶ時間食っちまったな〜」

「寝てただけの君が言わないのよ」

「まぁまぁ。おかげでカインズの目は欺けたんじゃないかな。ふたりとも完治してよかったよ」


 カイヤが笑って言う。彼は流たちが村で世話になっている間、付近の魔物や獣を狩ったり魔術で村の用事をこなしたりして、三人分の滞在費用と旅費を稼いでいたのだ。


 美智子も手伝いはしたが、やはりその大部分はカイヤのおかげだった。


「カイヤさんには感謝してもし足りないわね。どうしてこんなに良くしてくれるんです?」

「ん〜。乗りかかった船、だからかなぁ。困っている人に手を貸すのが聖堂騎士だし、それに……」


 そう美智子が聞けば、カイヤは頭を掻き掻き、流を見やった。ぶーたれながら少し先を行く青年は、美智子たちの会話には気づかない。


「ナガレを見ていると、懐かしいひとを思い出す。話し方や性格は似てないんだが、彼の声と笑顔がね……。すまない、こんなこと、ナガレに失礼だね」

「大切なひとだったのね」

「ああ。本当に……」


 そう言うカイヤの目は切なそうに細められていた。美智子も流を見てみるが、今の彼はアホ面を晒しているただのガキそのものだった。


(確かに流クンは、真面目にしてれば可愛い顔してるわよ。けど、喋り方と性格がちょっと変わったくらいでカイヤさんにお似合いの美女が出来上がるもの? もしかして、昔のカイヤさんの片思い、だったりしてね)


 徒歩の旅はそこまで長くはなかった。ロサからここまで流れて来たときと同じように、荷馬車に乗せてくれる農夫たちがいたからだ。ロサへの巡礼者たちとは逆に、三人は港町ゼイルードまでやってきた。そこは華やかな観光地で、ロサよりもさらに大勢の人間であふれ賑わいを見せている。


「驚いたかい? ロサはどちらかというと、人は多くても静かだからね」

「すごい、東京と比べるとそうでもないけど、やっぱり壮観だわ」


 カイヤの説明によると、このゼイルードは島国アウストラルの玄関口とも呼ばれ、主に外国からの客人を迎える役目を負っているそうだ。もうひとつ港町はあるものの、そちらは主に商船の着くところで役割的には裏方なのだという。観光客たちはこのゼイルードから王都へ流れるか、ロサに向かい大聖堂、そしてもう一か所有名な観光地へと流れる巡礼の旅へと出る。


「なぁ、カイヤ。もしかして、大陸に行くのに、ここから船が出てるのか?」

「そうだよ。むしろ、この国から出るならここしかない」

「じゃあ……王都には行かずに、ここから船に乗ろうぜ」

「はあっ!?」


 大きな声を上げたのは美智子だった。流の胸倉を掴んでガックンガックン揺さぶる。


「何言ってるのかしら!? 賢ちゃんたちどうするのよ! 晶ちゃんのことは? 王都に行って探すんでしょうが!」

「だってぇ」

「先に王都に行ってふたりを探してから大陸に行く、そう決めたじゃないのよ! それを今になってあなた……まさか、面倒くさいとかそういう理由じゃないでしょうね!? もしそうだったら、本気で怒るわよ? 王都に賢ちゃんがいて、置いてきぼりにしてたら……!」

「ミチコ! ミチコ、落ち着こう」

「ぐ、ぐるじぃ……」


 いきなり予定を白紙にされて落ち着けるはずがない。カインズとの戦いで男を見せたとはいえ、流がいい加減な性格をしているのはわかっているのだ。まず王都に行くのはふたりを探すためだが、それだけではない。情報収集も兼ねているし、大聖堂に情報が集まるのを待つためというのもある。そう簡単には予定を変更できない。


「ちゃんと根拠があってのことなんでしょうね、流クン!」

「こ、この国には、晶はいねぇもん」


 美智子の迫力に押されて口ごもりながらも、流はそう言ってのけた。


「海の向こう側から感じるんだよ、晶の気配を……。漠然とだけどさ。王都の方かと思ってたけど、こっちだったの!」


 ふたりの睨み合い、もとい美智子に睨まれた流が耐えるだけの時間が流れる。やがて、美智子は掴む手の力を弛めて言った。


「賢ちゃんが一緒だっていう保証はあるの?」

「ない! ない、けど……たぶん晶と一緒だと思う!」


 流の額を汗が伝った。美智子は息を強く吐き出し、流を解放する。


「わかった、あなたを信じるわ、流クン」

「い、いいの?」

「確証なんかないけど、私も、そう思うからよ」


 美智子は海の向こうを見やりながら、まだ会えぬ恋人に想いを馳せたのだった。

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