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村での生活

 賢吾たちを受け入れてくれたトラスの村は、キャルレが医師として巡回している村の一つだった。交易ルートから少し外れているため、村では生産できない品物や薬などは、たまに立ち寄る小さな隊商によってまかなっているそうだ。


 基本的に自給自足であり、農閑期に作り貯めたジャムやバター、手芸品などを物々交換することで欲しい物を手に入れている。街へ売りに行くこともあるが、季節ごとにやってくる大きな商団が開く市を利用することが多いという。


 ありふれた田舎の閉鎖的な村だが、フェアディやその手下である「よそ者」が来ればすぐにわかるのは利点だ。身を隠して静養するにはちょうどいい。医師であるキャルレが巡回しているルート上にあり、顔なじみなことも良かった。晶は彼を手伝って村のコミュニティに早くも溶け込んでいる。しかし、怪我人である賢吾は腕を動かすことができず、タダ飯を喰らいながら無理のない程度のトレーニングに励むことしかできないのであった。


「あまり無理しないでくださいね。傷自体は順調に塞がっているんですから」

「わかってる。けど、ここで筋力と持久力を落としてしまうと、長旅がきつくなる」

「それは、そうでしょうけど……」


 あれから、晶の態度に変化はなかった。次に顔を合わせたときも、何事もなかったかのように振る舞う彼女に、賢吾は謝る機会を逸したままだ。


 賢吾が身体を動かすことについては、キャルレが上手く言ってくれたのか、やかましく言われることはなくなった。もちろんいい顔はしないし、お小言自体は今も続いているのだが。


 賢吾は晶のやんわりとした制止をよそにトレーニングに励む。矢が刺さっていた左肩に負荷をかけないメニューということで、ひとまずは下半身の筋力と持久力を維持しておくべくスクワットから始めていた。


 腕を使わない腹筋と背筋のメニュー、ウォーキングも追加しても疲れにくくなってきた。ちょくちょく外に出る賢吾をキャルレはからかって言う。


「病室暮らしは性に合わないかい?」

「まぁな」


 賢吾が世話になっている家には、いつも誰かしらがいる。キャルレに診察してもらいに来る村人や、差し入れのついでに井戸端会議をするおばちゃんたち、晶目当てのこどもたち。賢吾にとっては少しばかり、居心地が悪いのだ。


(魔術でパッパッと傷が治ればいいんだろうけど……。魔術が効かないって当たり前のことなのに、いざこういう状況になってみるとしてデメリットも大きいよな)


 キャルレが範囲魔術でフェアディたちを眠らせたとき、賢吾と晶はその効果圏内にいたにもかかわらず巻き込まれず安全にその場を脱出することができた。ふたりはたとえ攻撃魔術を直撃させられたとしてもダメージを受けない特殊体質なのだ。


 だが、それが逆に回復魔術まで無効化してしまい、医療技術の遅れているこの土地で死にかけることになってしまった。


(フェアディのやつが素直に諦めるとも思えないし、嫌な予感がビンビンするんだよなぁ)


 あのフェアディという男は、わざわざ盗賊団のアジトに乗り込んでまで強盗を働いていたほど強欲なのだ。人間まで売り物にする筋金入りの悪党。そして賢吾たち、特に晶に対して異常な執着を見せていた。こちらも正当防衛とはいえフェアディの仲間を殺してしまっているし、このまま見逃してもらえると考えるのは楽観的に過ぎる。


「どうしたもんかなぁ」


 できれば、フェアディたちに見つからないよう、村を出て行きたいと思っている。ここに迷惑はかけたくない。


 向かう先は王都のつもりだったが、晶と話をして考えを改めた。キャルレからマレビトについて聞かされた後、彼女もまた賢吾に会いに来たのだった。


 かなり重要な事実を、彼女はそのときまで黙っていた。いや、伝える機会がなかったのかもしれないし確信が持てなかったから黙っていたのかもしれないが、できればもっと早く知りたかったとは思う。


 彼女、晶はこの世界に喚ばれたことがあるらしい。


 晶が召喚された集落の場所は、地図を見て大体の見当をつけてあるという。時代がどの程度ズレているのかわからないが、そこにはすでに人間がいないということも、キャルレと話してわかっているとも。


「いつ、そのことに気づいたんだ?」


 と、そう聞けば、キャルレが魔術を使うのを見たときには何となく感づいていたと言う。賢吾が生死を彷徨っている間、看病しながらも晶は自分の中での気づきを、確信に変えるべく情報収集していたのだろう。


 そして、賢吾が動けるようになってから、異世界の話を聞いて理解してから、すべてを明らかにした。用意周到に順を踏んでから、と言えば聞こえはいいが、いささか甘やかされ過ぎている気もする。


 思えば、晶は最初から賢吾たちに対して一線を引いた態度だった。だからこそ憎まれ役も引き受けるのだろうし、期待も何もしてこないのだろう。


 賢吾はある夜、晶が独りで静かに泣いているのを見てしまった。声を殺して、すすり泣いていた彼女はあまりにも普通の少女だった。謝る機会を逸した賢吾には、そっとその場を立ち去ることしか、してやれることはなかった。

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