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わかりあえない平行線

 朝、村に響き渡る鐘の音で賢吾は目覚めた。


「ふぁあ! 腹減ったな。まさかまた、寝過ぎちまったんじゃないだろーな」


 カレンダーもない、時計もない、スマートフォンは充電切れ寸前という自分の感覚以外に信じるものがないこの状況。だが、そもそも寝てばかりいるのではそれすら当てにならない。


(あの子は何も言ってくれないしな……)


 賢吾はため息をついた。年齢の離れた女の子のことだ、仕方のないことかもしれないが、晶にはよそよそしいしところがある。避けられているわけではないが、心を開いているかと考えたら疑問だ。


(一緒に戦ったりして、距離は縮まったかと思ったんだがな)


 何でも率直に打ち明けられる、美智子との距離が懐かしくなった。いつだって目を瞑れば浮かんでくる屈託のない笑み、真っ直ぐ前を見るあの目。たまに作ってくれた家庭的な焼き菓子の、優しい味と温かさも。


 今、どこにいるのだろう。無事でいるのか、怖い思いはしていないだろうか。賢吾の頭にまず浮かんだのは、賞金稼ぎで奴隷商人のフェアディ・ドーランのことだった。ああいう手合が美智子にも襲いかかっているとしたら……!


「やっぱ、動かなきゃだよな」


 元の世界に帰るにしても、まずは美智子を見つけてからだ。そのためには情報が必要だ、そして人が、情報が集まるなら都だろう。賢吾の考えはシンプルだった。


 キャルレに道を聞き、まずはこの国の王都へ行く。そこで手がかりを掴むのだ。そのためには、もしかするともう一度あの男と対峙しなくてはならないかもしれない。それなら、ずっとここで腐っているわけにはいかない。

 

 賢吾は深く息を吐き、ベッドから足を下ろした。徐々に体重をかけていくと、最初はふらついたが、思ったよりはアッサリと立ち上がることができた。


 裸足のまま部屋の中を歩いてみて、身体の動きを確かめる。痛む肩も、動かせないわけではない。骨が折れていないだけマシだったのだろう。


「わりと、イケるんじゃね?」


 しかし、やはり身体に無理がかかっていたようで、ほんの少し動いただけなのにめまいと息切れがし、疲労感に喘ぐこととなった。おそらく血が足りない。それに、エネルギーもだ。


 そろそろお粥やスープだけでなく、肉類もメニューに加えてもらうべきかもしれない。胃に負担がかかるのも良くないが、単純にすべての栄養素が足りていないのだ。手っ取り早く力になる脂質なども積極的に摂っていきたいところだ。


 ちょうどこれから朝食でもあることだし、ここを出て調理場へ行こうと靴を履いたとき、ドアがノックされた。それに応えると食事を載せたお盆を持った晶と、ティーセットを持ったキャルレが部屋の中に入ってきた。


「賢吾さん!」

「ああ。おはよう、でいいのか?」


 晶はベッドから出ている賢吾を見ると、眉を吊り上げてしかめ面になった。挨拶もなくテーブルの上に盆を置いて、賢吾をベッドに連れ戻そうとする。


「賢吾さん! むやみに動いちゃダメじゃありませんか!」

「な、なんだよ。ちょっと立って歩いただけだろ。そこまで怒るなよ」

「そんな危険なことを、ひとりきりのときにするなんて……頭を打ったらどうするんですか! 無茶ばかりするのはやめてください。私には、貴方を無事に連れて帰る責任があるんです!」


 いきなり上から目線の説教に、賢吾もさすがにムッとする。


「なんだよ、責任って。あのな、お前だって無茶するくせに人のこと言うなよ。俺だってほら、お前がケガとかしたら助ける責任あるんだし」

「助けていただかなくて結構です。賢吾さんこそ、次は死んじゃいますよ? 私の後ろでおとなしくしててください」

「は? そりゃどういう意味だ」


 晶の声は冷たく、鋭くなり、賢吾の顔は険しくなっていく。


「そのままの意味です。そんな身体で、もう賢吾さんは戦えないでしょう。ここから先は私が貴方を守ります」

「は? お前の方こそ守られる立場の癖に何言ってんだよ」

「私は貴方に守られるほど弱くありません!」

「まぁまぁ、落ち着くんだ、ふたりとも。お茶でも飲もう」


 見かねたキャルレが割り込むが、一メートルに満たない身長ではあまり意味がなかった。キャルレの頭の上でふたりの睨み合いはさらに険悪さを増していた。


「助けてやったのに何なんだ、その言い草は」

「助けてほしいなんて言ってません」

「あっそ。じゃあ一人で頑張れよ。俺はもう黙ってるからな。ピンチになっても助けてやれないからそのつもりでいろよな」

「ええ、もちろんそのつもりです」


 賢吾の捨て台詞にも晶はニッコリ笑って応える。


「……お前ひとりじゃ戦えないだろ。相手は何が出てくるかわからないんだぞ。それでもひとりでやれるっていうのかよ? 言っちゃ悪いが、男と女じゃ身体的なものもあってパワーも体格も違うからな。単独で突っ走ったら死ぬぞ、マジで」

「男女の差くらい、貴方に言われなくてもわかっています。今の私より弱い貴方には、何も言われたくありません」


 賢吾の額に青筋が立つ。どうして心配して言ってやっているのに、そんな風に斬って捨てるような言い方をされないといけないのか。賢吾が黙ったのをいいことに、晶は高圧的に続けた。


「もう一度だけ繰り返しますけど、死にたくなかったら引っ込んでてください。私には、貴方を生きて向こうに帰す義務があるんです!」

「勝手に言ってろ。こっちはこっちでやらせてもらう」

「言っておきますけど、怪我が治るまで過度な運動も禁止です。トレーニングなんて以ての外ですから」

「なんでだよ! 元の世界に帰るためにも、トレーニングで少しでも身体を取り戻さねぇといけないんだ。知ってるような口を利くなよ」

「こんな不衛生な世界で、大怪我して動き回れば感染症か何かですぐに死んでしまうことくらいはわかりますよ。貴方と違って!」


 晶がピシャリと言い放つ。それは賢吾にとっては痛いところだった。話は平行線で、いささか賢吾の分が悪い。だがこの先、晶だけで戦えるのかと言えば答えはノーで、それは彼女自身も知っているはずだ。それなのにこの頑なな態度……。


「わかったよ。もうギャーギャーピーピー言うな。傷に響くから黙って出てってくれよ」

「そう……。わかってくれればいいんですよ。怪我人はおとなしく寝ていてください」


 冷たく言い捨て晶が背を向ける。出ていこうとする彼女にカッとなり、賢吾は思わず衝動的な言葉を吐いていた。


「……嫌な奴だな、お前。嫌われてんだろ。嫌われてそう」

「ケンゴ!」


 晶はピタリと足を止め、少しだけ体を振り向かせてニッコリ微笑んだ。


「もちろん、それで結構です。力のない者の言葉なんて、無価値ですよ」

「アキラ!」


 ゆっくりとした足取りで、晶は最後まで優雅に部屋を出て行った。

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