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流、深夜の大決戦

 美智子の悲鳴が上がり、その数秒後に示し合わせていたカイヤが呼子を吹き鳴らす。夜の和やかな賑やかさをぶち壊すその音に、近くの聖堂騎士たちが駆けつけてきた。


「来たな、ミチコ」

「うん。でも、アイツはいないみたい」


 カイヤの作戦通り、近くにいた聖堂騎士たちはやってきた。だが、そこに目当ての銀髪男の姿はない。


「じゃあ撤退、撤退! 別の場所に行くわよ!」


 美智子はカイヤとともに別の場所に移動し、そこでまた悲鳴を上げる。それを何度も繰り返してみたが、ロドウィン・カインズは一向に引っかからなかった。


「まずいな」

「まずいわね、これじゃ作戦が全部パーじゃない!」


 警笛が至る所で鳴り響いているのだし、カインズもそれに気がついてもいいと思うのだが。

これ以上騒ぎを繰り返せば、この街から出られなくなってしまう可能性が高い。ここから出るのが最優先なのに、これじゃ全然真逆のことをしているじゃないかと、美智子の頭の中はパニックになりかけていた。


「それよりも、ナガレの方が心配だ。もしかして、こっちの考えを読まれていたらあの男はすでに……」


 一方その頃、ロサの街の外れの林で、荷物番をしながら落とし穴の見張りをしていた流が大きなくしゃみをしていた。


「へっくしょ! なんか肌寒くなってきやがった。ったく、遅いよ美智子ちゃ~ん!」

「へ~、あの女の子待ってんの? こんな辺鄙な場所で?」

「うわぁ!」


 いきなり背後から声をかけられ、流は文字通り、飛び上がるほど驚いた。


「な、な、おま……」

「ハッ! あんな見え見えの罠に引っかかるわけねぇだろうがドアホ! で? てめぇはここで何してたんだよ? あン!?」


 言うが早いか、流の死角から槍の持ち手が伸びてきて、石突部分が流の額を打った。


「いっ、……て……」


 鮮血が飛び散った。滴る紅が流の左目から視界を奪う。カインズは整った顔にニヤリと凶悪な笑みを浮かべ、さらに槍を振るった。


「おっやぁ〜〜? もしかして、見えなかったァ? じゃあコレは? コッチからならどうよ? ほら、ほらぁ!」

「くっ……あがっ! や、やめ……!」


 思わず顔を庇った流の肩に、腹に、太腿に、カインズの槍の石突がめり込む。一瞬のうちに五発も喰らい、流は自分でも気づかぬうちに泥濘に膝をついていた。

 

「おえぇっ……!」


 たまらず胃の中身をぶちまけ、泥の中にべしゃりと顔から倒れる流。その無様な様子にカインズが高笑いを上げた。


「ははははははッ! あ〜あ、哀れ哀れ。今、楽にしてやるぜ……ッ!」

「っ!」


 ザンッという音と共に、さっきまで流れの頭があった場所に槍が突き立った。流の全身の毛穴がぶわっと開き、嫌な汗がびっしょりと滲み出る。


「いいね〜、素早いね〜〜」


 まったくそうは思っていない口調でカインズは言い、柔らかい土の中から槍を引き抜いた。月光に銀の三編みと青い瞳が光っている。流はかつてないほど近くに死を感じた。


「く、くそっ……! オレは、こんなところで死ねねぇ!」

「へ〜え。じゃ、足掻いてみせろや!」

 

 またもやカインズの槍が目にも留まらぬ動きで流に襲いかかる。地面に仰向けに倒れたままだった流はとにかく夢中で転がった。動かなければ、死ぬ!


(くそっ、変態サディスト野郎め!)


 カインズが本気を出せば、流などものの数秒で殺せるだろう。それなのに、あえて直撃を避けていたぶっているのだ。流は必死で立ち上がり、掘っていた穴の方へと走った。


「どこ行くんだよ〜。せっかく相手してやろうと思ったのにさぁ! なに、もしかして、逃げんの? 逃げられると思ってんのかよ!」

「うわぁぁあっ!?」


 一瞬のうちに、後ろにいたはずの男が目の前に現れ、流は悲鳴を上げた。心臓が破裂しそうなほどに早鐘を打つ。


(やべぇっ! 落とし穴どころじゃねえ! まずは逃げねぇと……)


 背を向け逃げようとした流の腹に、カインズの拳が突き刺さった。


「はがっ……!?」


 肺から空気が一気に抜け、呼吸が止まる。もう吐くべきものも何もなくなった胃が、ただヒクヒクと痙攣する。カインズの足が伸びてきて流の背中を踵で強打した。


「ごえっ……ッ、う………うがっ…!」

「おいおい、死にそうな声出してどうした?」


 地面に叩きつけられのたうつ流の腹に、ブーツの爪先がめり込んだ。何度も、何度も。


「なぁ? どうしたのかって聞いてんだろ? あぁ? おい。なんか言えよコラ」


 流は懸命に腹筋に力を入れてガードするが、連続で振るわれる痛打を防ぎきれない。肺が酸素を求め息を吸ったその瞬間、緩んだ腹にカインズの研ぎ澄まされた蹴撃が叩き込まれた。


「ぐぎゅ! ……か、ッは! おぐ……お、おげぇ……!!」

「馬ぁ鹿」


 身体をくの字に畳み胃液を撒き散らす流の横で、カインズは嘲笑いながら槍を振り上げる。


「はは! ついでに去勢してやんよ、フニャチン野郎。お前みてーな情けねぇヤツぁ、オンナのコとして過ごした方が有意義かもだぜ?」

「…………!」


 圧倒的な強者の傲慢。だが、今の流には彼に抗う力はなかった。涙に滲む視界に見えるはずのない恋人の姿が浮かぶ。


(晶……!)


 握りしめた拳に熱が再び宿った。


「う、く……うぅ……ッ……うおおおお!」

「っ!」


 両手で槍を持ち上げていたカインズの足首に、流は身体ごとぶつかっていった。重心が不安定な状態にあったカインズは、咄嗟に踏ん張ることも跳躍することもできなかった。


 為すすべなくバランスを崩す下半身に対し、動かせるのは上半身のみ。カインズは腕を振るうと地面に思い切り深く槍を突き立て、それを支えに倒れることを回避した。


「てめぇ……楽に死ねると思うなよッ!」


 カインズの端正な顔がどす黒い怒りに染まる。窮鼠猫を噛むような流の反撃に、完全に頭に血が上ったカインズは、這いずって逃げていく獲物の後を追った。


 僅かに稼いだ時間、僅かに稼いだ距離。

 掘り返した(・・・・・)後のような(・・・・・・)グズグズの地面を踏み締め、カインズは流の背を追う。槍を持つ手に力を入れたとき、四つん這いで前に進んでいた青年が振り向いた。


 血と汗と涙と鼻水でグチャグチャの顔。しかし、その明るい茶の瞳にはもう、恐怖はなかった。


「な……、にィ…………」


 バキリッ、と安普請の板塀が割れるような音を立て、カインズの足元の地面が消えた。


(なぜだ……ッ? 俺は確かに、アイツの後をついていったハズ……!)


 そう、カインズは正しく流の後を追っていた。その通ったルートを踏んで、駆けて。カインズと流の違いと言えば、身長も体重もあまり大きな差はない。ひとつ、武装を除けば。


 穿たれた落とし穴の入り口には横渡しになった槍と、それに片手で掴まるカインズ。


「クソが……!」


 悪態をつきつつ底の見えない落とし穴から脱出しようとする彼の上に影が差す。カインズがハッと見上げるとそこには、彼の頭ほども大きな石を持ち上げる流の姿があった。





「あー、やってやったぜー!!」


 街外れの、落とし穴を仕掛けた場所へ急いで向かう美智子とカイヤの耳に、流の快哉(かいさい)を叫ぶ声が届いた。


「ナガレ!」

「流クン! ……ちょ、ちょっと、どうしたのよそれ」


 美智子はボロボロの流の姿に目を丸くした。


「あっ、美智子ちゃん! オレ、やったぜ! ほら見てよ、これ!」

「あ……え? もしかして貴方がひとりで落とし穴に誘い込んだの?」

「おう! ざまぁみろってんだ! へっへ~ん!」

「クソガキ!」

「わっつ!」


 穴から突然炎が出てきて流の尻を舐める。流は飛び上がって悲鳴を上げた。


「もう、しつこい男ね!」


 美智子はとりあえず砂だの石だの木の枝などのそこら中にあるものを手当たり次第に穴の中に放り込み始めた。


「おい、やめろコノヤロー!」

「ナガレ、ミチコ、今のうちに行こう」

「とりあえずもうちょっとだけ埋めておきましょうよ。この男、何するかわからないから」

「そうだねー」


 流も美智子に習ってその辺のものを穴に突っ込む。


「ぺっ、ぺっ!! この餓鬼ども、やめろっつってんだろ!!」

「嫌です」


 美智子は真顔でキレながら答えた。その間も手は止めない。しかし、カイヤは冷静に時事を判断していた。


「他の聖堂騎士が来たら面倒だ、このまま街道を抜けてしまおう」

「ちぇ。美智子ちゃん、歩ける?」

「ええ、平気。じゃあ、行きましょう」

「せいぜい吠えてろよ、ゲスチビ!」

「あっ、コラ! 穴塞ぐなぁ!」


 カイヤと流は力を合わせ、用意しておいた分厚い鉄製の扉を穴に被せた。これで計画通りだ。三人は夜闇に身を隠しながら街道を目指した。

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