おびき寄せ作戦?
門前町としての顔も持っているロサの街は、観光地ではあるが他所とは違う独特の雰囲気を持っている。行き交う人々は静かで礼儀正しく、とても宗教的だ。
そのロサの街にも、日の当たらない場所は存在する。法的にグレーな斜陽の地、歓楽街である。昼間のうちは完全に静かなその通りの奥に、その寂れた宿はあった。三人はその一室で、カイヤがテイクアウトしてきた昼食を摂りつつ作戦会議をすることになった。
「強行突破はまず無理そうね。カイヤさんだけならできるかもしれないけど、私や流クンじゃあの男が戦ってもすぐにやられちゃうだろうし」
美智子は色鮮やかなサラダを突きつつ言う。白いドレッシングには、魚の卵が入っていて、プチプチした食感がアクセントになっていた。
「だから、力で敵わないなら頭を使うしかないわね。どうにかして出し抜くとか、どこかで騒ぎを起こして騎士団の注意を逸らすとか〜」
いっそのこと、何処かの路地裏で火事でも起こしちゃった方が他の騎士団員の目を欺けそうな気がするんだけどなぁ、と物騒なことを考えていたが、カイヤの手前、さすがに口には出さなかった。
「じゃあ、やっぱ罠張っておびき寄せて、倒すしかないよな。前に美智子ちゃんが言ってた落とし穴作戦。オレ、穴掘るよ」
「えっ、いいの?」
自分から穴を掘ると言い出した流に対し、美智子は意外だと言いたげな顔をした。今まで無気力、無関心、無神経の三拍子そろった男が、こうやって自分から何かを言い出すのは珍しいからだ。
「今のオレには肉体労働しかできないからさっ。あと、囮もやっぱオレがやるよ。アイツの狙いはオレが持ってる欠片だし」
「どうしちゃったのよ? もしかして、さっき私がぶっかけた水で頭でも冷えたの?」
美智子は診療所での一幕を思い出していた。
「そーゆーことにしといて。ホントに悪かったと思ってんだからさ、これでも」
流はラム肉の串焼きの最後の一片を頬張りつつ言った。タレが口の周りを汚しているのはご愛嬌だ。
「それじゃ、決まりだな。どこでカインズをはめるか、ナガレと一緒に下調べしてこよう。ミチコはここに残ってくれ」
「よろしくお願いします」
パン屑を払って立ち上がったカイヤに、美智子が軽く頭を下げる。そして、流に向き直るとニヤッと笑ってみせた。
「じゃあ……今までの事は一旦水に流すわ。水だけにね」
「……美智子ちゃんのギャグ、ホント、センスないわ」
流は困ったように笑った。
かなり日が傾いてきてからも、ふたりは帰ってこなかった。鍵を閉めた部屋で渡された雑誌を読みながらひとり待っていた美智子だったが、灯りはつけられないしお腹は空くしで待ちくたびれていた。
「あー、お腹へった……。ふたりとも帰って来ないし、ボーっとしてるだけなんて、頭にも身体にも悪いわ」
足に負担のかからないストレッチをしたりして暇をつぶしていたが、いつまでたっても帰って来ないので、美智子は体力を温存するために眠ることにした。
(まさか、何かあったわけじゃないわよね。……カイヤさんがいるんだもの、きっと、大丈夫のはずよ……)
ベッドに寝転がって目を閉じていると、段々と眠くなってくる。そして気がつくと流とカイヤがヒソヒソ話をしているところだった。
「だから、オレが囮になるってば!」
「だがしかし」
「もーいいじゃん、この話は。美智子ちゃんを起こさずに、さっさと済ませちまおうぜ? アイツだって多分、今頃どっかで飯食ってんだろ」
「ああ、多分。……だが、彼を上手く穴に嵌めても、ミチコを起こしにここへ戻って来ていたら態勢を建て直されるんじゃないか?」
「そりゃあ……でも、馬車もないし……」
押せ押せの勢いだった流だが、カイヤに反論されて声の勢いがしぼんでいく。それはそうだ、あの騎士を落とし穴にはめるのは、街から出るのを邪魔されないためであって、美智子が一緒にいない状況では意味がない。
「この街を出られさえすればいいんだ。だから、ミチコを起こして協力してもらおう、ナガレ」
「でも〜〜」
「……起きてるわよ」
「えっ」
「うわっ……」
驚くふたりに美智子は「だがしかし」の前から聞いていたと説明する。しかし、いくら驚いたにしても「うわっ」はないと美智子は思った。しかもその声を上げたのはカイヤなのだ。
「まったく……!」
「あ、起きてたんだ、美智子ちゃん……」
「ええ。私の協力が要るのよね? そうなんでしょ?」
「うん、やはりそれがいい。女性の悲鳴を聞けば、聖堂騎士は飛んでくるからな」
それでカインズが本当に飛んでくるかは疑問だなぁと、美智子は思ったし、流の顔にもそう書いてあった。
と、流がバスケットの中身を勧めてくる。
「うん、お腹すいたし。それと貴方はちょっと何言ってるかわからない」
ケバブサンドを受け取りながら、すごい冷めた目つきで美智子はカイヤにそう言った。
「つまり、私が大声を出せばいいの?」
「その通りさ。ミチコが聖堂騎士をおびき寄せてくれたら、その中に彼がいるかもしれない。そうすれば、私がミチコを連れてナガレに合流する。来なかったら、ミチコを連れて逃げる」
「んで、アイツが引っかかるのを待つ、ってこと」
「ふーん」
美智子は流の手から瓶に入ったジュースを受け取り、一気に飲み干した。
「ぷはー! じゃあ、結局あのチビがどこにいるかがカギになるわね」
「そうなるな。しかしこの作戦、とりあえず思ったことがある。ナガレ、ミチコ、余計な荷物をここで捨てていかないかい?」
「えっ、無理……」
反射的に流がつぶやく。美智子も反対した。
「いや、それはだめでしょ。荷物がないとこの先不安で仕方がないわよ。それは却下」
「しかし、後で必要なものは買い足せばいいじゃないか」
「だから無理よ! これは換えがきかないの! 絶対に嫌」
「しょうがない。荷物はナガレと一緒に置いておいて、引き揚げるときに忘れずに持って行こう」
「オレは物じゃねーぞ」
「とりあえずさっさと行きましょうよ。今すぐに取り掛かるんならね」
その言葉で、三人は作戦実行ポイントに移動した。流は落とし穴に、美智子とカイヤは街角に。カイヤは聖堂騎士たちが警邏の際に使う笛を準備する。
「じゃあまず私が悲鳴を上げて、その数秒後に笛でいいかしら?」
「ああ、頼む」
「それじゃあ作戦スタートね」
そう言い、美智子は思いっきり息を吸い込んで腹の底から声を出した。
「きゃああああああああああああーーーーっ、誰か助けてえええええーーーーーーっ!! 殺されるうううううううううううううっ!! 変態に殺されるううううううううううっ!」




