目的地
美智子はそれを見て頷いてからエトワールに向き直った。
「それで……私たちの話をする前に、聞きたいことがあるんです。今だから聞くんですけど、あのカインズってどんな男なんです? 昨日の行動を見る限り、危なっかしくって仕方がないんですけど……知り合いなんですよね」
エトワールは困ったように微笑んで、少し首を傾げて見せた。
「ええっと、申し訳ないのだけれど、カインズさんのことはよく知らないの。トムさんの元同僚ってことは知ってるんだけど」
「そう……」
エトワールはチラリと夫が消えた方を見た。そして、流に向き直る。その何でも見透かすような青い瞳に、流は思わず椅子ごと仰け反った。
「確かに彼の胸元から偏った魔力を感じますね。でも、悪い波動じゃないの。だから、そんなに気にしてなかったんだけど……今、見せてもらってもいいかしら」
「うーーーーーーーん!」
美智子は大きな声を上げた。
(どうしよう……エトワールさんになら見せてもいいかもしれないわね。でも、私が判断することなのかしら? たまには流クンに任せてみようかな)
今も他人事みたいに他所を向いている流を見て美智子は渋い顔になった。彼には責任感というものが決定的に足りない。
「流クンがいいならいいですけど。……で、どうなのよ?」
「え、オレ?」
「他に誰がいるのよ。それで、見せるの?」
「それは、ちょっと! 冷静になろう、ミチコ!」
「だってもうバレちゃってるでしょ。逆にここで見せておかないと、ますます怪しまれそうな気がするんだけど。だってほら、食いついてきてるんだしさぁ……」
「じゃあ、はい」
「ナガレ!」
カイヤが悲鳴じみた声を上げる。エトワールは流がシャツの内側からヒョイと取り出した欠片を見て目を丸くする。流は紐を首から外すと、エトワールに欠片を渡した。
「…………。これは、確かにすごい魔力ね。でも、割れてるわ」
「うん。持って帰ったときは完全に丸かったんだけど、いつからか割れてた」
「これは、どこで?」
「ええっと……、どこって言われても困る。この世界なのは確かだよ。大陸の端っこって言ってたかな。湖越えて向こう側が雪山って」
えらく不確かなことを言い出す流。そしてその情報も初耳であった。
「ちょちょちょ、ちょっと待ってよ。それってどういうこと? 初めて聞いたんだけど?」
「あ、うん」
「あ、うん、じゃないわよ〜〜!」
「ミチコ、落ち着いて」
美智子はちょっとパニックになり始めていた。カイヤがその肩を優しく抑える。
「しまってください」
「あ、はい」
エトワールは考え込むようにしながら、流と美智子を見て話し始めた。
「この世界にある言い伝えに、マレビトに関するものがあります。それは、こことは異なる世界からの来訪者の話です。つまり、貴方がたのこと、ですね」
「はい……」
「マレビトは、誰かへの助けの手として呼び出されることもあれば、特に目的もなく訪れることもあるそうです。マレビトには果たさなければいけない何かがあるとも、時が満ちれば帰れるとも聞いています」
自然と流の首に下がる青い欠片に視線が集まった。流が何かを言おうとして言葉を飲み込む。
「おそらくですが」
そう、前置きしてエトワールは言葉を続けた。
「その割れた宝珠の片割れが必要になるのではないでしょうか。宝珠があった場所へ行くためには、貴方がたは、大陸へ渡らなければならないでしょう。しかも、大陸の一番端っこまで行かなくては」
「大陸……端っこ!?」
「ええ。後で地図を買い求めてはいかがでしょう、そうすれば、きっとナガレさんにも行くべき場所がわかると思いますよ」
「へ〜」
「へ〜、じゃない!」
エトワールはにっこりと笑った。
「あと、これは憶測なんですけど、トムさんに聞いてもこれ以上詳しいことはわからないと思います」
「確かに。私も、サエリクスを見送りはしたが、詳しい事情は知らなかった。マレビトというのも……。エトワール、貴女に会えてよかった。ありがとうございます」
「いえいえ」
カイヤが改めてエトワールに頭を下げる。その横で美智子は頭を抱えていた。
「うう……この世界に来てまだ時間が経っていないのに、一気に説明されても頭がこんがらがって仕方がないわ。ゆっくり情報を整理する時間が欲しい……」
「そっか〜」
「だから! さっきからなんでそんなに他人事なのよ、流クン!」
「いて〜!?」
耳を引っ張られ、流が悲鳴を上げる。それを微笑ましそうに眺めていたエトワールがポツリと言った。
「そろそろ術を解いてもいい頃かしら」
「術?」
笑みをこぼすエトワールに美智子は思わず聞き返していた。
「ええ、そうです。誰もここへ入れないよう、少々目隠しをしていたんです」
エトワールがぱちんと指を鳴らすと、美智子のすぐ側に、さっきまではいなかったはずのカフェ店員の姿が見えた。
「うっわ、ハイテク!」
「はいてく? ですか?」
「あ、ごめんなさい。だってこんなの、地球じゃ考えられないもん。映画の世界よ。魔術ってこんなこともできるのねぇ。本当に実在するんだなーって改めて思ったわよ」
「ふふっ、そんなにほめられると、面映いですわね」
きゃっきゃウフフしている女子ふたりのよこで、男たちは少し引いていた。
「すさまじい……こんな術の使い手、これまで出会ったことがない!」
「うっわ……オレこういうのムリ」
カイヤはエトワールの魔術のレベルに驚き、流は生理的に受け入れられないようだった。戸惑っていたウェイターが朝食のプレートを並べきる頃、目的の赤毛の騎士、トマス=ハリス・ラペルマが戻ってきた。




